誰も知らない涙の痕
梅雨のシーズンに入り、1日中雨という日があれば、さっきまで晴れていたのにという日もある。不安定な天気が続くせいで洗濯物はここ最近部屋干しばかり。
乾燥機も使っているみたいだが、あの独特の臭いはたまったもんじゃない。

臭いはもちろん嫌いだが、本当に嫌いなのはこの時期。
臭いがあるからこの時期が嫌いなんじゃなくて、この時期が嫌いだから臭いにも目がついて嫌いだ。
早く過ぎ去ってほしい。暑いのも、寒いのも、こっちには大して差はない。そんなもの脱いだり着たりすれば良いだけだろ。

今日も窓の外からはあの忌々しい音。耳を塞いでもどうしても耳に残ってるせいか、効果がない。


「(…今日も、眠れなかったな)」

元々どっかの白髪みたいにいつでも熟睡する性分じゃない。一日4時寝れば十分。
馬鹿みたいに何時間も寝るつもりはない。1、2時間でも熟睡できればそれで良いんだが……。
この時期は特に寝付けず、1時間も寝れない日が続くことがある。今回は、今日で5日連続睡眠時間0だ。
流石に少し体が重い。

携帯を手に取り、時間を確認。11時40分。
周りのやつらが学校へ行って結構たってると思ったが、ここまで過ぎているとは。
毎日金髪がこっちのことを起こしに来るが、正直放っといてほしい。こっちはみんなでワイワイな学校に行く気はない。今日も安定の寝たふりでやり過ごした。
あいつは白髪相手だと容赦ないが、流石に年上だとそうはいかないのだろう。無理矢理には絶対起こさない。
そこだけはありがたいと思っておこう。

ともかく寝付けなくても腹は減るわけで。
1階に降り、冷蔵庫の中にある朝食兼昼食を取りに行く。


「おぉ、流雨。今起きたのか。寝坊助さんだな」

降りるんじゃなかった。
あまりの衝撃で一瞬固まったが、すぐさま正気を取り戻し、そいつの存在はなかったことにして冷蔵庫を開ける。

紺色の短髪男。名前はしらない。
顔と名前を覚えるのが苦手という訳でなく、元々覚えようともしない。だが、嫌でもここの住人とはよく顔を会わす。
だから、覚えたくなくとも顔だけは覚えてしまった。代わりというのはあれだが、名前だけは絶対覚えてやらない。


「実はさ。弁当わすれちまってよ。財布もないから帰ってきたんだ」
「(聞いてない)」
「流雨も昼飯か?」
「………。」

会話をすべて無視し、冷蔵庫を閉める。本日最初の食事はウィ●ー。ものの数分で栄養補給もできる画期的な食事。
そいつをもってリビングを後にする。がーー

「流雨も一緒に食おう」

そういってこっちの腕を掴み、テーブルまで引っ張る。
まぁ、それで黙ってついていくこっちじゃないわけで。
当たったらその時はしょうがないな、って感じでやつの顔面めがけて思いっきり蹴りを食らわす。

「ぅお」
「…!!」

朝も食べてなく、ちゃんと寝てないからといえばそうなのだが。それでも納得がいかない。
短髪はこっちの足を難なく受け止めていた。

こいつただの一般人じゃねぇのかよ。

学校はいってないと言ったが、あくまでそれは一般教養の表向きの学校。こっちの通っている学校は裏コマがあり、こっちはそれだけ受けにいっている。夜遅くに変えるのはそのせいだ。
裏コマってことはつまりそういう授業な訳で。いくらこっちがまだガキだからって、こんな一般人に軽々止められるなんてあってはならないのに。

「鬱陶しい……」

睨みを効かせて短髪のほうを見れば、何かを思ったのか足をつかんだままいきなり顔を近づけてきた。
人の顔をじーっと見ている。

「流雨、お前…
 クマ出来てるぞ」
「……。」

毎回思うんだが…。
こいついったい何がしたいんだよ…!!!

