奇病ファイル1

私は、私でありたかった。悪魔だ外道だと呼ばれながらも最期まで人としてありたかったのだ。

「アルディ、私を、殺してくれ。」

体も顔の半分も鱗で覆われ醜くなった私がそう、アルディに告げた。アルディは戸惑ったような顔をしていて、私を見つめている。何か言ったような気もするけれど、酷い耳鳴りが言葉を掻き消していた。

医者が告げた私の奇病。全身に鱗が回るころ、私は人ではなくなるという。普段食べないようなものを食べてしまうその病気は一説によれば食人病のひとつだと聞かされた。

その言葉の通り、鱗が広がるにつれ私は水以外の食物を受け付けることが出来なくなっていた。あれだけおいしかったルノの料理も全く味がしないのだ。だが、水だけでは生きられない。私の中で枯渇するような飢えが巣食っていた。

「すまないね、でも、君ならやれるだろう?何だったら、私を敵だと思えば良い。少しはやりやすくなるんじゃないかな?」

「…浦和さんは、敵じゃないです。」

いつからだろう。植物を、虫を、食べる事のなかったそれらを容易に咀嚼できるようになったのは。その度に吐き気を覚えて胃の中が空っぽになるまで、喉が腫れるまで吐いた。それは、自分が化け物になったようで酷く気持ち悪かった。

「君たちは、中々どうして、そんなに優しいんだろうね。」

全身に鱗が回る頃、私は食べることを恐れ始めた。長らく忘れていた恐怖。それでも私は無意識のうちに何かを咀嚼していた。それはもはや自分の体ではないのだと気づく。ならばどうすべきか。答えは一つしか思い浮かばなかった。

「だったら、尚更だよ。きっと、多分。このままだと私は化け物になってしまうんだ。だから、私を私のまま、人のまま殺してほしい。そこの机に銃があるから。」

「…治らない、んですか?」

あまり表情は変わらない彼だが、何となく悲しげに見えた。

「治らないよ。」

「……」

「私を殺した後は、この部屋ごと焼いて全部消してしまえばいい。砂蔵さんなんかは勘がいいからね。気づくかもしれないけれど何も言わなくていいさ。何、私を恨む奴なんて星の数ほどいるんだから騒ぎ立てるほどのことではないよ。」

アルディは何も言わなかった。けれど、その手には銃が握られていた。本当に優しくて強い子だ。だから私は君に頼んだのだろうね。

「アルディ。ありがとう。」

乾いた銃声。耳鳴りが止んで、砂漠の中にいるような乾きを感じなくなった。鱗の肌がボロボロと崩れていく。これで、よかったんだ。

火が放たれた瞬間、真っ赤な炎が視界を覆った。



(異食症)


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