非戦闘員にて
空っぽになった一室で酒を飲む影があった。それがいつものように女を侍らすのではなく、一人で飲む姿が蒼刃には不思議だった。
「あんたは行かないのか?煌青さん。」
「ガキ共の喧嘩には興味ねぇよ。」
東方軍に所属していながら煌青は西方軍の淘汰には全く興味がなかった。では何故ここにいるのか。蒼刃にはそれが分からなかった。ただ、聞いても答えない事は明白であったし、自分もそこまでして知りたい訳でもない。
「そうか。」
「なぁ、蒼刃よ。お前さんのやっていることは正義か?悪か?」
蒼刃を見据え、煌青は聞いた。答えの分かりきった質問だが蒼刃は答えられなかった。やっていることは「悪」。そうわかりきったことなのに、それを言葉にするのには何故か難しい。認めたくはないのだ。
自身の「正義」が「悪」だという事を。
「ま、それがわかってんならいいけどな。」
意味深な言葉を残し、煌青はどこかへと出掛けていった。しばらく呆然とする蒼刃だが、拳を握りしめ皆と同じように西方軍本拠地へと向かう。何を考える必要がある。与えられた事をこなせばいいだけだ。
pppp…
「音…?」
小さな機械音。水嵐が辺りを見渡しその音の場所を探そうとした。聞こえるか聞こえないか。それくらいの小さな音だったが、一緒にいた遥兎はめざとくその音の正体を見つける。
「!西方軍、発見しましたです!」
ニッ、と笑い走り出した。水嵐が止めるがそんな声は聞いていない。遥兎が向かう先には小さな少女、西方軍のロトムがいた。ロトムが振り向くが既に遥兎は後ろまで来ていた。振り上げられた拳が勢いよく降りおろされる。
「あれ?外したです?」
決定打のない手の感触に遥兎は遠くに飛ばした相手を見た。ゲホッと咳き込みながらもロトムはそこに立っている。
「いたた…ロトムは非戦闘員なんだけど…」
「そんなの僕には関係ないです。西方軍は、淘汰しますです!」
戦闘体制を取り直し遥兎が構えた。対するロトムは苦笑いを浮かべながら何か雑音の聞こえる携帯をしまった。
「見逃してくれたら嬉しいのになぁ。」
「申し訳ないですけど…そんなの、無理な話ってやつですです!」
ダンッと飛び上がり遥兎はロトムに蹴りを食らわせた。今度は避けきる事のできなかったロトムが地面に打ち付けられる。ロトムが立ち上がるより早く遥兎は続けざまに脇腹へと攻撃をしかけた。咄嗟に腕でガードするもロトムがその蹴りの重さに耐えられる訳がない。
「っ、きゃあっ!」
飛ばされるロトムがそのまま壁にぶつかる、ところだった。遥兎が呆れ様に敵であるロトムを助けた水嵐を睨み付ける。
「何のつもりですかです?」
「おにーさん女の子には優しいからー。それに、この子非戦闘員なんでしょ?だったらここで何してたか気になるよねぇ。」
水嵐が腕の中にいるロトムに笑いかけた。ゾッとするような張り付いた笑みだった。今すぐその腕から逃げ出したいが遥兎の攻撃を食らった後ではロトムの体は上手く動かない。
「それは、確かに言われてみればです。…それにしても、水嵐さんそうやってると犯罪臭がするですです。」
「ちょ、それひどくない!?」
「いやいや、至極全うな意見だろ。」
突然現れた男は水嵐からロトムを奪い少し離れた場所から拳銃を向けた。そして二人が動くより早く拳銃を撃った。狙いを定めるわけじゃない無差別な撃ち方だ。慌てて建物の影に隠れる二人が銃声の音が止み顔を除かせる頃には男とロトムは消え去っていた。
「うー…ごめんなさい。ファンドルさん。」
「謝るならシェルゥにしとけ。うるさいくらいに騒いでたからな。」
「途中で電話切っちゃったもんねー。あ、でもでも!ロトムちゃーんとお仕事したよ!以前の違法実験施設に不自然なまでに"何もなかった"ってね。そこまでして隠したい何かがあったのかなぁ、なんて。」
ファンドルに抱かれたままロトムがふふ、と笑った。そんなロトムにファンドルは小さく眉をしかめた。幼いながらも軍部生活の長いロトムにとっては多少の怪我など気にするほどでもないが、青あざになった少女の腕というのは見ていて痛々しいものだ。
「あまり無茶はするなよ。」
本部に帰れば自分よりも大騒ぎする者がいることを知っているファンドルはそれだけ言うと帰りを急いだ。
「はぁーい。」
(”何も”なかった。)
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