新入部員
「椿ちゃん、椿ちゃん」
キラキラと、まるでヒーローを見つめる子供のように目を輝かせてタカ丸くんが隣に座る。
なんだろう。良い予感がしない。
「塗って!」
差し出されたのは彼の両手。キラキラの眼差しの意図がわからない。
塗って?何を?今私が持ってるのは絵の具のついた筆ぐらい。まさか絵の具を塗ってほしいわけじゃないだろうし。
「もう少し具体的に説明してくれるととても助かる」
「僕の爪にネイルしてください!」
「ネイル?」
「そう!顧問の先生の爪やったの椿ちゃんなんでしょ?」
「…ああ」
そういえばそんなことしたような。でもあれ先生が結婚記念日とか言って半ば強制にやらされた気がする。
「タカ丸くんなら自分でやった方が良いんじゃない?」
学内でも有名なカリスマ美容師の息子。ネイルなんてお手のものだろうに。
「僕あんまり器用じゃないからネイルはちょっと苦手なんだよね」
あんなに素早くカットする人が何を言ってんだ。不器用なわけがない。むしろ人より器用な方じゃないか。
「この前滝夜叉丸君にやってみたんだけど失敗しちゃって…」
「え、あれタカ丸くんだったの?」
数日前の(滝夜叉丸くんにとっての)悲劇を思い返す。あれは…たしかにちょっと、うん。お世辞にも綺麗とは言えない。単色だったら完璧なんだろう。でもグラデーションを試みたらしい十の爪はひどいものだった。
「…カットは上手なのにね」
「だから椿ちゃんにネイルの極意を教えてほしいんだ!」
「極意って…私のは趣味みたいなもんだし。絵を描くことの延長線上っていうか」
ネイルをするときは爪を小さなキャンパスだと思ってやってる。少ない色でどうやって想像を形にするか考えるのは楽しい
し。でもあくまで趣味の範囲内での話。
「…わかった」
「あ、わかってくれた?」
「僕も美術部に入るよ!」
「え」
「美術部に入って椿ちゃんの技術をものにしてみせる!」
入部届け出してくるね。とタカ丸くんは部屋から出ていった。
…爪、結局塗らなくて良かったのかな。