証される正義の悪

例えば、彼らが幸せでいたなら。例えば、世界が平和だったなら。例えば、例えば、違う選択をしていたなら。

こんな結末にはならなかったのだろうか。

「時雨ッ!」

叫び、走り込んできたのは息を切らした鉄冶だった。倒れた時雨に駆け寄り意味のない応急手当てを必死に施し始める。が、それも長くは続かなかった。

「っで、なんで!!」

悲痛な声を上げる鉄冶に呆然としていた氷瀧達がハッ、と我に返る。

「…信楽、お前っ!」

氷瀧が信楽を睨んだ。殴りかからん、とばかりに詰め寄り苦虫を潰したような表情で信楽の胸ぐらを掴み上げる。

「やめなよ。」

今まで黙っていたファンドルが初めて声を出した。

「説得で通じる相手じゃない。」

腰にぶら下げていた刀に手を当てた。それが完全な戦闘体制であることは誰が見ても明白だった。

「うん。そうだね。もう、戻れないところまで来たんだ。」

傍観を決め込んでいた水嵐もそれに対抗するように身構えた。レジーや虎銀も同じように体制を整える。

「その通りだぜ。……放せよ。正義面した偽善者野郎ッ!!」

バシンッ、と信楽が氷瀧の手を振り叩いた。その表情が氷瀧には微かに辛そうに見えていた。

こんなはずじゃ、なかったんだ。

後悔が波のように押し寄せて、それでもどうしようもない事くらい理解はしていた。その場の全員が戦闘を開始しようとしたその時、鉄冶が呟いた言葉に全てが凍りついた。

「……被験体01、信楽。弱性アルビノ。幼少時被験体として選ばれる。15歳を境に約数十年実験施設へ監禁。多様な薬剤投与、当初の目的、アルビノの完治。最初の被害者。…被験体057。レジー。被験体として連れてこられた内の一人。元敵国捕虜。薬剤投与、異常交戦実験、痛覚実験。目的、強靭な兵士の製作。資料上、最悪の被害者。」

「…あ…ああ、い、うなあ、思い、出させるな、あいつらが、あいつらがァアアアアアッ!!!」

金切り声とでもいうのだろうか。レジーが叫び鉄冶に飛び掛かった。隠し持っていたナイフが鉄冶の脇腹へ刺さる。痛みに声をあげながら、鉄冶は聞いて。とナイフを握るレジーの腕を掴んだ。引き抜こうともがくレジーだが、その手はびくともしない。

「時雨の父は君達の実験を指示した人だ。彼はあまり自分の事を話さなかったけど、今日、一度だけ俺に言ったんだ!あの時、止めていればって!!逃げたんだって後悔してた!!彼が、時雨が悪いわけじゃないのにっ!!」

泣いていた。震えていた。無機質な床には乾いた黒い血の上に鉄臭い、赤が重なっていた。レジーは何も言えないでいる。否、誰もが何も言えなかった。誰が悪いわけでもない。少なくとも、この場にいるものが悪いわけでもないのだ。

それでも、わかっていたとしても、流れ出した勢いは止まらない。

「後悔なんて、何の役にも立たないんだ。だからやっぱり、そいつは"悪かった"んだろ。」

虎銀が持っていた銃で鉄冶の頭を貫いた。レジーを掴んでいた手は離れ、力なく床に倒れていく。

「…俺は…俺達は、"間違ってない"…んだよね。」

倒れた鉄冶を見下ろしながらレジーが自分に言い聞かせるように呟いた。

「……ああ、間違ってなんか…」

「間違ってるに決まってんじゃん〜。何自分を正当化させようとしてるの〜?いつだって自分達は正しいとか、思ってるわけでもあるまいし〜。」

虎銀の言葉を遮り、楽しげな声が降ってくる。

「いつまでも被害者面。俺はそれが酷くめんどくさいよ。どうあがいたって俺達もお前らも犯罪者なんだから。」

くすくすと笑う二つの声。二階の手すりに座り忍と雷が見下していた。

「「この、被害者面した反逆者共。」」



(それが、真実。)


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