狂人の狂愛
走る、走る、走る。四方から、てんでバラバラな思想が絡み付こうと手を伸ばす。ある者は止めるため、ある者は守るため、ある者は壊すため、そして、ある者は、殺すため。
「っ!行くなッ!!信楽ッ!!!」
何で俺は走ってるんだろう。
信楽が頭の中で思う。誰が死のうと関係ないはずだった。仕方ない、弱かっただけなのだと切り捨てられると思っていた。それなのに、信楽は走っていた。後ろから止める氷瀧の声などお構い無しに、ただ、レジーや虎銀の元へ。
「ーーッッ!!」
声にはなっていなかった。なんて叫びたかったのかすら信楽でさえわからないのだ。それでも、体は勝手に動いていて、オウカが降り下ろすナイフをその身で受けていた。
「「信楽ッ!」」
レジーと虎銀の声が重なった。致命傷ではない。大丈夫だ。そんな情けない顔をするな。言いたいことは沢山あったはずなのに、信楽からでた言葉はそれらとは全く違うものだった。
「…ごめんな。」
泣いていたのだと、理解した。
***
これは、信楽達が軍に拾われ、数年たった頃の話だ。
「アルビノ。これがアルビノか。珍しいな。あの子も気に入るだろう。」
大人達が信楽をみて笑っていた。その時は信楽も、周りの皆もそれを意識することはなく、ただ子供であることを満喫していた。だが、それも長くは続かなかった。
「信楽、来るんだ。」
「い、やだ!また、あの注射をするんだろ!!いやだ!いやだ!いやだ!」
「うるさいっ!!黙れッ!」
ある時から信楽や一部の子供が実験施設へ連れていかれるようになった。逆らえば罰せられ、いつの間にか仲のよかった子がいなくなっていた。なんてことも少なくはなかった。
「や、やめろよ!なんで信楽ばっかり!!」
「俺が代わるよ!それならいいだろ!」
「信楽、そんな奴らの言うことなんか聞くなよ!」
「…おい、信楽よ。嫌だ、ということは、こいつらに同じ思いをさせたいのか?」
逆らうなんてできなかった。今は実力主義の西方軍だが、この頃は録に脳もない権力だけの奴らがふんぞり返る組織だった。そんなやつらに子供が太刀打ちできるはずもなく、また、信楽には誰かを犠牲にして助かるようなズル賢さも持ち合わせてはいなかった。
「…君は、随分とおバカさんなんだね。」
「…誰だよ。」
「安心して。敵じゃないから。味方でもないけどさ。そうだね、R-10…じゃないや、ロトムって呼んでよ。ふふ、まぁいいや。君、自己犠牲って知ってる?」
クスクスとロトムが笑う。それに苛立ちを感じながらも信楽は何だよ、と小さく返した。
「自分を誰かの為に無惨に無様に切り捨てて、それをさも好意で善意のように感じることだよ。ロトムからしたら全く無に等しいんだけどね。つまり何が言いたいかっていうとー、このまま、死んじゃってもいいの?」
「…俺は…わからない。死ぬならそれでいい、けど、あいつらが、泣くのは嫌だ。それに、どうせ死ぬならこんな、こんな汚くて、汚くて汚くて汚くて悪臭染みた場所を全部、全部全部全部ぶっ壊してやりたい!あの、醜悪な面の蛆虫共を、潰して、殺して、それで、…あいつらも、小さいガキ共も、助けてやりたい…。」
きっと、壊れたのはここからだ。それでも、信楽は限界だったのだ。同じような目にあう子どもを見るのも、必死に、自分の為に大人に逆らい傷を負う仲間の姿を見るのも。何もできない自分にも。
「その為なら、俺は、誰に恨まれたって構わない。鬼にでも、悪魔にでもなってやる。」
「なら、教えてあげる。23:58。その時、科学者達が部屋に来るの。君ならきっと殺せる。でも、科学者が持ってくる苺は食べちゃだめだよ。あの苺も薬の一種みたいなもんだしね。それは助けたい皆に伝えるといい。…世界は動き出す。その時は君は、ドウスルノカナ?」
ロトムが笑いながら消えていった。信楽はさっきまでロトムがいた場所を眺め、混み上がる笑い声を押し殺した。
狂え、狂え、狂ってしまえ。俺が、奴らを、殺さなければ。
そうして、歪な感情が歪なままに育ち始めた。それから、一週間もしないうち、クーデターとも呼べる反乱が起こる。それは様々な種を蒔いて、軍を二つに分けるという勝利を納めた。
***
「…(随分と、懐かしい顔だな。)」
倒れ行く信楽の目に、黄色い少女の顔が映っていた。
「あ、あ、あ…し、がらき、信楽ッ!」
レジーが悲鳴を上げる。虎銀でさえ、腕を震わせ、倒れた信楽に手を伸ばそうとしていた。
「は、はははは!!ああ、これだ。私が望んでいた。信楽、信楽信楽信楽。私を置いていくから悪いんだ。全部、全部全部お前が悪かったんだ。だから私に殺された。これで、お前が離れていくことはないな。うれしい、嬉しい、"愛しい"。だからさ、触れるな。これはもう私の物だ。私の、私だけの物。お前らが奪った。私の!物!!」
何度も、何度もオウカは信楽にナイフを突き立てた。グチャリ、と生々しい音にレジーが目を背ける。
「やめろ、やめろよ!!」
もう、それが信楽なのかわからない。真っ赤な血で両手を染め上げるオウカは怪訝な顔をしていた。
「やめろ?これはもう私の物なのにか?」
「何の恨みがあるんだよ、なんで、そこまでするんだ!!」
虎銀が叫ぶ。動かない足がもどかしく、ただ怒ることしかできなかった。
「恨み?ああ、あったなそんなもの。でも、愛しいから殺した。愛したから殺した。私だけの物にならないから殺した、ずっと手の内に入れておきたいから殺した、大切で、愛しくて、身を焦がす程に愛していたから、殺した。それの何が間違っている?」
さも、平然に言ってのけたオウカにその場にいた全員が言葉を無くした。ただ一人、百年を生きた少女以外は。
「アーア。君はやっぱりおバカさんだったね。鬼にも悪魔にもなるといったけど、君は誰より何より自己犠牲で固めたような子だった。まぁ、でも、楽しかったかな?自由ごっこは。」
(朽ちた林檎は潰された)
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