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黒曜石(ヒロインが死神になる話/ボツネタ)2
2012/02/17 01:01


出されたお茶に、ようかんを食べて大分心も落ち着いてきた。ていうか幽体でも食べたり飲んだりできるもんなんですね…。
そのことに多少驚きつつ、美味しくようかんを平らげたしだいだ。私は水羊羹を出されたのだけど、朽木さんの方は栗ようかんを出されていた。じっと見つめていると、「一口食べるか?」と笑いながら言われてしまった。恥ずかしいなあ、と思ったけど栗ようかんも食べたかったのでお言葉に甘えることにして自分のようかんと栗ようかんを一口分交換してもらった。美味しかった。

「浦原にしては、気前がいいじゃないか」
「俺の分はねーのかよ」

話は戻り、死神になることを望んだ私に(それしか方法がないと言われたら頷く他ないだろう)、黒崎君が苦しそうな声音で「護ってやれなくてごめん」と俯きながら言った。いつも、下を向いてるのは私の方なのに、今は黒崎君が下を向いている。
いつも、私の顔を上げさせてくれる彼に、今度は私が顔を上げさせてあげたかった。黒崎君は何も悪くないよ、護ってくれた。

黒崎君が来てくれなかったら私、今頃食べられちゃってたかもしれない、まだ私には生きる道が残されてる。不幸中の幸いというのだろうか。

それだけで、充分。
あとは私の運が悪かっただけ。黒崎君が責任を感じることはないし、黒崎君と一緒なら大丈夫な気がしてくる。
黒崎君と同じなら、それでいいかなって思うと不謹慎だけど嬉しくなって来てしまう。

黒崎君が負い目を感じるというのなら、私は彼のためにも死神になるという課題を絶対にクリアしてみせる。それでチャラにしようじゃないの。
もし私がヘマでもして死神になれずこのまま虚という存在の仲間入りなんてことになってしまえば(あるいは、魂送とよばれるものを施されるか)、きっと彼はもっともっと自分を責めるだろう。今までの私のように、きっと自分を責め続ける。

そんなのは私がいやだった。
私の責任で誰かを苦しめるなんて本当に本当に、いや。かっこ悪すぎる。だから絶対にしちゃいけない、ヘマなんて。

そう決めて、私は黙って黒崎君の手を握った。


「大丈夫だよ、わたし、やれるよ」

形に出してしまえば、あとは行動にするだけだった。



私の覚悟(心構え)も決まったところで、浦原商店の奥から地下へと通された。
勉強部屋として案内された地下室は、地下室と呼ぶにはあまりにも広々とした空間だった。

え、ここどこ、地下じゃないの?! 別次元なんだけど!地下室じゃないよこれ!! 広すぎるだろ!


一見小さな駄菓子屋がこんなに広い地下室(勉強部屋と呼ぶらしい)があっていいのだろうか。距離感がおかしくなりそう。
勉強部屋といっても、机や椅子なんかはどこにもなくて、あるのはただ広い空間に空(ペイントらしい。よく出来てるなあ)、枯れた木々だけ。
勉強部屋よいうより、訓練場に近いと思った。というか実際訓練するんだし、訓練場でいいと思う。

「…………」
「わー!すっごーい!ひろーい!あんな駄菓子屋の下にこんな広々とした空間があったなんてえええええ!どうなってるんですかここはぁ!世界を独り占めしているような気になってくるわー!!!」
「だ、代弁ありがとうございます…まさにその通りです、はい」
「リアクションないと自分でリアクションとりたがるんだな…俺の時もそうだった」


一体、ここをどうやって作ったんだろうという疑問を解決させないまま、お勉強とやらが始まった。
(テッサイさんが掘ったとか言ってたけど果たしてそれも事実なのだろうか…人間の力でここまで出来るモンなの? 今の時代のテクノロジーとやらは相当すごいらしい)




「とは言っても…身体的に、華奢で力もない訳なんですが…」


うーん、と少々困ったように浦原さんが口元に手を置いて考える素振りを見せた。……そうでした。私の戦闘能力は0に近しいのでした。空手とか習っておけばよかったなあ。私にあるとすれば恵まれた身体能力だけですね。



「まっ、出来ることをやってきましょーか」


アタシの授業は厳しいっスよ、と語尾を伸ばしながら私に向かって投げてきた。その細長いものをなんなくキャッチする。


「木刀…?」
「構えてください」
「あ、っ、はい(いきなりかい!…確か左手が下なんだよね…?)」


確かにスパルタ
つまり体で覚えろってこと?


