死んだ町で息をする

西方軍「正義」

焼け落ちた瓦礫が黒く煤けていた。踏み潰せるほどに弱くなったそれはさっきまで家として建っていたとは到底思うことは出来ないだろう。通報が入ったのは数時間前の事だ。そんな短時間の間にこの町は壊滅してしまった。生きていられた人間に対しては申し訳ないような気持ちになる。

「なんて、思わねぇーけど。」

リルは無惨に殺された男を見ながら吐き捨てた。現在炎の消化と東方軍の手がかりを目的に数人がこの町にきている。リルもそのうちの一人だ。はぁ、とため息をつく。と、後ろから彼の名を呼びながら走ってくるものがいた。

「リルさん、概ね消化は終わったよ。残念ながら俺の方には手がかりらしい手がかりはなかったけどね。」

「そうか。俺も似たようなものだ。見つけたのはこれだけ。」

少年、雷はリルが指差したものをみると怪訝そうに顔を歪めた。

「こんなもの見せないでよ。早く捨てたら?」

「時雨さんが身元の確認だけはしておけって。」

正直触りたくもないのは二人とも同じだった。どうせ死んでいるのだから、とは思わずにはいられないが身元の確認を怠ったといえば罰せられるのは自分達だ。支給された携帯からおぼしき人物のデータを引き出した。

「あーあ、永久さんでもいれば全部任せるのに。」

足でうつ伏せだった死体を転がし、雷は悪態をついた。リルは何も言うことはなかったが少しだけ賛同したい気持ちだ。そんなことを言っても永久は別の場所を担当しているのだから無理な話なのだが。

「あ、あったあった。ご丁寧に金で出来た指輪か。梟の紋章…ってことはぁー…」

「データ通りの人物だね。有名な成金野郎。まぁなんでもいいや。死亡確認ってねー。」

手早く携帯を弄ると赤いランプが点滅する。それを確認し、二人はその場を後にした。しばらく歩けば炎はもう全て鎮火されたようだ。

「あれ、あそこにいるのって銀牙さん?」

瓦礫の奥で歪な十字に祈っている姿があった。雷の声に気づくと銀牙は立ち上がり二人の姿を確認する。銀牙のところまで立ち寄り、リルは十字に目を向けた。

「…知り合いですか?」

「いいや。小さな子供だった。」

銀牙は西方軍の中でも飛び抜けて優しい、厳しい言い方をすれば甘い人間だった。特に子供には無条件で優しさを与えるような事をする。リル自身本分はそういった人間であるが、ここまで徹底した事はできないだろう。

「別にいいけどさ、身元の確認は出来た?」

「ああ、母親が守っていたみたいでな。外傷は大きくなかった。」

「ならいいけど。」

質問だけ投げ掛けると雷は早く終わらないかなー、と愚痴を溢し瓦礫に腰をかけた。銀牙のように甘いのもそうだが、雷のような子供が平然とこの場所に馴染んでいるのもどうかと思う。リルはそんな様子を眺めながら墓の前で十字をきった。

祈るわけでもない。ただの動作に過ぎないそれ。雷は呆れたようにため息をつき、常に新しい情報を表示する携帯を眺めた。死亡者リストに東方軍の手がかり、次の任務や新しい作戦内容。帰還命令はまだ来てはいない。

「向こうは何してんのかなぁ。」

画面から目を放すと銀牙とリルは子供の母親であろう死体の墓を作っていた。なんの意味があるんだろう。そう思いながら雷は再び携帯に目を落とす。

「…あ、楽しいこと発見。」

表示された画面には遠方へ任務に出ていた数名の帰還が記されていた。真新しいその情報にさっきまで沈んでいた気持ちが嘘のように軽くなる。自分と肩を並べるあの子が帰ってくる。

ああ、これで、死ぬほど退屈な日々ともさよならだ。

***

町にいったメンバーから送られてきた情報をつまらなそうに眺めていた。時雨は小さくため息を吐き、携帯をパソコンの前に座る少年に投げる。

「うっわ、危ないなぁ、時雨さん。」

少年、シェルゥは文句を言いながらも携帯とパソコンを繋ぎ得意気にキーボードを叩きだした。画面には幾列にも並んだ文字がびっしりと表示されている。何重にも掛かったパスワードを解除していく様は幼稚なゲームをしているようにも見えた。

