「もう怒られたくない…」
「…大変そうだな。」
−名前と×××−
季節は春。綺麗に色づいた桜の花びらが舞う中、ツバサは学校の最高学年となった。
春休み中は少し忙しかった所為もあり、みんなと会うのは久しぶり。心機一転ということなのか、髪形を変えている人、服装を変えている人…いろんな人がいた。
中でも同い年の小篠桜は二週間で、とは思えないほど髪が伸びていた。
「でも桜の髪はさらさらだから羨ましいな。」
風でなびく綺麗な空色の髪。
その姿を見て、思ったことを口に出してしまったツバサ。
ハッとなり口を手で覆うが、桜の耳にはもう届いていたようで、
「本当?そういってくれると嬉しいな…!
最近手入れとか頑張ってるからさ!」
いつもの笑顔でそう答えた。
彼女の後ろに“女子力”という単語が見えた気がするが、まぁ気にしないでおく。
「でも…」
「??」
「ツバサちゃんの髪はふわふわしてて、私そういう髪も好きだな」
「! …あ、りがとう」
褒められることになれないツバサは、つい目線を逸らしお礼の言葉を言う。
始業式の時間が迫り、このまま二人で体育館に向かって移動。
その途中、学校の周りで咲いている桜の木が視界に入った。
「桜…」
「ん?」
「あ、嫌。桜の木…。今年もきれいに咲いてるなって…」
「本当だね。毎年この時期に桜が散らないかびくびくしてたりするけど…」
少し困り顔でそういう桜。
そんな桜を見て、足を止めたツバサはふと思った疑問をぶつけてみた。
「桜は確か八月生まれだったよな?」
「うん、そうだよ!どうして?」
「嫌、桜という名前が付いたのなら春先に生まれたのかと思って…
…って、浅はかな考えだったな。すまない。」
「ううん。気にしないで、…この名前はね。
とても大切な人にもらったんだ。」
目を閉じてその人のことを思い浮かべているのか、彼女は幸せそうな顔をしていた。
“大切な人にもらった”その言葉を聞き、ツバサもある人の顔が浮ぶ。
この時間だとまだ寝ているだろうか。そんなことを思っていると先を歩いていた彼女が振り返り言った。
「最初、ツバサちゃん私のことなかなか名前で呼んでくれなかったでしょ?」
「…そうだったか?」
「そうだよー。“小篠さん”って。“桜って呼んで”って言っても“小篠さん”だった!」
「言われてみればそのように呼んでいた…かも。」
ここに来たばかりのことは人間と仲良くする気もなかったため、今思えばずいぶん生意気な態度をとっていたな…と過去の自分を思いだし、苦笑いになる。
「最近は表情もコロコロ変わるようになってきたし、桜って呼んでくれた時もうれしかったなー。」
「……。」
ツバサとのやり取りを思い浮かべているのだろうか、彼女はまた目をつぶってそういった。
「…あ!ごめん。なんか変なこと言っちゃった…」
「嫌、そんなことはない。」
まさか自分のことで嬉しいと思っていたなんて思わず、つい黙ってしまったツバサだが、謝罪の言葉を口にした彼女にすぐ返事をする。
「少し驚いただけだ。
でも…桜は、本当凄いな…」
「え!?どこが…!?」
「なんとなく。」
「え!?」
いきなりの言葉に驚き、意味を尋ねる彼女だが、ツバサは意地悪のつもりなのかとぼけた顔をしてそう言った。
丁度タイミングよく体育館から「早く中に入れ」という先生の声。
声をそろえて返事をすれば、体育館に向かって走り出す二人。
桜はどういう意味だろうと考えている表情。それを見てツバサは小さく笑った。
「桜。」
「?」
「素敵な名前だな。」
「!!
…ありがとう!」
≪お前名前無いんだってな。
しょうがない、この私がつけてやろう≫
≪…要らん。五月蠅い。≫
≪そうだなー…。
ツバサなんてどうだ?≫
≪……。≫
≪いつかお前が自分の翼で羽ばたくことを願って…ってな≫
≪…ダサイ。≫
≪この野郎。≫
「(ツバサって名前、気に入ってたりするなんて言ってやらない…)」
−名前と空色の彼女−
((ところで三毛也くんは名前呼びにしないの?))
((………………しない))