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間延びした声に似合わず、態度とやる気はむちゃくちゃな人らしい。

すぐに言われた通りに構える。木刀なんて握ったの初めてだよー! 確か左手を下につけて…剣道とかもやったことないしよくわからないけれど、
以前読んだマンガに描かれていた絵を思い出しながらなんとか構える。私も、薫さんみたいになってみたいぜ! 神谷道場に入門したいものです。
ふうと、息を吐いて神経を集中させた直後に、すかさず浦原さんの杖が襲ってくる。なんとかそれを受け止める。う、やっぱりそれだけでも体が悲鳴を上げた。
受け止めたまま、流せない。受け止めて現状維持が精一杯だった。
ガチガチと木刀が力におされ震える。…つーか、不意打ちでしょう、今の!

「っ、(痛い)」
「力入れて」
「っは…!」

力なんてこれ以上入らないくらい入れてるんですけどおおお! 言葉をの一つも吐けないくらい、強く奥歯を噛み閉めた。
少しでも口を開けば、保った力が揺れそうだったから。

「見かけによらず、結構力あるんですねえ」
「バイトで鍛えてきました…しっ、」

木刀を掴む手を素早く引いて、体を捻るようにして浦原さんから離れた。たったこれだけのことなのに、もう息が上がってる。

「安売りでたくさん揉まれてきたんで!」
「なんか、言い方がエロいっスね…」
「そ、そういう意味はないです…!」

軽口を言い合っても安心する間なんて与えてくれなくて、浦原さんの2撃目に備える。油断なんて作っちゃだめだ。木刀を握る手から指先へ力を込めた。気合入れろ、気合。ガツン、木がぶつかり合う。2撃目、3撃目、4撃目と連続して打ち込んでくる浦原さんに対して、防衛を続ける。
いつまで、持つだろう。まずは、この圧してくるような力に慣れなければ、攻撃なんてすぐにかわされる。
数回受け止めて、素早く後方へ飛び距離を作る。それを何度も繰り返して、時に自分から攻撃を仕掛けてみる。




「で、そろそろ体軽くなってきました?」
「え、?…あ、そういえば…」

長い時間浦原さんの攻撃に耐え、木刀と杖を(何で杖なんだろう…)交えていたら、不意に浦原さんが問われる。指摘を受けて初めて気付いた。
不意打ちの多い人ということにも気付いたけど、それよりあんなに重苦しくて簡単に息が上がっていた始めに比べて随分と楽になったような…。
攻撃を受けて、交わして、走っても息は上がらなくなっていた。まあ長時間続けたらそりゃ上がるけど。

そういえば、私達がここへきて何時間たったんだろう。距離感もだけど時間の感覚も狂ってくる。空や木があるなら時計もどっかに設置してくれりゃいいのに。

「のみ込みはやいんスかね…基礎はバッチリだ」

上出来っスー、と口元に扇子を広げながら言う。

「次の教科、行っちゃいましょーか」

鎖も短くなりはじめてる頃ですし、と意味深に続けられ軽く恐怖心が沸いた。お、脅かさないでくださいよ…。


第2課程は、私に生まれた霊力を高めるということだった。自分に霊力が備わったという点にまずは吃驚だ。
浦原さんの説明によると、つい最近まで眠っていた霊力が周りの状況によって影響され感化されたとの事だった。
目覚ましは黒崎さんスかね、そう呟きながら、それからと続ける

「アナタのお姉さん」
「……え、?……」

姫、ちゃん…? どうしてここで姫ちゃんが出てくるんだろう。ていうか私お姉ちゃんいるなんて言ったっけ?

