失恋編
「先輩が卒業してしちゃう…」

そういって、俺の隣で彼女は泣いていた。

 - Side Story -
((失 恋 編))

人はどのくらい涙を流すことが出きるのだろう。そんな疑問さえ浮かんでくる。
止まらない涙にそれでも止めようとしてるのか目を擦る彼女の手。
擦りすぎて目は赤くはれている。

「そんなに泣くなよ…」
「涼先輩には分かんないでしょ。この気持ちー。」

そういってまた彼女の目からはまた涙が溢れだす。
彼女は3年生に気になる…というか好きな人がいるらしい。3年生といったらもう3月と言うことだし、残すのは卒業だけ。
卒業してしまえば、想いの彼に簡単に会うことはできない。
彼女はそれが悲しいという。

「(一応、俺も3年なんやけどね…)」

俺が卒業するのは悲しくないってか…。と少し複雑な気持ちになる。

彼女と俺は幼馴染みでもないし、何か特別な関係というわけでもない。
何となく意気投合し、本音をぶつけ合える仲とでも言うのだろうか。まぁ、彼女に至っては、本音+暴力の嬉しくない特典つきなのだが。

「うぅ…」
「いい加減泣き止みーよ。こんなとこで泣いてるより、あいつのとこ行った方がいいんちゃう?」
「…こんな顔で、会えないっ!」
「(そりゃそうやな…)」

さて、いったいどうしたものか。
人を泣き止ましたことなんてないし、何より相手は女の子だ。
人間の女の子はガラスのハートの持ち主だとか、どこかで聞いたことがあるようなないような。
どんな衝撃にも割れない防弾ガラスじゃないのか、というつっこみは今は横においておこう。

「(にしても…)」

正直彼女が彼のことを好きだったとは。そんなそぶりなどなく、今まで全然気付かなかった。
まぁ、彼とは同じ学年だが、クラスは別だし。彼女ともたまに話を聞くくらいで。思い返せば、気付かなくてもなんら可笑しくはない。
それでも、

気付かなかったことに苛立ちを覚える自分がいた。

「(なんやろこの気持ち…)」
「涼先輩のばかぁー!」
「なんで!?」
「うぅ…」
「…ハァ。まったく…
 …?(…あ、れ?)」

何かが可笑しい。
体は元気なのに。いつもとなにも変わらないのに。


 あの子を失ったときと
  同じところがすごく痛い。

「…はい!」
「!?」
「もう、いい加減泣き止み!」

そう言って俺はだらしなくブレザーの袖からでてるパーカーの袖を少し引っ張り、素肌が触れないようにして強引に彼女の顔を拭いた。

「いたっ!!」
「はい、きれーになった。」
「強引すぎる!」
「しゃーないやん。こーでもせんと泣き止まんもん」
「う゛…」

不満そうな顔をする彼女に小さく笑い、俺は立ち上がる。
そして彼女の方へ向き、

「駄目でも良いけん、自分の気持ち伝えてき。
こんなとこでうじうじしょーても、なんもならんやろ。」
「……。」
「もし断られたら俺が慰めちゃるけん」

そう笑って言って、手を伸ばした。
彼女は少しの間ポカンと固まっていたが、いつもの笑顔で笑い、俺の手をつかんで立ち上がった。

「涼先輩に慰められるのは嫌だね…」
「なんやそれ!せっかく俺が親切にしてやっとんのに…」
「はいはい。」
「…。」

こんな柄にも無いことしない方がよかったかと、少し後悔したとき、彼女はいつもの調子で俺の名前を呼んだ。

「ん…?」
「…ありがとね!」

そう言って笑う彼女は今日一番…嫌、これまでで一番輝いていたかもしれない。

「…、先輩には、敬語やろ?」
「涼先輩に敬語?…ないわー」
「おいこら」

いつものように、悪態をついて、彼女は走り出す。

「じゃ、先輩のとこ行ってくる!」
「…いってらっさい。こけんなよー?」
「こけないよ!」

そして、彼女の背中を俺は黙って見送った。
姿が見えなくなり、俺はまたその場に座り込む。

悩みとかないのではないかと思うくらい、いつも笑顔で明るくて。
たまたまかもしれないけど、俺が悩んでるときいつの間にか隣にいて。
先輩の俺に敬語も使わないで、暴力も振るってきたりして。

そんな彼女を、俺はいつの間にか好きになってたらしい。
俺はなんでも気づくのが遅いな。あの子のことも、彼女のことも。

「あー…。いてぇなぁ…。」

暫くその場にうずくまって、痛みがおさまるのをまつ。
ようやく気持ちの整理がつき、俺はまた立ち上がった。

「(さて、今日の夕飯はなんやろな…)」

ズボンについた埃をはらい、俺はこの場を後にした。



後日。彼女からの呼び出し。
照れたような顔で、お付き合いすることになったという報告。
だから俺は笑顔でおめでとうと言った。
彼女もまた、ありがとうと。
彼女の幸せそうな笑顔をみて、俺も良かったと思った。
これからも幸せでいてほしいと願った。
でも、


やっぱり、胸の傷は痛むばかりだった。

END.


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