死にそうに幸せ
近代的なこの時代にも、風情を楽しもうと四季というプログラムが備わっている。昔のように12月を4分割し、綺麗に四季が区別されている。天気も毎朝発表されるものから外れることはない。
たまには伸びたりしても面白いのだが…。
そうは言ってもこの時代のシステムを変えることはできない。自分はなんの力も持たない、人間でもない、ただのモノなのだから。


「こんにちは〜なのです〜」

軽くノックをし、部屋に入る。うるさいと注意されないように、適切な音量で。
そうは言っても注意できる人などここにはいないのだが。
部屋に入って、棚の上に置いてあった花瓶を手に取る。水が少し減り、花も一部だけ枯れている。水変えてきます。と言い残しまた部屋を出る。

中の水を入れ替え、枯れている花を束から外し、近くのゴミ箱へ…。
なんとなく躊躇してしまうこの性格をなんとかしたいなと思いつつ、花を捨てる。

「ありがとうございました。」

変だと思われるだろうか。それでもこれは自分の中で必要なものだと考えており変だといわれてもやめる気はない。
短い間だったけども、あの人のそばにいてくれたのだから。

花は好きだ。すぐに枯れてしまうけれども。
プレゼントとしても喜んでもらえるし、飾れば最期までその人のそばにいてくれる。そういえば、昔は枯れてもドライフラワーとして残しておく人もいたのだったか。
どちらにしろ、花は最期まで美しい。だから好きだ。
自分との違いに笑ってしまうけれど。

花が好きならドライフラワーや押し花にでもすればいいじゃないかという人もいた。そういえばあの人もそんなことを言ったかもしれない。
でもそれはできないのだ。
確かに残しておきたいと思ったものもあった。
でも。

道ずれにしているようで。できない。


「花でも飾れば、少しはマシになるだろ?」

そういってあの人は僕の髪に僕には似つかわしくない綺麗な花を添えた。
柄にもなく呆けてしまって、すぐさま反応できなかった。小ばかにしたような顔がちらついて、「先輩そんな女性を喜ばすスキル持ってたんですね!誰が餌食になるのですか!?」と驚いた顔をしていえば、先輩から鳩尾への一発。
安定の手加減のない一発にその場で蹲る僕。正直一発食らってよかったと思う。だって、絶対ー
見せれるような顔をしていないと思ったから。

結局あの花も枯らしてしまったんだ。
あの人には言ってないけど。

部屋に戻って花瓶を起き、椅子を引っ張り出す。気づいた人ももういるだろう。そう、
ここはあの人ーー先輩の病室だ。
ちなみに先輩は寝ている。数時間単位ではなく、年単位でだ。

簡単な任務のはずだった。
帰ったら先輩がシュークリームを作ってくれると言ったから、余計張り切って早く任務を終わらせようとした。
結果的に早く終わった。僕らは学校でも優秀な方だから。
でも、只では終わらなかった。僕のせいで先輩はその当時から今まで眠ったままだ。

医者からは目覚めるかもわからないと言われた。にわかに信じ難くて、その当時は冬で。「起きなければ死にますよ」と笑顔でいって部屋の窓を全開にしてやった記憶もある。
結果、先輩はピクリとも動かず、看護師さんにすごく怒られた。
説教中、横目で先輩を見て、「あぁ、またか。」そんなことを思った。


「あ、雪…」

もう何度目かも忘れてしまった。風情を楽しむ気持ちなど、もうない。

「今年はよく降るのです〜。異常気象のまねですかね〜」

もう何度、先輩の前で冗談を言っただろう。何度怒らすことを言っただろう。
いつもなら、鳩尾でも、肘鉄でもきておかしくないのに。

"つまらない"

無意識にそう呟いてしまい、慌てて口元を押さえる。
でも、そんなことをする必要はないのだ。先輩はもう起きないのだから。

先輩は、明日生命維持装置を外される。約10年。よくここまでもったものだ。
でも、流石に色々限界なのだろう。家族の人も泣いていた。辛い決断だったと思う。僕はなにも言えず、物陰に隠れて聞いていた。
できることなら前に出て謝りたかった。でも、それはできなかった。

「先輩って、本当綺麗な髪ですよね〜。このままおじいちゃんになっても、元々銀髪だとあんまり変わりませんね〜」

馬鹿にしたように笑って言うが反応はない。植物状態になっても体は成長する。眠りについてしまったあのときより、先輩の顔は大人びていた。
ずっと寝てて、筋肉はきっと可愛そうなことになってるだろうけど。

「今なら僕がひこずってやれそうです〜」

にこにこと笑う僕の方はなんの変化もない。先輩が眠ってしまったあの日から。
厳密には、それよりも前なのだけど。変わらない体は家族の人や病院の人にも異質に見える。だから数年前から僕は彼らの前に姿を現すことをやめた。今日も人目を気にしつつ忍び込んできた。

「先輩。今日でこの世とおさらばですよ〜。どんな感じですか〜。
20後半…ですか?30いったのですかね〜?任務に集中して、目付きも悪いから女性の方々怖がって話しかけもされませんでしたね〜。
独身で一生を終えるなんて可愛そうです〜」