「その様子じゃ、知らないみたいですね」
「……………」

違和感を感じることは確かにあったけれど、それがなんなのかまでは知らない。その違和感の正体が霊力だったとでもいうのだろうか。
姫ちゃんの秘密がそんなオカルトな話題だったとは思いもよらない。

「あんま驚かないっスね、」
「いや、驚き過ぎて騒げないだけです、ていうかこの状況にまず驚いてますし、今なら軽く受け止められちゃうみたい…」
「まあなんにせよ、アナタは周りのモノ(霊力)に影響されやすいみたいだ」

自分のことなのに、いまいちよくわからない。霊力とかの話の類は全くといっていいほどわからないのだから仕方のないことだと思うけど、
私以上に自分のことを分析できる人物がいるのもちょっとだけ悔しいな。なんだか全て見透かされているような気分になってくる。


「まずはソッチに慣れてみましょー」

相変わらず間の抜けた声で浦原さんが唐突に言う。その直後に重力のようなものが背中からふりかかった。く、空気が重い…っ?!
急に重力のような力を感じ、呼吸しづらくなった。

「っ、は、…な、ん…です、か」
「さ、休み時間は終わりです。構えてください」
「かま、…っ、て」

構えろって、いったって。難しいなあもう。何で浦原さんは平気なんだよー! これが、霊圧であることに気付いたのは構え直して少しした頃だった。
そういやあそんな話(霊圧うんぬん)さっききかされたな。

「ホラホラ、ちゃんと力込めないと、ケガしちゃいますよー?」

受け止める事には慣れたけど、圧力(霊圧)をあてられたままじゃ意味がない。さっき慣れたものよりも、こっちに慣れないと…。
慣れる前の状態に戻ってしまった。

「う、…っおも、!」
「ホラホラホラー」
「(楽しんでるー!)」




***一護視点*



あー…浦原さん、すげー楽しそうだなぁ。………あんなに苛められてかわいそうに。
つーか、井上にどうやって報告しよう。井上に殺されんの覚悟で…………
やべえ、顔向け出来ねえ! やめろ考えるな! ポジティブだポジティブ!!!
ネガティブなんて助けになんねえ!

********




受け止めていた杖から力が抜け浦原さんが体をそらした、かなりの力を込めて杖を押し返そうとしていた私は元々の動きにまかせて前のめりになる。
転びそうになるのを何とか持ちこたえて体制を整える。これが、霊力の重さなんだ。慣れろ、慣れろ、大丈夫、ちゃんと立ててるから、大丈夫。
自分を励ますように言い聞かせる。


「ちょっと、慣れてきました…!」
「順応性高いんですねー」
「バイトで慣れてます…!」

バイトってほんとに色々学ばせてくれるよなあ。今回こんなに役立つとは…。

「…なんか、バイト三昧っすね…ピチピチの女子高生なのに」
「(ピチピチ…)そんな不憫そうな顔しないでください! 悲しくなってきた!」

霊圧というものに慣れたと思った時、ようやく己の霊圧の存在に気付く。あれ、なんだろう、この感覚。
それに気付けなかったくらいに、浦原さんとのお勉強に夢中になってた。
それで気付いたのが、どうしてその霊圧に慣れたか、だ。慣れるのは簡単かもしれない、けれど今はもう全然空気が重いと思うことなくなった。
それは、つまり…自分の霊圧で相手の霊圧を制しているということだった。

「一種の天才」と浦原さんに称され、ちょっと照れた。

「じゃあ、こっからが本番」
「へっ? ほんば…え?」

じゃあ、今までのはなんですか? 予行練習みたいなのですか?!

テッサイさんを呼びつけたかと思ったら急にテッサイさんの腕が伸びてきて、いとも容易く持ち上げられてしまった。たか、高い!
ちょっとした感動ともすぐに別れが訪れ、つぎの間に空に投げられる。うあぇえぇぇぇぇえぇええぇぇぇええ!!!?

