「これぐらい平気さ、だからはやく!」

エンブオーの強力な火炎放射が反射して、ルナの顔が赤く染まる。パチパチという炎の音がやけに大きく響いた。こんなに大勢のプラズマ団やポケモンがいるのにここまで静まりかえっているのは異常だった。

「(気味が悪い…)」

相手のレパルダスが倒れるとまた次の奴がかかってくる。今まで特訓を重ねてきた僕たちだから決して苦にはならないが、何せ数が圧倒的に違うのだ。このフロアを突破しても上にはまだまだいるだろう。エンブオーもそろそろ疲れてきた。その時ハチクさんから声がかかる。



「チェレン!私の方は片付いた、そっちはどうだ?」
「こっちもあと一人です」

そう言い終わるか終わらないかのうちに相手のポケモンが戦闘不能になった。ルナの為にも早く最上階へ向かわなければいけない。ハチクさんに視線を飛ばせば、彼も上へと繋がる階段に走り出していた。そして前をしっかり向いたまま、更に上の階でどれだけの敵が待ち受けているか分からないぞ。と声をあげた。普段口数が少ないとされるハチクさんがここまで必死になっているのだから本当に大変なことが起きているのだろう。いまいち状況が掴めていないままだったが、緊張感だけは確かに肌で感じていた。



やっとの思いで1つの階段を上りきる。戦闘に備えてモンスターボールを構えるが、同じようにしていたハチクさんの腕が不意に下ろされた。急ブレーキをかけるとバツが悪そうな表情をした大勢のプラズマ団と、倒れているポケモンの姿が目に入った。なぜ?だが理由は一つしかない。僕たちより先に上へ上ったのはルナだけだからだった。

「彼女は…やはり強いのだな…」
「はい…」

ルナは昔からそうだった。自分にない物をいくつも持っていた。どんなに特訓を重ねてもルナより強くはなれなかった。生まれた年も場所も育った所も同じなのに何が違うのか。彼女と僕、二人を分かつものは何なのか。ギリッと歯が嫌な音をたてる。

「行くぞ、チェレン」

いつしか芽生えた彼女への気持ちも生の苦味と共に塔の静寂へと溶けた。









英雄になれなかった少年
(彼は何を感じ、何を覚えたのか)

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