そう、全部何もかもが俺の責任だった。俺がもっとちゃんと気を配っていれば
  なまえにこんな辛い思いをさせずに済んだのに。そして幾度となく隣で眠る彼
  女に口付けた。


  ―――…



  ごく普通の帰り道だった。今日はなまえが歩いて帰りたいと言ったから、いつ
  も校門まで迎えに来る車を断って家への道のりを辿っていた。いつものように
  冗談を言い合いながら、少しふざけて。



  横断歩道で立ち止まった時、なまえがさっきお揃いで買ったストラップをその
  場で着け始めたので自分は彼女より少し先に歩き出した。その直後に後ろから
  景吾待って!と声が聞こえたから、前を向いたまま後ろへ手を差し出した。す
  ぐに追いついて手を握れるように。



  だけど可笑しかった。いつもは本当にすぐ、歩き出してからほんの一、二秒で
  手を握り返してくるのに。少し不振に思って後ろを振り返った時だった。



  「なまえ…!」



  ―――…




  幸い命に別状は無かった。だけどこれは俺の不注意に因る事故。医者には一晩
  病院に泊まった方が良いと言われたが、なまえの両親にも頼んで家に連れ帰っ
  た。今日だけはどうしても傍に居たかった。女中になまえの着替えを任せ、自
  分も寝巻きを用意して自室へ戻ると、彼女をベッドに寝かせてその隣に横にな
  る。



  勿論眠れるはずもなく、もうすでに時刻は午前四時を過ぎていた。今日は土曜
  だ。部活はあるがとりあえず休もうと思う。忍足達ならなんとかするだろう。
  そしてまたなまえに目をやれば、丁度寝返りをうってこちらに顔が向いていた
  ほわほわした輪郭に柔らかい髪の毛。この時間特有の控えめな光が、天使を連
  想させた。


  
  もう一度だけ軽く頬に口付けると、紫のガウンを羽織って木製のバルコニーに
  一歩踏み出した。朝露を含んで濃いブラウンに染まっている。それから、辺り
  には霧がたちこめていた。それも真っ白ではなく、少し先が見える程度の薄い
  もので何故だか不思議に感じた。



  意味もなく無意識に伸ばした手は、その霞を掴み取ることもなく空を切る。すっ
  と虚しい感触が手に残った。少し肌寒い。そして再び部屋に戻ろうとすると、
  きゅっと寝巻きの裾を掴まれた。なまえだ。その柔らかい手を引いて彼女を腕
  の中に収めた。嗚呼、なんて愛おしい。




 

  「なまえ、俺のせいでお前があんな辛い思いを……本当に、」

  「景吾いいの。私は大丈夫だから。だから続きを言わないで」

  「な、んで…」

  「だって景吾らしくない。私生きてるんだから、いいの。それで」




  

  不意になまえが俺の頬にぴたりと手をくっ付けた。それから何度か軽くこする。
  疑問に思って自分でも頬に手をやってみれば、覚えの無い雫が静かに伝っていた
  泣いていたなんて少しも気がつかなかった。






  「景吾は泣かないで。私が景吾の分までちゃんと泣いてあげるから」


  そう言って微笑んだなまえの頬も確かに濡れていた。だけどそれは不思議と悲し
  い気持ちにはならずに、何だか心が満たされていった。なまえを腰の辺りから抱
  き抱えれば、その衝撃で涙が床に落ちてぽつりと染みをつくった。





  それからなまえは空の方を見上げて、あっと声をあげた。ねぇ、景吾見てよ!と
  寝巻きの肩の辺りを引っ張る。見てみると霧の中で一箇所だけ水色の空が覗い
  ている部分があった。さっきなまえが勢いよく掴んだせいで寝巻きの肩の所が少
  し伸びてしまったけれど、蒼い空に心を奪われた俺はそんなことどうでも良かっ
  た。





  ペアの寝巻きをオーダーしたら、目の前の天使は微笑んでくれるだろうか。
  そればかりが俺の心を支配していた。












  てんしのなみだ
  (純白の君を逃がさないように)(今日も俺は苦労する)

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