「の、のぉぉおおぉおぉぁぁあぉおおぉおお?!」

テッサイさぁぁぁぁああぁあんんんんんんんんんんん!?
空中からテッサイさんを見下ろすと手を組んで何かぶつぶつ呟いていた。手を解いたテッサイさんが顔をあげ、目が合う。―――え?



途切れる意識、
目の前に真っ白が広がった。

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「…?、どこだ、…ここ」



自分が声を出しているのか、出していないのか分からない。
自分は今耳から声を聞いたのか、頭の中で聞いたのかも分からない。
自分が目を開けているのか、つぶっているのか分からない。
自分が地に立っているのか、浮いているのか分からない。
自分が起きているのか、寝ているのかも分からない。

左右、上下、ただ白が広がっていた。浮遊感もない、だけど立っているという感覚もない。
よくわからない感覚が白と共にそこにあった。
別空間とでもいえばいいのだろうか。すごく、不思議な感じがする。元いた世界はどこに行ってしまったんだろう。私はどこに来てしまったんだろう?

歩く時と同じように、足を踏み出す。すると、薄い灰色をした箱が一列の階段のように連なった。
直径30cm程度の、スペースを一段一段登る。不安定な足場、落ちたら痛みを感じるのだろうか?
落ちたら、どこまで落ちるんだろう。下を見てもあるのはやはり白で、登っているという感覚さえなくなってくる。
でも確かに私は前に足をだして、少し上にある箱に足をかけている。確かに、登っている。
怖いというより、一つのことに集中しているというのが大きくて、なんて呼んだらいいんだろう、この感じ。
とにかく変。とにかく不思議。

何段登ったのかわからない。少なくても50近く、もしかしたら100を越えたかもしれない。少々疲れた。疲れた、やっと何かの感覚を掴んだ。
もう歩きたくない、そう思ったら先にある箱の階段が落ちるようにして消えていった。

登り、過ぎて行った段はいつの間にか消えていた。残ったのは私が立っている箱のみ。

もしかしたら私は、本当は一段も進んでいなかったんじゃないか?
その場で足踏みをしていたんだとしたら?
登っているというのは錯覚だったんだとしたら?


世界に私ひとりのような感覚が残る。
ああ、いつか足元の箱も他のものと同じように消えるのだろうか。そしたら私はどうなる?

落ちるの? どこまで?

何も、聞こえない。
私の声すら聞こえない。
私は声を出したのか?
今、私は喋っている?

わからない。
ただ分かるのは、私の声はもう届かなくて本当にひとりぼっちになってしまったということだけだ。

そういえば、今まで気にも止めていなかったけれど、胸の鎖はどこにいったんだろう。胸のあたりに手を伸ばしてみてもなんの感触もしない。
さっきまで、白い世界に来る前までは聞こえていたチャリ、という金属が重なる音も聞こえない。
あれ、私は虚になってしまうのかな? それとも、このまま、消えちゃうのかな。

―――虚になりたくない。

どうしてだっけ? 私が消えたら、どうなるんだっけ? 嫌だと、かっこ悪いと思っていた…なぜ?
何か、忘れてるのだとしたらそれは私にとって大切なものじゃなかったのだろうか?

あ、…足元の箱が消えた。

落ちていくんだ。どこまで落ちるのか、興味があった。
あ、体が後ろに傾く、これは――落ちる時の感覚。



ジャラジャラ、



「―――?」

落ちてる、と思った矢先にチャリチャリと金属音が胸のあたりからして。あ、と見えた先には鎖があった。いつの間に鎖戻ってきたんだ?
さっきまでなかったのに。――なかった?本当に?
もしかしたら私に見えていなかっただけなんじゃないのか。じゃあどうして触れた時何の感触もなかったんだ?
わからない、わからないけど、鎖は存在していた。

前に見た時よりもそれは短くなっていた。侵食が進んでいるらしい。

ああ、そうだ。私は死神になるために今この場に存在してるんだ。
死神にならなくちゃ、死神になって戻らなくちゃ。戻らなくちゃだめないんだ、黒崎君の前に、また。戻らなくちゃいけないんだ、生きるために。

生きたい。生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい、強く願え、強く思え、生きたいと、己の願いを強く持て、強く、強く強く強く強く強く―――





死神になりたい



「アンタさぁ、いつまで落ちてる気?」



白い世界に、降り注ぐ声が聴こえた。私の世界に響いたその声は、目の前で色を付けた。


―――だれ?



