「駄目です、ワルツ…!」
雨の降る中鮮血にまみれて地面に伏している女とそれに寄り添う男。
容赦なく叩きつける雨は彼女の体温を奪っていく。
傷は深く、気孔術で治療を施すが血液は一向に止まる様子をみせない。
そんな中、彼女はそっと彼の手を下へ下げた。
「もう、いいよ」
「僕は良くないです。ワルツ、生きてください」
地に横たわったままのワルツは静かに首を横に振る。
「なんかね、分かるんだ。もうダメなんだなって」
彼女の手は曇天を優雅に仰ぐ。
「それにね、八戒を守れたから。それで良いんだ」
色々言いたいことがあった。けれども、今はワルツの話を
聞かなきゃいけない。そんな気がした。
「本当は私も八戒と一緒に居たいんだよ?でもね、私知ったの。世の中には叶わない願
いなんて沢山あるんだってこと。私の生きたいっていう願いは
神様の耳に届かなかったみたいだけど、」
ワルツの喉がひゅうと音をたてる。
「八戒が聞いててくれるから…」
「駄目です!僕は貴女まで失いたくない、だから、だから…!」
ワルツは静かに笑った。
「辛い事があったら、私を思い出して。だからさ、八戒は生きるんだよ…」
涙か雨かは分からない。だが多量の水分が視界を歪ませる。
「八戒…ずっと、大好き」
握っていたワルツの手がくたりと力を無くす。
「ワルツ…?ワルツ?ワルツ?!」
激しい絶望が脳を侵食していく。
いつも一番傍にいて欲しい人が誰よりも早く誰よりも遠くに
いってしまう。
奈落の底からやっとの思いで這い出して手に入れた幸せ。
神は何故にここまで僕を貶める?
綺麗に瞳を閉じて天へ昇って逝った彼女の頬を優しく撫でる。
「ワルツ、僕もいつまでも貴女を愛しています」
何時の間にか雨は止み、鬱陶しい程に美しい青空が広がっていた。
ほら、ワルツ、綺麗な空ですね。
貴女も同じ空をもっと近くで眺めているんでしょう?
ふわり、少し冷たい風に乗って白い花弁が宙へ舞った。
神の掟と白い華
(ねぇ八戒、)(私幸せだったよ)
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