「(…末恐ろしい子どもだ。)オウカさんから来た情報ですと、数年前の事件が関連しているそうです。て、貴方は知らないでしょうが。」

「知ってるよー。一度サーバーにアクセスしたときに盗んだ情報にあった。まっ、僕には関係ないけど。」

「あからさまな手がかりですが、乗ってやるのもまた一興。といったところですか。」

ギッと椅子に腰掛けほくそ笑んだ。シェルゥは怖い怖い、と軽口を叩きながら画面から目を放すことはない。子供のように目を輝かせているが天才的なハッカーで自尊心が強い。手綱の取りにくい相手だと時雨でさえ思う。

「なんにせよさー、向こうの驚異って虎銀って人とレジーって人なんでしょ?あと裏切者の信楽、だっけ?それもオウカさんに肩をやられた死に損ない。そこまで手を焼く程の相手かな?」

ハッキングが終わったのか、シェルゥは携帯を時雨に渡しからかうように言ってのけた。だが、時雨はその言葉を静かに訂正する。

「状況だけ見ればそうです。ですが、そうやって彼らを甘く見ない方がいい。足元を掬われてしまいますよ?」

なりふり構わなくなった獣ほど厄介なものはない。そういって時雨は押し黙るシェルゥに向かいクスクスと笑った。そしてふと思い出したように携帯を弄り、シェルゥに告げる。

「そういえば、遠方組が帰還しているそうですよ。貴方の大事な子も確か…」

「それを早く言ってよ!!ロットムぅうううう!!」

ロトム、と少女の名を叫びながらシェルゥは勢いよく飛び出していった。開きっぱなしの扉から呆れた顔の癸紀があいつは…とシェルゥの走っていった方を見ながら呟いた。その後ろでは夜来と緋凪が苦笑いを浮かべている。

「相変わらずね、シェルゥは。」

「落ち着きがない、ってだけでしょ。」

「仕事はちゃんとしているんですから文句はありませんよ。貴方方はどうでしたか?特別任務、なんて大義名分でサボったりしてませんよね?」

時雨の言葉に癸紀は当たり前だ。とでもいうように鼻をならし二三枚の写真を取り出した。そこには白衣を来た数名の男女が写っている。もう一枚には運び込まれる大量の箱。ただの医療研究所にしては大掛かりすぎる施設。

「私には何故こんなやつらを野放しにしているのか気がしれんな。何をしているかは知らないが、どうせ畜生染みたことだろう?」

胸くそ悪い、と呟く癸紀に対し口には出さずにその場にいた全員が同意した。いくら正義を掲げる西方軍と言えど全てが真っ当なわけがない。だがそれを声を大にして言えるほど確証を得たものもなかった。だからこそこうして同じ疑問を抱える者に時雨は特別な指令を与えていた。

「こっちは貴方や氷瀧がどうにかするんでしょう?私達はこれからどうすればいいのかしら?」

「緋凪?それってどういうこと?」

「あら、夜来はわからないかしら?私達は"特別任務"だった。けれど今はいつ東方軍が動き出すかわからない状況よ。今は東方軍の出方を調べる。なんて名目も使えるけれど実際に向こうが動けばそれも使えない。上からの指示でもない事をやるのは裏切りと怪しまれる可能性が高くなるってことよ。」

緋凪が夜来に説明する。確かにこのまま怪しい場所を詮索するのもアリだとは思う。しかし、時雨の携帯に入った真新しい情報によれば東方軍が動き出すとあった。ならば緋凪の言う通りこれ以上人員を割くのはどちらに対しても自殺行為だ。

「そうですね。これ以上は無理でしょう。それに東方軍が動き出したという情報もあります。貴方方は通常通りに戻ってくれて結構です。」

三人が頷く。これで何の心配もないだろう。時雨は机の上の写真を仕舞う。そうして思い出したかのように部屋を出ていこうとする三人に告げた。

「ああ、それから。本日から戦闘許可が降りていますから、そういった事態にも対応して下さいね。」





(正義を片手に振りかざす)



[ 3/33 ]

prev next



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -