焼け落ちる町で
東方軍「悪」
民間の叫び声、逃げ惑う多数の足音と爆音が交差する。治安は決していいとは言えない場所で火の手が上がっていた。
「ひっ、ひひひっ!きひひひ!!いいねぇ、いいねぇ!!さいっこうだなぁ!!」
狂いぎみに叫ぶ青年。炎楼は屋根上に腰掛け燃え盛る町を眺め、なぁ。と隣に立つ紅季に同意を求めた。紅季はつまらなそうに鼻を鳴らすだけで返事らしい返事はしない。だが、炎楼にとっては返事は大した問題ではないらしい。下では今だ数人が忙しなく走り回っている。
「あっちこっち大変なもんだなぁ。さっきまで飯食ってバカみてぇに俺らの悪口いってたのにこの様かよ。たく、つまんねーな。」
紅季がぶすりとした表情で呟いた。元より我慢の効かない性分の彼にここの住民、つまりは正義側を推奨する奴らを相手することは酷く忌々しいらしい。大方、殺した相手になにか言われたのだろうと推測するが、炎楼は敢えて口にはしなかった。
「こっうっくーんっ!!」
紅季の後ろから飛び付くように抱き付いたのは吉奈だった。驚く二人を他所に吉奈はケラケラと軽い笑いを浮かべる。彼女も歴とした悪側の人間だ。吉奈を振りほどこうとする紅季をものともせずに抱きついて離れようとはしない。
「はっなっれっろぉお!」
「うーれしいくーせーにー♪」
町の様子とは対極にきゃっきゃっと笑う吉奈にしばらく無視を決め込んでいた炎楼が声をかけた。
「吉奈はよぉ、あっちの用事済んだのかぁ?」
それを聞くとさっきまでの笑みとは違う、企んだような表情でスルリと紅季に回していた腕を放した。あったりまえ。と一言いうと腰に着けていた閃光弾を空に打ち上げた。炎の光とは違う真っ白な閃光が一瞬辺りを染め上げる。それを合図のように、閃光が消える頃には鳴り続いていた爆音やけたたましい銃声は一切聞こえなくなっていた。
「きひひ、全滅したってかぁ?」
「暴れたりねーな。」
「まぁまぁ、どーせこれから派手に動けるんだし、早く帰らないとこわーい正義振りかざす奴らが来ちゃうよ。」
微かに聞こえるエンジン音に三人はひどく楽しげにその場を後にした。まだ微かに燃えている町を背に仲間が待つ合流地点へと急ぐ。
誰かが燃え盛る町に足を踏み入れた。黒く焦げた死体を足で避けながら歩いていた。燃え残る打ち捨てられた武器を手にして憎らしげに投げ捨てた。剥き出しの壁にぶつかるとそれはカツンと軽い音をあげて燃える炎の中へ落ちていった。それを見ながら唾を吐き捨てるように、一言。
「死に損ないが。」
***
焼き払った町から帰還したもの達は皆一様に楽しげに戦利品である金貨や財宝、はたまた殺した相手について語り合いわいわいと盛り上がっていた。その中で一人、信楽は剥き出しになったコンクリートの窓から外を見ていた。片手には空になった缶ビール。いつもならば輪の中心で飲んでいるのだから不思議に思う人間も少なくはなかっただろう。
「どうしたんですの?ハッ、まさか恋わずらい!!相手は誰ですの!?禁断の恋?はたまたメンバー同士のっ!」
「うるっせーよ、闇凛ちゃん。そんで全くの検討違い。」
「では、何故ですか?明確かつ納得の回答を求めます。」
元より飲む方ではない闇凛とシャロンは信楽の近くに腰掛け話し出すのを待っていた。大方この盛り上がりの中で酒のつまみか暇潰し程度にしようというのだろう。
「あー、んな大した話じゃねぇよ。愛用してた銃を落っことしたってだけだ。」
「まだあれを持ってたのか。」
突如聞こえた声に闇凛とシャロンは振り向き、信楽は罰の悪そうな顔をした。そこには少し機嫌の悪そうな顔をした虎銀がいた。そのそばにはレジーも立っている。東方軍でも実力のある二人だ。そんな二人に自分に向けてではないにしろ睨まれているとなれば威圧感は相当なものだ。
「まさか未練があるとか言わないよねぇ?」
信楽は軽く笑っていたが、話のわからない二人はすぐにでも立ち去りたい気分だった。だが、今立ち上がるわけにはいかなかった。特にレジーから放たれる殺気の中で動けというほうが無理な話だ。
「そう怒んなって。闇凛ちゃんとシャロンちゃんが可哀想だろ?それに、未練なんかねぇよ。」
信楽に言われレジーは少し申し訳なさ気に殺気をといた。ほっと一息つき、シャロンは両方に質問を投げ掛けた。それは純粋な疑問であったし、こうなった理由の説明も求めていた。
「銃は消耗品です。故になぜそこまで執着するのか不明ですが説明を要求しても構いませんか?」
「というより、納得のいく説明でなくては巻き込まれ損ですわっ!」
二人の質問に虎銀やレジーは気まずそうな顔をし、信楽はんー、といって頭を掻くだけだった。何かしらの理由があることは察していたがここまであからさまに隠されるのでは詮索した方が悪いような気分になる。
「それは…」
「あー、いいって。いいって。あんなもん持ってた俺も悪いんだからな。あれはな、忘れねぇ為だったんだ。あれを見るたびに思い出せるだろ?殺し損ねた馬鹿の顔と、糞みてぇな屈辱と恨みをな。」
その場が静まり返るのを肌で感じた。正確に言えば周りはまだ騒いでいるのだが、その音が耳に入ってこないのだ。信楽の言葉に虎銀とレジーは同じ思いを持っているようだった。息をするのでさえ躊躇うような静けさ。堪らなく闇凛とシャロンは騒がしいあの輪の中へ帰っていった。
「…嘘つきだねぇ、信楽。」
「強ち嘘でもねぇよ。」
「で、わざわざ手がかりを残すような事をしたんだ。何か考えがあるんだろう?」
虎銀の言葉に信楽がニヤリと笑う。
「ガキ共は暴れたりねぇってフラストレーション溜まってんだろ?まぁ、それはお前らもだろうが。」
二人の様子を眺めながら信楽は言葉を続ける。ケラケラと笑うがそこには確かな決意が籠っていた。信楽が全員に向けて声を張り上げた。
「喜べてめぇらっ!!ちまちました仕事は今日で終わりだ!てめぇの意思で大いに暴れまわれ!殺せ、奪え、淘汰しろ!悪が正義を食い尽くす戦争の始まりだ!!」
歓声が上がる。さっきよりもより一層騒がしくなる一体。虎銀やレジーでさえ今か今かと恍惚とした笑みを浮かべていた。小さく笑い声をあげる信楽が右肩に手を当て誰にも聞こえない声で呟いた。
「…殺し損ねた死に損ないが、てめぇを殺しに行ってやるよ。オウカくん。」
(傷が疼く。過去が沸き立つ)
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