掴まれてる足は解放してもらったが片手は相変わらず離さない。
腕を引っ張ってみたりしても無駄で、離せよという意味を込めてやつの顔をみる。

「ご飯もそれだけか?体調崩すぞ」
「見てわかんねぇかよ。バランス面考えられた食事だろうが。」
「クマも…寝れてないのか?」
「うっさい。」

会話がなってない?知るか、こいつのせいだ。

そこで少し頭に血がのぼっていることに気付き軽く呼吸をし、冷静さを取りもどす。
こいつといるとなぜか感情が出てきてしまう。感情を殺すのは得意なはずだったのに。

「なに思い詰めてるのか知らねぇけど、一人で溜め込むなよ?」

そういって掴んでいた手を離し、こっちの頭を撫でる。

今がチャンス。
仕返しの蹴りでもなんでも入れて、さっさと部屋に戻ろう。
そう思ってるのにーー

「(やめろ、…)」

からだが動かない。
それだけじゃない。気持ち悪い。頭の中がぐちゃぐちゃで吐きそうだ。

こいつはいつもあったら何故か頭を触ってくる。理由もなく。
それは俺だけじゃなく、前白髪にもしていた。でも白髪はなんともない顔をして貰ったキャンディを表情からは読み取れなかったが多分喜んでいた。
だから気持ち悪くなる要素はないはずなんだ。

でも、俺にとっては訳がわからない行動。
なんでこんなに…

「本当大丈夫か?さっきより顔色悪いぞ」

お前のせいだよ。
そう言おうと思ったのに、うまく言葉にならなかった。

「寝不足なんだな。よし、俺の膝を貸してやろう」
「は…?」

ようやくでた声は、なんとも間抜けな声で。やつは後ろから首もとに腕を回しソファーまで歩き出す。
あれだ。こっちからしたら後ろ向きに歩く体勢。

「寝付けるまでそばにいてやるよ。どうせ一人じゃ寝れなかったんだろ」
「平気だって。余計なことすんな。」
「その顔で言われても説得力ないな」

ぐいぐいと引かれるままなす術なく進み、いきなりしゃがんだところで即座に反応できず、後ろ向きに倒れてしまった。

衝撃後の後頭部の痛み。
ゆっくり目を開ければやつの…まぁ、なんというかいい顔。

「ほら、寝ろ」
「寝れるか。しかも野郎の膝なんて固いし気持ち悪いわ」
「そうかっかするなって。」

ぐぐぐと効果音が付きそうな。
奴がまた頭を触ろうとしたため、こっちは下からやつの手を食い止めようと手をあげる。
お互い涼しい顔をしているが、手にはかなり力が入っている。
こっちは両手でやつは片手なのが余計腹立つな。

「ほれ」
「?!」

こいつは本当に……。
いつから持っていたのか、どこから出したのか。自由な方の手からなにやら暖かいタオルが目元に落ちてき、そのまま目を塞がれる。

「よしよーし」

そのままポンポンと頭を叩かれる。あれだ、なんかテレビで見た。
親が子供をあやすときにやるたたき方。

なんでだか。さっきまで力を入れてた手に急に力が入らなくなり、手はだらんとソファに倒れる。
くすっと奴が笑った感じがするが、もう反発する気も起きない。代わりに少しずつ意識が遠のいていく。むかつく。殴りたい。

「大丈夫、安心して寝ろよ」
「……死、ね」

その言葉を最後にこっちの意識は完全に途切れた。



数分後―

「たっだいまー」
「おかえりー」
「お!アルベルトさん!早いですねー」
「まぁな」

大きな声で帰ってきたのは便底眼鏡の祐輔。普段なら下校時間まで学校にいる彼だが、今日は図書館が大掃除で入れないため大人しく帰ってきたらしい。
アルベルトの膝の上で眠っている流雨を見るたび、驚きの声を上げたが、すぐさま声のボリュームを下げる。

「でも熟睡できてるみたいでよかったです。」
「やっぱ寝れてなかったのか」
「最近気が付いたんですけどね。いっつも言う寝言、最近聞いてなかったんで。」
「寝言?」
「はい、あんまりいい寝言じゃないんですけど」

苦笑いを浮かべてそういう彼。流雨はばれていないと思っているみたいだが、同室の彼らには以外にもバレバレ。
朝燈が無理に起こさないのは、実はそういうことだ。

相変わらずアルベルトは一定の間隔でたたいており、その様子を見て祐輔は微笑ましい笑みを浮かべる。

「(いつか泣きやめるといいな)」

安らかな寝息が聞こえる中、アルベルトは流雨の頭を優しく撫でた。


‐誰も知らない涙の痕‐
((見えない涙を流し続ける彼に))
((しばしの休息を……))


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -