「ミチル、会いたい…」

学校が終わって帰宅して夕食を食べてお風呂も入った。今の時刻は午後の九時過ぎ。よく少女漫画では女の子が男の子に会いたいって言って、二人で夜の公園に…なんていう事があるけれど、実際中学三年生の女の子が夜遅くに外に出歩くなんてまず親が絶対に許さない。その辺漫画って本当に凄いと思う。




だから結局こうして会いたいという気持ちを夜の澄んだ空気にぶつけるしかないのだ。こうやって部屋で一人窓から外を眺めていると、不思議と寂しい気分になってくるのは一体なんでだろうか。ミチルにどうしても会いたくて、温かい体温で包んで欲しくて。聞こえてくる夏の虫の静かな声が涙を誘った。せめて声だけでも聞きたくて、潤んだ視界でアドレス帳の『福士ミチル』の五文字を探す。




「(出るかな…)」

プルルル、という規則的なコール音。1,2,3…と無意識に数えてしまう自分がいた。十回目のコールが鳴っても全く電話に出る気配がなかった。やっぱり現実とはそうやって上手く出来ていないのだ。出て貰えなかった、という事実が更に私を苦しめた。クッションに顔を押し付け、声を殺して涙を流すと手に握ったままの携帯が震えだした。




「もしもし?ごめんなーさっき出られなくて!でっ、俺になんか用かぁ?」

涙で画面は全く見えない。なんとか通話ボタンを押して耳に当てると、求めていた人の声が聞こえてきた。ミチルはいつも通りのテンションで話しかけてくるけれど、私は次から次へと溢れてくる涙を拭うので精一杯だった。ぐずりと鼻をすすれば、機械越しにえっ…という驚いたような声が聞こえてきた。



「なまえ…もしかして泣いてるのか?」

今までに聞いたことのないようなミチルの真剣な声にどきりと心臓が煩く音をたてた。私が何も返事しなかったからか、続いての大丈夫か?なにがあったんだ?という言葉には焦りが感じ取れた。



「何か言えよ…!俺に出来ることがあったら…」

「…会い、たいよ…ミチル…!」

そう言った瞬間電話が切れた。言うつもりは無かったのに結局こうなってしまった。なんて自分は弱い奴なのかと呆れる。今頃ミチルは私の家に走ってくれていて、着いたらメールをくれて、そしてぎゅっと優しく抱きしめてくれる。手元の携帯が再び震えたのを確認してから私は部屋を飛び出した。幸い親は入浴中。玄関を勢いよく開けてミチルに抱きつく。




「なまえ…!危ないって何回言ったら…」

「会いたかったの、ねぇ、会いたかったよ…!」

「…ったく、心配かけやがって」



息を吸い込めばミチルの匂いがして、涙は止まるどころかどんどん溢れてミチルの着ている就寝用の白いТシャツに吸い込まれていった。


「なんだったらよ、今日俺ん家泊まるか?」

「え…」

「べ、別に変な意味じゃねーよ!その…そんなんじゃ今日寝れねーだろ」



返事の代わりにぎゅっと抱きつく腕に力を込めれば、ふっというなんとも憎たらしい笑いが降ってきた。だけど私にはそれさえ愛しく感じられて、更にミチルのことが好きになるのだった。








色恋事情
(良いお湯だったわ〜!ん、何かしら)(今日はミチルの家に泊まります…?)

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