終演の鐘がなる
少女はいつの間にかそこにいた。誰も気づかぬうちに。
「…だから、言ったのにね。」
ロトムが倒れた信楽に手を伸ばした。
「触るなっ!!」
オウカが怒鳴るが、ロトムはそれを無視し、真っ赤に染まった髪を撫でた。血は乾き、赤黒く変色してロトムの手には掠れるほどしか付かなかった。だが、それすらもオウカには耐え難い行為だ。
「私の物だ。全て、血も、肉も、信楽を形作るもの全て。誰にも渡して、たまるものかっ!!」
「うる、さいなぁ。」
低く、だが、子供らしいあどけなさが残る声。その瞬間ロトムの体から白く光るものがその場にいた全員を貫いた。
「な、んだ、これ…」
声を出したのは氷瀧だった。状況についていけなかったが、今はっきりわかることがある。何かに貫かれたその瞬間、氷瀧の体は全く動かなくなってしまったのだ。
「硬直。脳が微力な電気で筋肉を動かしてるのは知ってるでしょ?それをロトムはやっただけ。」
キィ、と扉を開きやってきたのはあの、自室化した部屋から出ることなど滅多になかったシェルゥだった。この異常な場所を眺めながら恍惚とした表情で現状を語る。
「凄いでしょ?凄いよね。流石はロトム。正に神様。信仰するに値する万物の神、ああ、早く、早く僕を君の元にいかせてよ。逝かせて、君と生きさせて―…」
「ふ、ざけるな!何なんだお前は!!また、西方の科学者かっ!!くそっ、この、化物がっ!!」
虎銀が叫んだ。それは一種の恐怖だったのかもしれない。得体の知れない少女に対する。だが、その言葉は少女への暴言だった。そんな言葉をシェルゥが許すはずがない。
「化物?今、ロトムを化物っていった?…なにそれ、意味わからない。化物はお前らだ。ロトムが化物?なにそれ、なにそれ、なにそれ、なにそれ、なにそれなにそれなにそれなにそれなにそれなにそれ。」
誰もが感じたのは"異常性"だった。
「知らないくせに、何も知らないくせに。神への冒涜、人間風情のくせに、彼女が化物なら世界は化物よりも醜い。僕はロトムを愛してる。わかってるよ、人間風情の僕が愛しても愛しても愛しても届かない。だから、僕はロトムを知って、知りつくして、この身を捧げるんだ。」
ロトムに向かい、シェルゥは膝をつき神に祈るポーズをした。否、本当に祈っているのかもしれない。
「神かどうかは知らないけど。俺は、そいつを知ってる。」
静まり返った中、ふと夜来が思い出したように声を出した。少しばかり動くようになった腕をロトムへと向けて、もう一度、知ってる。と口に出した。
「ロトム。記憶にあるのは俺より少し前に軍にいた女の子。でも、思い出した。俺が科学者の主人のモルモットだったとき、俺に逃げる術を教えた。何で忘れてたのか知らないけど、あれは、確かにロトムだったんだ。」
「…お、れも…思い、だした。」
夜来に続き、レジーが震える声をだした。
「誰よりも先に実験施設にいた。でも、科学者達はロトムには何もしなかった。まるで、見えていないみたいに。でも、確かにそこにいて、ロトムは、君は俺達を、守ってくれて…」
レジーが頭を抱え、こんがらがった記憶を紐解いていった。ロトムはそれを無表情で眺め、立ち上がる。
「考えなくていいよ。」
ただ、その一言。それはあまりにも無責任だった。
「わ、からない!わからないよ!一体なんなんだ!お前は、なんなんだよ!!」
カタカタと震える両手でレジーはロトムに銃口を向けていた。虎銀の持っていたものを咄嗟に奪ったのだろう。誰も動けなかった。動かなかった。なぜならそれが、誰もが思っていた事だったからだ。
「…R-106。人類史上、奇跡と呼べる人工知能型電子。」
ニィッ、とロトムが笑った。
「お前らを殺す、兵器だよ。」
***
「緑亜、今言ったことは本当なのか?」
銀牙やつららは焦っていた。緑亜から聞いた話が本当ならば早く伝えなければならなかったからだ。
「あの子は、ロトムは、全部無かったことにしたいんだって、言ってた。だから、全部、消すんだって。」
つららが無言のまま眉をしかめた。おかしいとは思っていたのだ。不自然なくらい都合のいい西方軍の実験の再開。情報屋と名乗る二人組からの武器支援。西方軍の、警備の手薄さ。科学者のいない実験施設。
「…もっと、早く気づくべきだったわ。」
階段を駆け上がりながら、つららが呟いた。折り重なるように殺されていた白露と緋凪が脳裏に浮かぶ。彼らは何かがおかしいと気づいていたのだろう。
「お兄ちゃん!そこ、そこの部屋!」
緑亜は隠されたように入り組んだ廊下の奥にある扉を指差した。閉められたそこは外側でさえ異様な空気を感じる。意を決して、銀牙が扉を開けた。
「なっ、んだ。これは…」
「ああ、やっと、来てくれたね。」
少年を腕に抱き、不自然に笑った少女。倒れた仲間達。絵画のような異様で、どこか神聖な、息をするのを忘れてしまいそうな空間。銀牙もつららも、一切声を出すことがてきなかった。けれど、緑亜だけがただただ涙を流していた。
「さよなら。」
ロトムが呟いた直後、ガラガラと、建物が崩れる音が響いた。その音に混じり、ジリジリと焼けるような電子音が小さく、小さく鳴っていた。
(誰も知らない、聞こえない)
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