肩を震わせながら笑う。ここまで先輩を馬鹿にできるのもなかなかない。最後の機会だ。
そう思って、僕は思いっきり今までの不満を先輩にぶちまけることにした。

「先輩、シュークリーム作ってくれるんじゃなかったんですか〜。お陰であの日から僕、シュークリーム食べれてないのですよ〜。
いい加減食べたいです〜。」

あーだこーだ。いつもの口調で、煽りをいれつつ。いつもなら20発は軽く越えてるだろうか。
ちっとも痛くならない体に、瞳はどんどんさめていく。

「…知っていますか。」

愚痴はもうすんだ。もう何も言わなくて良い。もう帰れば良い。なのに。

「僕も今日でおさらばなのですよ。
先輩には最後まで言えませんでしたが、僕は、あるときから歳をとらないのです。本当は先輩より全然歳上なのですよ〜!」

凄いでしょう。そういうように胸を張って自慢げにいう。

「……。でも、年を取らないのがばれると色々面倒なのです〜。だから僕はまた、お偉いさんのとこでひっそりと暮らすのです〜。僕のことを覚えてる人が少なくなるまでですかね〜」

こんなことを話してもしょうがない。でも。なんとなく。彼には話しておかないとと思ったのだ。

「先輩。
僕は、これまでいろんな経験をしてきました。何度も仲間の死を目にして来ました。
いつしか、楽しいことも素直を喜べなくなりました。きっとみんな僕の目の前からいなくなってしまうから。上部だけの付き合いだけで十分だと思ったのです。」

最後だから。特別サービス。
絶対言わないでおこうとおもってた言葉を。

「先輩は…、目付きも…悪いし、すぐ、殴るし……なんて酷いやつなんだろうって、思いました…!!思いましたけど!
先輩と、過ごした日々は…心の底から、楽しいと……嬉しいと、思いました…!!こんなのははじめてなのです…!」

胸がずきずきと傷んだ。先輩から殴られていないのに、なにもしてないのにすごくいたい。
おかげで上手くしゃべれなかった。
先輩はいつも僕の調子を狂わす。困った先輩だ。

胸のあたりを押さえて先輩の顔を見る。僕と違って成長した先輩はきっと眉間のシワもとれ、余計なことを言わなければすぐ女の人がよってくるだろう。そう思うくらいかっこいいのだ。
きっと僕がいなければ、今ごろ素敵な奥さんがいたんだろうな。

そんなことを想像していると、ポタッと手に落ちる水滴。

「??」

これはなんだろう。どこから?
頬に手を添えれば、水が流れたような触感。
あぁ、本当にーー

「先輩のせいで、僕はいつも調子を崩されてばっかです〜…」

自覚してしまうとそれを止めることはできなくて。人間でない自分でも涙を流すことができたのかと驚くのも忘れて、
僕は涙をながし続けた。

いい加減ここから離れないと。そう思って止まらない涙を無理矢理ぬぐう。まだ出てくるがそこはもう仕方ない。人目を避けて戻らなくては。
席を立とうとした。その時だった。

頭にの上なにかが乗った。下を向いてた僕は近づいたことに気づかなかった。人の気配はない。なんだこれ。
癖がついているのか、動きを止め、相手を探ろうとする。しかしそれは、すぐさま不要となった。

 ポン ポンーー

ベッドのほうから伸びている影。どこか懐かしいこの感触。普通にあげたつもりだが、こういうとき、なぜスローモーションに見えるのだろうか。

「……ぁ」

情けない声をあげてしまったがどうか許してほしい。情けない顔をしているが、どうか。

「よ、ぉ……な……け、ね…つら……な」

そこには彼がいた。あの目付きの悪さはどこへいったのか。半分しか開いてない目でこっちを見て。自分よりも遥かに情けない声でしゃべった彼が。

「あ…あぅ………」

少しおさまったとおもったのに、どこまで僕を狂わせれば気がすむのか。

「ぶさ……く、な…か、ぉ……」

口元をあげて、また僕を馬鹿にした顔でもしてるつもりなのだろうか。

「先、輩の…先輩のほうが、不細工なの、です〜…」

笑ってそういえば先輩も笑って。半分しか開いてない瞳が閉じたかと思えば、頭の上にのっていた手が力なく落ちる。
一瞬心臓が止まるかと思った。死んでしまったのかと。
でも、良い意味でそれは裏切られ。ただ、今ので力をつかいきった先輩は、疲れて眠っただけだった。

お騒がせな先輩め。
ベッドから垂れ下がる腕を布団のなかに終い。ナースコールを押す。
すぐ誰か来るだろう。でももう大丈夫。
先輩は明日も生きる。


「先輩。今までありがとうございました。」

彼の綺麗な髪を撫で。呟くようにそう言い。
汐はこの場を去った。


あなたが生きている。

あなたが息をして、いつかまた自分の足で立って歩き出す。

眉間にシワを寄せ、目付きの悪い茶色の目や綺麗な銀髪を靡かせながら。

あなたが生きている。

それだけで、僕はーー



‐死にそうに幸せ‐
((僕みたいなのが幸せを感じるなんて…))
((思ってはダメなのに、僕は…あなたのことがーー。))


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