八戒は泣いていた。
 雨が降る窓の外をひたすら見つめながら。


 八戒は泣いていた。
 只々あのひとを想って。
 解っていたからこそ、何も声が掛けられなかった。



 「八戒…」

 消え入るような小さな声で、彼の名を紡ぎ出す。
 聞こえたかどうかは分からない。


 だけど八戒の心の中に私が入る隙間は無いこともまた明らかだった。
 薄暗い部屋の中、しとしとと雨の音が耳につく。


 「私があのひとの場所を埋められたら…」

 私もまた、涙を流す。心の穴にはやがて水が溜まり
 そこにもまたあのひとが映される。



 「ワルツ、」

 どういう意味なのかは解らない。それでも彼は私を呼ぶ。

 「私、此処にいるよ」

 八戒の腰にきゅっと抱きつくと、私の腕に冷たい手が重ねられる。



 窓の外は晴れ、草木からは天露が滴っている。
 それでも彼は只々、涙を零した。






 
 (もし今より前に戻れたら)(貴方はどうしますか)

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