向日でハロウィン
「Trick or treat」
差し出された手に昨晩作った焼き菓子を乗せる。形式は合ってるはずなのに渋い顔をされた。
「なんで持ってんだよ」
「昨日事前申告されたから」
昨日の夜、電話でお菓子の催促をされたのは記憶に新しい。あの後大変だったのだ。材料の買い出しに行ったり、ラッピングを選んだり。
「くそくそっ、言わなきゃ良かったぜ」
「ていうか、今日それで学校来たの?」
今の彼の姿はまさに仮装と呼ぶに相応しい格好。黒いマントと付けやい歯。本人は吸血鬼と言ってたけど、ハロウィンだからってこんな目立つ格好をしたらファンが黙っていない。登校と同時に撮影タイムだ。
「んなわけあるかよ。さっき部室で着替えたんだ。跡部がいろいろ持ってきてっから」
「ああ、なるほど」
さすが生徒会長。祭りごとには抜け目ないね。食堂のランチも今日はハロウィンチックだったし。
「岳人」
「なんだよ」
「Trick or treat」
「…げ!」
お、いい反応。さてはお菓子持ってないな。
「イタズラけってーい」
「ば、やめろ!」
嫌がる向日に両手を広げて近づき、思いっきり抱き締めた。
「ぎゅー」
「冷た!おま、何でこんな冷てぇんだよ!」
わたわたと焦ってはいるけど無理やり引き剥がさないのは彼の優しさだと思う。剥がされない自信もあるけど。
「誰かさんがなかなか来ないから芯まで冷えたー」
「…悪りぃ、ちょっと仮装に手間取った」
彼の手が背中に回る。運動した後だからか、思いの外あったかい。
「どんな格好でも良かったのに。私、別に岳人の見た目に惚れたわけじゃないよ?」
「知ってるけど、か、かっこよく見せたいだろ!」
だからどんな格好でもかっこよく見えてるって。その言葉に彼の顔はさらに赤くなる。よくそんな恥ずかしいこと言えるなと誉められた。