モルモットと傭兵
今日もまた、何も変わらないー


扉が空いた。同類が帰ってきた。俺たちの世界に。

ふらふらした足取りで部屋の奥へと進む。が…途中、その場で蹲り、胃の内容物を吐き出した。大方、新しい薬の実験にでも使われたか。
苦しそうに涙を浮かべながら吐くそいつ。そして、部屋に充満する特有の臭い。

「(あぁ…。
  × × × × ー…)」

機械だらけのこの白い部屋にも必要最小限のものはある。吐くならそこで吐けよ。そう内心毒づいて、俺は苦いクッキーを口にした。


「…大丈夫ですか」

仲間の背中を擦りながら声をかける。吐けるものはすべて吐いたのだろう。もう何も出てこず、その子は息を整えようとしていた。

「ハァ、ハァ…。ご、ごめ……」

申し訳なさで謝罪の言葉を述べる仲間に、僕は笑って声をかけた。
その子が口を濯いでいる内に床を片付ける。しばらくしてその子が僕の元に来た。

「あ、りがとう…」
「全然ですよ〜。それに落ち着いたようで良かったです〜」

椅子代わりの段差に座り、疲れたその子に膝を貸す。すぐに眠りについたその子は、良い夢でも見ているのか幸せそうな寝顔を浮かべていた。
そういえば、扉の向こうへ行ったもう一人の仲間は元気にしているだろうか。また泣いてるのだろうか。そう思いながら、僕はまた、苦いクッキーを口に入れる。


仲間が目をさました。顔色もずいぶん良い。仲間は"外"を眺めて、言った。

「いつかあの丘を越えて。その向こうでふ わふわな羊と踊りたいな。」

その時のことを思い浮かべてるのだろうか。楽しそうに笑いながら話すその子に僕はそっと頷いた。
否定も肯定も。言葉には出さない。そんな期待なんてない。もったところで意味なんてない。
だってあれは、"壁に描かれた絵"だから。あれは外の景色の偽物だから。
でも仲間はあれが本物だと信じてる。夢や期待は持たないけれど、その子の夢や期待を壊す権利もない。
だから、僕は今日もなにも言わない。

良いのです。良いのですよ。僕らの、モルモットなんかの気持ちなんて、わからなくて。
わかるなんて思ってもいませんし。

良いのです。良いではないですか。しっぽが切れた、失敗作の、捨てるべき金魚を救ったって。いつか僕らもこうなるかもしれません。

僕の世界に終わりが訪れるまで、この淀んだ空気を吸って、吐いて。
あぁ、今日の空気も、すごく不味い。


同類ががたがた震えている。そんなに実験が嫌なのか?小動物のように小さく丸まっているその姿にまさにモルモットのようだと小さく笑い、毛布をかける。
お前は来なくて良いよ。ずっとそこで丸まっていろよ。
あいつは注射が嫌いなんだ。ここまでびびってるのはそのせいか?

「なら、今日は俺打てよ」

俺には死なない。注射なんて怖くない。ほら、こんな実験すぐ終わる。
俺たちの世界に帰ってきた。24時間、どこにも出口のない俺たちの世界。
やつらの趣味なのか、可愛らしい鳩時計のチクタクなる音が、やけに耳に張り付いていた。


「きっとこの絵本みたいに、神様が僕たち を外に出してくれるよ!」

さっきガタガタ震えてたやつが嘘のように元気になってそういった。
外に出られると思ってる同類。嘘だろ。寝言は寝て言えよ。声を出してわらっちまうじゃないか。
そう思いながら俺は軽く口元をあげて返事をした。
俺らは人間じゃないから無理だぜ?なんて。わざわざいってやる義理もないだろ。

いーよ、いいよ。俺らの、モルモットの気持ちなんてわからなくて。
わかるなんて言われたらわらっちまう。

いーよ、いいんだぜ。汚い服を自らの血の花で埋め尽くして。花だと笑って言えば、あいつらも笑うだろう。

あぁ。ガラス越しの別世界から降ってくる蔑んだ目。なんだ。また死ななかったって。嬉しいくせに。
そう思いながら、すっとやつらの目を見た。


そして、また変わらない日が始まる。
今日はどんな実験だろうか。僕はいつか死ねるのだろうか。
でもあの子は言った。俺は死なないって。
あの子が死なないなら、きっと僕も死なないだろう。
あの子の食べかけた苦いクッキーを口に入れる。今日は仲間とどんなお話をしようか。
そんなことを考えてるときだった。

ぱっと暗くなる部屋。この施設の生命装置も全て止まったようだ。どこか、近隣の国に攻撃でも受けてしまったのだろうか。
でも、これは少しまずそうだ。
僕はじっと目を凝らした。仲間が、怖がって僕にしがみついているから。
大丈夫。大丈夫ですよ。みんな一緒だから。

遠くで響くどーんという懐かしい雑音が聞こえた。記憶を巡らせても、何も思い出さないけれど。

ぐらりん、りんり。衝撃。卒倒。隙間からは火薬の匂い。
ずいぶんと近くまできているようだ。
あぁ、仲間たちが泣いて叫んでいる。頭を撫でてあげるから、置いていったりしないから。
僕を埋めないでおくれ。苦しいよ。仲間たちを笑わせようと面白い冗談を考える。こんな状況で馬鹿だとあの子は笑うだろうか。

でも、僕は衝撃で崩れる壁の絵から目がはなせなくなった。
きっとあの子も。


いーの?いいのですか?
壁向こうの酸素を肺に入れちゃっても。

いーの?いいのかよ?レーザー線じゃない光を浴びちゃってもよ。


あぁ、ガラガラと崩れた壁の先に。青い、目にすることもないと思っていた空というものの越しに。
糸のように細く、綺麗な髪をした神様をーモルモットは見た。


‐‐‐‐‐‐‐‐
くるりんごさんの「モルモットと傭兵」という曲を聞いて書いてみました。
歌詞そのまま使ったりしてます。すいません。
主人公のモルモット=汐 傭兵の神様=琥珀くんというイメージで書いてます。琥珀くん全く出てきませんが。←
汐の過去は大体こんな感じですが、曲に会わせたり琥珀くんとの出会いはこうじゃないのでパラレルということで。


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