その日の夜はとても綺麗な空だった。星がきらきらと瞬いて
  今にも落っこちてきそうだった。草履を適当に引っ掛けて
  一歩だけ外に踏み出せば、じゃりっという音だけが響く。
  なんて静かな夜なんだろう。


  月明かりに照らされて少し紫がかった雲。優しく吹いてきた
  風に目を閉じると、不意に誰かの手が自分の目に宛がわれる。







  「烏哭?」

  「そ、せーかい。よく分かったね」

  男の人らしいしっかりとした大きな手が私の頭を撫でる。
  この感覚は嫌いじゃない。とても心地が良いから。



  「だって…連れて行ってくれるんでしょ?」

  目をじっと見詰めてそう問えば、今までヘラヘラと気の抜けた
  笑みを浮かべていた烏哭は真剣な表情を作り、月を見上げて言った。






  「本当に僕なんかで良いわけ?」

  「え…?」

  「ワルツちゃん、まだ16歳でしょ。僕と来たら人生変わるよ?」

  そう言い終わるとまた私に視線を戻して、自嘲気味にはは、と笑った。






  「うん、いいの。私は烏哭と一緒が良いから」

  期待と願望に満ちた眼差しを向ければ、烏哭はくつくつと喉を鳴らして
  また笑った。この人はよく笑う人だ。


  「後悔してもしらないよ?」

  その言葉と共に私は宙にふわりと舞った。返事の代わりに
  黒い法衣をぎゅっと握れば、彼はまた面白そうに笑みを零すのだった。





  あの日は月の綺麗な夜だった。
  庭に沢山咲いた桜を見詰めながら、まだ少しだけ残る
  梅の花を摘みにやって来る鴉を待った。
  ただ、何もかもに飽き飽きしていただけだったんだよ。










  
  (自分自身に飽きてしまう前に)(どうか私を喰い潰して)

  Hello Ravenさまに提出しました。 title by 狂う世界

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