正しさを選べていたら

遅れながらその場に立ち尽くした二人がいた。劣勢を強いることは誰よりも理解できていたはずの二人だったが敵も味方も打ち捨てられているそこは予想以上というべきだ。

「おいおい、こんなの有りかよ…」

煌青が苦虫を潰したような顔をした。隣にいた蒼刃が煌青を見るがそれに気づくほどの余裕はなかったようだ。見た事もない動揺。そんな二人の前にニヤニヤと笑みを浮かべた吉奈が現れた。その後ろにはシャロンがいつも通りの無表情で立っている。

「あっはは。あの時を思い出しちゃった?」

「なんでっ…」

蒼刃が声を出す。しかし、吉奈の言葉を聞いた途端に煌青から殺気が放たれたことに気づく。ぐっと押し黙ると吉奈を睨んだ煌青が噛み付かんばかりに声を荒げた。

「何でそのことを知ってるっ!!」

怒鳴りつける煌青を蒼刃は見た事がなかった。余裕を浮かべたいつもの様子など一切ありはしない。

「回答の必要性はありません。」

後ろでシャロンが冷たく言い放った。

「あらら、冷たいねシャロンちゃん。ま、確かにそうなんだけどさ。」

煌青の殺気や怒りなど気にした様子はなく、二人が勝手に話を進めていく。そんな様子に蒼刃は言いがたい気持ち悪さを覚えていた。そうだ、何かがおかしい。何故仲間である筈の二人が自分達を対峙しているのか。考えてみれば最初からおかしいことばかりじゃないか。

「お前達は、裏切ったのか…?」

蒼刃はおそるおそると訪ねた。否定してほしかったのかもしれない。しかし、二人からでた言葉はそんな幻想を打ち砕くものだった。

「私達は利害の一致でそちらに所属していただけ。」

「端っから仲間でもなんでもなかったんだよね。楽しかったけどさ。」

誰よりも仲間を大切にしていた蒼刃の中にどろりとした黒いものが湧き出たような気がした。煌青は静かに武器を手にし、蒼刃に向かい、目の前の二人を「敵だ」と一言呟いた。わかっている。そう言うように頷くと蒼刃も武器を構えた。

「あー、それはそれで楽しそうだけど、二人の相手は他にいるんだよねー。」

「なにを言って…!」

二人の後ろから小柄な少女が飛び出してきた。蒼刃が咄嗟に後ろへと飛び退いた。

「久しぶりだな…。蒼刃。」

「嬢…さん…?」

目に見えて蒼刃に動揺が見えた。葵紀は一直線に蒼刃に向かい憎らし気に睨みつけた。

「忘れたとは言わせないっ…、お前が、私を捨てたこと!」

「違うっ!!あれはっ!!」

「言い訳なんか、聞きたくないッ!!!!」

葵紀が地面を割るかのように勢いよく拳をふり下ろした。蒼刃と葵紀は知り合いだった。言ってしまえば恋人でもあった。

「ひでぇな、この組み合わせはお前さんの仕業か?」

「そんなわけないじゃーん。いやいや、でも本当に悲劇的に絶望的だよね。元恋人で、あの日に離ればなれになって、彼女はずっと待っていたのに、その彼は敵側にいました。なーんて。」

「…性悪な女だな。」

銃口を向けて煌青は吉奈を見下した。吉奈は銃口を向けられながらにこりと笑った。タイムアップだね。吉奈が言うと同時にそれはいきなり襲い来る。

「それは同感ですぅ〜、でも〜待ってるだけのあの子もぉ〜非はあるんですよぉ〜?」

間延びした状況に合わない声。煌青が振り返ると同時にナイフが飛んでくる。脇腹を擦り地面に落ちるナイフが光った。少女、瑠璃が可愛らしくクスクスと笑う。

「無くしたなら探さなきゃなんですぅ〜。じゃないとぉ〜誰かさん達みたいに歪んで歪んで、歪んじゃいますからぁ〜。」

それは誰の事を指しているのかわからない煌青ではなかった。実際自分だってそう思うのだから。

「そうそう、さっきなげたナイフなんですけどぉ〜、そろそろ効いてきませんかぁ〜?」

瑠璃がこてんと首を傾けた。なんのことだ。そう言いかけた煌青の体が傾いた。手足に力が入らない。まさか、そう気づくには少し遅すぎた。

「毒。ですぅ〜。体力勝負なんてぇ〜原始的すぎますからぁ〜。」

「見事です。感服します。」

「だよねー。ふふ、ねぇ煌青さん。なんか後悔してるようだから最期だし教えてあげる。今日、全部終わるよ。」

意味深な言葉に、ああ、よかった。と柄にも無くそう思わずにはいられなかった。

助けられなかった事がある。間に合わなかった事がある。あの時、俺たちは、奪われたまま、戻ってくると信じて盲目していたから。


「…どうした?動きが鈍いな。ああ、向こうの様子が気になるのか?そうやって、また私を捨てるのか?」

「…嬢さん。聞いてくれ!」

「うるさい!!私は、私は!!連れて行って、欲しかったんだ!!」

葵紀が泣いていた。脳裏に焼き付く記憶と重なった。崩れる建物の中、連れて行ってと叫んだ彼女の声を聞こえないフリをした。それが自分のエゴだと知っていたのに。

「っ、ごめん…、ごめんな…嬢さん。」

泣いている葵紀を抱きしめる。あの日全部奪われなら捨ててしまえばいいと思った。奪われない力と場所を手に入れて、それまでは何も変わらないと思っていた。悪を悪で叩く思想。ああ、いつの間にかあいつらと同じになっていたんだ。

この戦争が終わったらやり直そう。そう決めた。それなのに、蒼刃の目に歪に歪んだ陰が見えた。遠くで悲鳴が上がった。鉄臭い匂いがした。葵紀が何かを叫ぶ。無意識的に蒼刃の腕に力が入った。視界の端でオウカの姿を捉える。

「…愛してた。ずっと。」

鈍い痛みが二人を貫いた。






(敵も味方も塵に等しく平等に)


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