「戻りたい?」


戻る前に、死神になりたい


「どうして?」


……生きたいから…


「生きて何がある?アンタは何を守りたい?」


守る?…何を?
守るって、何だ?
どういうこと?
どんな気持ち?
素敵? 好き?

守るって、なに?



「アンタを思う奴、アンタが思う奴は? 失いたくないもの、あんの?」



私を思う人?
思ってくれる人?
いるかな?
―――きっと、どこかに、居てくれるよね。

私が思う人?
失いたくないもの?
そんなの、たくさんあるよ。


たくさん、失いたくないもので溢れてる。失いたくない、大切、……これが守りたいって気持ちなの?
私が、思うひと、思うもの、たくさんある。それってとっても素敵なこと。
それは、思ったり、願ったりする心じゃないのか。
守りたい、願い、思う、感情なんじゃないのか。


「アンタの守りたいもんってなに」



―…かんじょう…―



苦しみを背負うより、幸せを抱きたい。
嬉しさや、温かさをもらったら、大切にしたい、ずっとずっと側にありたい。
気持ちを守りたい。自分の気持ちも、素直になって、優しくしてあげたい。

私が生きて何かを変えられるとしたら、それは何だろう。
私の手でなにかを変えてみたくなった。
そう思う心はとても綺麗だと思う。思う感情こそ素敵だと思う。
奇麗ごとで固めているようにも見えるけれど、あるのなら綺麗なままがいい。
嫉妬、妬み、そういう感情も私たちにはきっと必要だから、それすら綺麗なものだと思えてくる。
感情がないのは、悲しすぎるから。感情を守りたい、願う心を、思う力を、守ってみたい。
モノでも者でもない、形のないものだけれど、変えられるかもしれない。


「死神になって、何か変わるの?」


変わるよ、


絶対に、は…ないかもしれない、けれどきっと、何かを変えられる。
私の手で、力で変わるものがあるのならその可能性にかけたい。
死神になって、生きたい。
生きなくちゃいけないんだ、戻らなくちゃいけないんだ、私を待っててくれる人のところに。


「じゃあ、俺の手を取りましょうか」



ところで、あなた…誰?



「アンタが欲しがってる人」



いや、わけわかんないし。
そう言ったら、彼は微笑んだ…気がした。
はっきり見えない彼に向かって手を伸ばす。相変わらず見えるのは白だけだった。
伸ばした手に、手から腕を這うように何かが巻きついた、蛇のように巻き付くその感触が気持ち悪くて目を閉じた。
といっても自分が今まで目を開けてたかなんてわからないんだけど。だって目を閉じても白が焼き付いてるから。

次に目を開けると
白い世界に深紅がさした



深紅が焼きつくように、目の前に広がる。


「答えてやるよ、」


目をゆっくり開けてみる。見えたのは白じゃなくて、深紅。白い世界に一点深紅が浮かんでいた。
そこから、徐々に視界は晴れて、人形を確認できた。真っ赤な髪の――――


「だから、呼んで…俺の名前」


名前…なま、え、…なまえ…名前、




――― “「紅蓮」”





こう、れん……こうれん、こうれん、



もう一度、目を瞑って、何度も何度もその名を呼び続ける。忘れないように、刻み付けるように呟き続けた。

紅蓮、


もう一度、目を開ける、そこに見えたのは白い世界でも深紅の髪でもなくて、空色の天井だった。
ああ、ここは、勉強部屋だと理解するのにしばし時間がかかった。白と赤しかなかった世界からいきなり現実に引き戻されて目がチカチカする。


「む! 起きましたな!」
「て、テッサイさん! おはよございます」
「店長ー!##name_1##殿目を覚ましましたぞ!」
「あー、はいはい。おかえりなサーイ。案外早かったですねえ」

