優しい君に恋してる
今日は珍しく練習がいつもより早く終わった。
「こんなに早く終わるなんて珍しいね」
「逆に何かありそうで怖ぇな…」
着替えながらヒソヒソと小声で話すセナとモン太。
「おい、糞チビども」
「ヒ、ヒル魔先輩!?」
「あ、別に僕ら悪口を言っていたわけじゃ…」
「どけ」
音もなく背後に立っていたヒル魔に慌てて弁解する2人。
しかし当の本人は聞く耳を持たず、着替えが終わるさっさと部室から出て行った。
「…何かいつもと様子が違うね」
いつもなら自慢の銃で何発か撃ってくるのに。
「今日が第五水曜日だからだよ」
「栗田先輩!」
「第五水曜日に何かあるんすか?」
「あのね…」
ヒル魔のいなくなった部室で部員全員が栗田の話に耳を傾けていた。
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1階の、下駄箱から一番遠くにある美術室の扉を音をたてないように静かに開ける。
いつものように、グラウンドに面した窓に向き合う形で彼女は座っていた。
目の前にスケッチブックを置き、机には鉛筆やら絵の具やらを散らばらせて。
完璧に自分の世界に入ってる彼女を視界の端で捕らえながら、ヒル魔は適当に席に座ってパソコンを開く。
賑やかな部室より静かなこっちの方が作業がしやすい。
キーボードをうつ音が美術室に響く。
しばらくしてふとパソコンにかかる影。
「終わったか」
「うん。妖が来てるの、気付かなかった」
「ケケケ、自分の世界に入り込むと何も聞こえなくなんのは相変わらずだな」
「…ごめん」
夢中になりすぎると周りが見えなくなるのは悪い癖だ。それだけ集中できるなんてすごいと栗は賞讃してくれたが。
「帰んぞ」
それでも彼は私が気付く(作業が終わる)まで何も声をかけずに待ってくれる。
優しい。"悪魔"なんて呼ばれているらしいが、私は彼の悪魔的一面を見たことがない。脅迫場面はなら何度かあるけど、それならそこらの不良がやってることと大して変わらない。
違うことといえばその行動の目的が純粋だということぐらいだろうか。
「…何見てんだ」
あ、盗み見してるつもりだったのに。盗めなかった。くやしい。
「妖は優しいなと思って」
「あ?」
予想外の言葉だったらしく、彼は怪訝な顔をした。
「終わるまで待っててくれるし」
「オメーが気付かねえだけだろ」
「第五水曜日なんて年に数回しかないのにちゃんと覚えてくれてる」
「たまたまだ」
「でも、アメフト早く切り上げてるんでしょう?栗が言ってた」
優しいねと笑ったら、うるせぇと脅迫手帳で叩かれた。