「我が君」
死喰い人である部下が自分を呼ぶ。
だがそれは、自ら望んだ事だったが多少の違和感を隠しきれなかった。
全くに『平和ぼけ』とは恐ろしいものだ。
今は暗闇に覆われた自分の心も、いつかは光を灯していた。
そう彼女が傍らにいた頃は。
―――…
「トムっ!」
勢い良く背中にしがみ付いてくるロゼ。
「全く君って子は。どうしてスカートで走るんだい?」
「えへへー、だってトムが見えたから!」
いつだって無邪気に笑っていた彼女。
僕はそんなロゼを…愛していた。
「トム、ずっと側にいてね?」
「あぁ分かっている」
あの時、ロゼと生涯を共にする事は不可能だと分かっていた。
何故あんなことを言ってしまったのかと今更後悔している。
“どうしたの…”
ナギニが此方をじっと見つめる。
今のパートナーはこの白い雌蛇だ。ロゼの代わりにはなるはずもないけれど。
“何でもない”
これはパーセルマウスであるからこそ出来ること。
普通の人は不気味に思うが、ロゼはそうでなかった。
「トムは蛇と話せるの?!凄いね!」
決して怖がる様子を見せず、目の前にいる蛇を撫でたりしていた。
「え?トムとお別れ?まさか!冗談やめてよ」
くすくすっと笑ったロゼ。今でも脳裏に張り付いて離れない。
そんな彼女に僕はそっと杖を向けた。
「オブスクーロ…」
ロゼが困惑しないように。
「…オブリビエイト」
ロゼが苦しい思いをしなくて良い様に。
「我が君、」
「…そろそろか」
夢の名残に囚われて
(あの魔法は)(自分にかけた方が良かったかもしれない)
◇
オブスクーロ=目隠しの呪文
オブリビエイト=忘却呪文
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