テッサイさんに呼ばれ、すぐにひょっこりと姿を現した浦原さんの口元を扇子が隠していた。その後ろに心配そうでちょっと安心してる黒崎君の顔が見えた。
体、痛いな。こんなかたい床(土?)に寝てたんだから当たり前か。よ、っと膝に手を付きながら立ち上がる。

「…あれ…?」

私、いつの間に着替えた?
確か浦原さんと木刀を交えていたときは普通に私服だったのに、気が付くと私の衣服は黒崎君が着ているものと同じ黒い着物だった。
それって、私が死神になれたって、こと…だよね?
あ、足元に落ちてる刀って、もしかしてもしかして、黒崎君の包丁と同じ斬魄刀ってやつだよね。


「はーい、お疲れ様でしたー。さぁて、最終段階に入るとしましょーか!」
「え、最終って、私死神になれたんじゃないんですか? ていうか休みなしですか!」
「いいですか、##name_1##さん」
「は、はい…」
「死神とはすなわち、死を司る神なんス」
「はあ」
「神は零れ落ちて行く悪霊たちを尸魂界に帰してあげなきゃいけない」
「悪霊…って虚ですか」
「時にはいい霊たちも向こうに送ってあげます。わかりますね?」
「まあ、それなりに…」
「ではここで本題に入ります」
「前ぶり長いですね」
「悪霊を倒すには武器が必要です。さて、黒崎さんが持ってるいるのは?」
「でっかい包丁」
「違います、斬魄刀です」
「私のがちゃんとした刀です。黒崎君のよりかっこいいです」
「張り合わないでください。黒崎さん泣きそうだから、ショック受けてますから」

「泣きそうじゃねーし、ショックも受けてねえ!俺のはちょっと個性があれなだけだ!」

「で、その子の名前はわかりますか?」
「おい無視すんな!華麗にスルーしてんじゃねえ!こっち見ろ!オイ!残月に謝れコラァ!」
「斬魄刀?」
「まあそうなんですけど、その斬魄刀の名前は分かりますか?」
「あ、こうれん…紅蓮です」
「…こうれん……」
「男の子でした」
「!…いやあ##name_1##さんはのみ込みが早いっすねえ、黒崎さんなんてギリギリまで斬魄刀の名前きけなかったんスよ、ププ」
「おいてめえ今聞こえたぞ!俺にも謝れ、笑うな!##name_1##も笑ってんじゃねえ!」
「じゃあ今その子、今出せますかね」
「無理じゃね、って感じですねー」
「レッツトライ、ビギーン!」
「わ、ちょ、ちょっ、!刀振り回したら危ない…っ! あああ、浦原さん、だめ、や、ちょ、離してくださっ、あ、いやぁっ、だめ…そこはち、」
「何してんだお前らはッ!!!」
「いやあ、つい。ね、##name_1##さん」
「ついじゃねーよ、つい じゃ」
「え、?」
「…あ?」

##name_1##らしかぬ口調…というか口の悪さに一瞬時が止まった気がした。
いつもより数段低い声で言い放った##name_1##を見ると明らかに浦原さんを睨んでいた。
おいおい、アイツあんなことくらいで怒るやつじゃねーだろ、睨むことなんてなかっただろ。
相当虫の居所が悪かったのだろうか、##name_1##とは思えないくらい強気…。
浦原さんも##name_1##の様子に気付いたらしく、対応に困っていた。

「お前…目」
「あ? 目がどうした?」
「いや、あの、どうしたって」

あいつの目は赤く染まっていた。瞳が、見える。そりゃ赤だし瞳って黒いわけだから見えるわけだけど…。
なんか、違う。##name_1##の澄んだ黒が、いきなり赤くなるなんて、いやだった。


「わー、俺女の体とか初めて」


死覇装の襟をひらひら捲りながらものめずらしそうに…って! おいなんか胸とかききわどいっていうかコイツ明らかに##name_1##じゃねーだろ!
つーかだったら覗くな!服の中覗くな!なんかやだ!

「オイ!」
「やん!」
「キモイ!」
「おまっ、女に向かってそれは、って俺男だった」
「(やっぱ男かぁぁぁぁ!) 誰だよテメー!」
「##name_1##サンの救世主ですがー」
「はあ?!」


どうやら##name_1##の斬魄刀(紅蓮と書いてこうれんと読むらしい。漢字だけ見たらなんとも物騒な名前だ)らしい。
斬魄刀の開放と共に##name_1##の体へと憑依するらしい。それも##name_1##じゃなく、コイツの意思で入れ替わるみたいだから厄介だ。
だから足開くなって。胡坐かくなって。##name_1##はそんなことしねえ!
赤い目をした彼女(彼)はまるで別人だった。

「ちなみに、言っとくけどコイツまだ俺の力使えねーからな。霊力もまだまだだしー、コイツにはまだ早いっていうかー」

この女とかコイツとか言いながら自分を指す光景はなんとも複雑だった。
目の前の##name_1##は##name_1##じゃなくて、男…男…おと、!
斬魄刀ってわかってるし、##name_1##の手足なのもわかってっけど、何だかアイツ(紅蓮)の手でアイツの体触ってるみたいで胸糞悪い。
気分悪い。最悪。珍しそうに胸を触るな! だああああなんか他の男に触られてるみてーでいらつく! 最悪! 死ね!

ニヤニヤしながらこっちを見るこいつを殴ってやりたくなったが、アイツの体だから間違っても殴るわけにはいかなくて寸の所で我慢した。くそッ!
ニッと笑う。ニヤニヤしたり、ああいう笑い方をアイツの顔で、そんな風に、…笑うな。アイツはこんなに人を見下すように笑う奴じゃねえ。
調子狂う。


浦原さんが興味深々に##name_1##を観察していた。ていうか見つめてる。


「あのー、ちょっとそこでこーゆーポーズとってくれませんかね。##name_1##さん相手じゃこんなこと言えないんで…」
「お、おい、浦原さん!?」

見てみたい気もしたが、そこは抑えて。浦原さんに踵落としを決めさせてもらった。
こんなん##name_1##じゃねえ!



「いーのかよ? 目の前でこーんなかっこ見れる機会なんてもうねえかもよ?」


ニヤニヤしながら悪ノリしてくるこいつに今度こそ殴ってやりたくなった。だめだだめだだめだだめだめだめアイツの体だぞ殴れねえ!ぶっちゃけ見てえ!
いやダメだだめだだめだ何言ってんだ俺、絶対だめだ。
いいんだいいんだいつかちゃんと##name_1##に了承とってからいつか、ほんとにそういうチャンスがきたっていうかそういう関係になった時にやってもらうし!俺頑張るわ!あああああ俺もう死ね!俺死ね!死ね!俺最低!死ね!いややっぱ生きろでも死ね!だあああああもう意味わっかんねええええ!



「さっさと戻れ!早く!今すぐに!アイツを返せ!」
「うわぁ…あんたさぁ(返せってお前のもんでもねーだろ)」
「な、なんだよ」
「ムッツリー!」
「やーらしー!」
「コロス!!」

陽気に言ってソイツは目を閉じた。最後まで口元の歪みは消えなかった。ちくしょう!
次に目が開いたとき、目の前の彼女の瞳は澄んだ、どこまでも深い黒だった。たった数分がこれほどまでに長く感じるなんて…。すっげー疲れた。
わけがわからないといった顔をする彼女に、我慢できず腕の中に閉じ込めた。お前じゃないお前は怖かった。



※ヒロイン視点


支配されていた体が元に戻った途端(あ、危なかった…!黒崎君助けてくれてありがとうっ!)、目の前にいた黒崎君の腕が伸びてきた。


「頼むから、あんま死神化しねーでくれ」
「…う、…ごめんね…?」
「すっげーやばかった」
「あ、…あの、浦原さん見てるよ」


瞬時に固まった黒崎君が、突如うわああああああとなんとも彼にしてはハッスルしてまっす!みたいな声を出して10mくらい後ずさった。いやあ、お見事。