過去編
 - Side Story -
第1話 / 第2話 / 第3話 / 第4話 / 第5話 / 第6話 / 第7話 / 第8話 / 第9話 / 第10話 / 第11話 / Epilogue





 第1話

この世のもの、すべてくだらない。
裏切り、裏切られ
誰かを恨み続ける

結果、何もできずに死んでいく。
残るのは居なくなったものが最後まで思い続けた怨念
神様がいるというのなら、多分その人の気まぐれなのだろう

彼らの、そんなたくさんの怨念が集まって、俺は人間という一つの形を成した―


とある町。多くの人が俺の横で忙しそうに歩いている。
そこから俺の世界はいきなり始まった。
目にするものすべてに見覚えはなく、はじめてみるものばかり。
だけれど、自然とそれらがすべてわかっていた。

上を見上げて見えるのは空と雲。ついでに太陽。
天まで届きそうなこの建築物はビル。
ちょっと歩いて家々が集まってできたここは団地。
その中にちょっとした遊びの場、公園。
そこで遊ぶ小さいのは子供。近くで子どもを見守りつつも話に夢中な彼らの親。

何も知らない。でもわかる。頭の中にぱっと思い浮かぶ。そんな感じだ。

のんきに遊んでいる彼らも、しばらくして日も暮れれば、それぞれの家に帰るのだろう。

ところで俺はどこから来た?俺の家は?
人間には記憶というものがある。過去の出来事、いろんな情報を保持しているもの。
おかしいな。俺にはそれがない。
思い出すという動作をしてみる。でもうまくいかない。俺は人間。なら誰かから生まれてきたはずなんだ。
俺の親は誰だ?なんでここにいる?

分からない。なにもわからない。

これはいわゆる記憶喪失というやつか?
それなら大変だ。だから自分の家も分からないんだ。
こういう時はあそこに行かなくては。

俺は歩くのをやめて、走る。この辺の地形なんて知らない。でも足が勝手に動いた。
ついたところは交番。ここには警察官がいる。

「名前も記憶もどうやら忘れちゃったみたいだよー。(笑」

とか言ってもきっと俺のことを調べてくれるだろう。
ちょっと緊張しつつも、中に入る。

中には真面目そうな警察官。その人は俺に気が付いてないようで、黙々と机に向って何かを書いている。
おかしいな、と思いつつ一声かける。けど無視。
この人、実はすっごい性格悪い人なんじゃないのか。ふとそんなことも思ってしまう。
歩み寄るとともに徐々に声の大きさも大きくしていき、その人の真横につくころには、もううるさいとまで言われる覚悟であったが相変らず無視。正直この人すごいと感動なんてしてしまったり。
こうなれば肩を揺らしまくって…

そう思って警察官に手を伸ばす。ふれると思った矢先、俺の手はいとも簡単にその人の肩をすり抜けた。
その瞬間俺は時が止まったみたいに、固まった。

は?え、ちょ、…は?

もう何が何だか。
何度も触れようとしても触れられない。
なんだこれ、気持ち悪…

交番から飛び出してどこに行くあてもなく走り回る。
さっきのことが頭から離れない。
無我夢中で走り回る俺。そのせいで、周りに目なんて行かなかった。
交差点に出てしまった俺に、向ってくる1台の車。
引かれる― そう思った時にはもう遅かった。

車は何もなかったかのように走り去っていった。
そして俺も、何事もなかったようにその場に立っている。
ただ茫然としていた。でも、これではっきりわかった


俺は、人間じゃない。














 第2話

行くあてもなく、俺は人気のないとこに住み着いた。
人がいてもいなくても、何ら変わりはないが。
腹も減らなければ、寒さも感じない。人間でないことだけ思い知らされる日々。

そんなある日、俺の住処に土足で入ってくる見るからに怪しそうな奴ら。

「(何ダ、コイツラ…俺ノ住処二…)」

そいつらもやはり俺のことは見えてなかった。
部屋のど真ん中で座ってるんだけどな。
自分に何ができるわけもなく、部屋の真ん中で堂々とすわって彼らの様子をうかがう。するとそいつらはいきなり部屋を壊し始めた。

「……。」

もともとぼろい所なので簡単に床が抜けた。
どうやらそいつらはここに何かを隠していたらしい。
でもな、

「俺ノ住処、勝手二壊シてんジャねぇヨ…」

俺がそうつぶやいた瞬間、風も吹いてないというのに部屋全体が揺れはじめた。
その揺れは徐々に大きくなり、怖くなった彼らは部屋から飛び出ていった。

ハッとなり、俺は正気に戻る。
今のはなんだ?俺がやったのか…?
それなら、 本当に…

「気持チワルイ…」

自分に向かって暴言を吐くのはもう何度目だろう。
もう考えるのはやめだ。そういえばあいつらは何を隠してたんだ?
ふと疑問に思い立ち上がる。壊された所に立ち、下を見ると少し大きめのバック。
すり抜けてしまうかと思いつつ、それに手を伸ばす。

瞬間、頭に響くは憎いという単語。
ここ数日、何度もその声が聞こえていたが、今回のはやけに強い。

「(強盗二入られテ、金を奪わレた挙句…カ)」

鞄から離れ、部屋の隅につかれたように座り込む。
痛む頭を押さえながら、息を整える。
ここ数日でわかったのは、どうやら俺は人の恨みや憎しみなんかの影響を強く受けるらしい。
まぁ、正直に言えばそれ以外の感情は持ち合わせていないのでわからないのだが。


それから数日が過ぎ、逃げたやつらが誰かに話したのだろうか。俺の住処は幽霊がいるだので、有名になったようだ。
静かになると思いきや、肝試しだの、幽霊特集だの逆に騒がしくなった。

そんなある日、不思議な格好をした小太りのおやじが来た。

「(コいツハ、所謂坊主…?)」

1人で来た坊主は部屋に入るやいなや、目を細めて中を見まわした。
そして―

「「?!」」
「(目ガ…、アった…?)」

俺自身かなり驚いた。目があうなんてことないと思ったから。
初めてのことでちょっとうれしいなって心のどこかで思っていた。
話しかけてみようか、どうしようか…。表情にはそんなに出していないけど、まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のように喜んでいる俺。
意を決し、話し相手になってもらおうと口を開いた瞬間―

「ついに見つけたぞ、この悪霊め…!」

  ――は?
この男今なんて言った?悪霊?
悪霊ってあの、なんていうか…つまり悪い感じのやつだろ?
俺が?

男はお前のせいで娘があてられてるだのよくわからないことをいう。
話し相手になってくれると思ったその男は、単に俺を消そうとしているだけだった。

「…。(ナンダ。所詮、ニンゲンなンテ、コンナものカ)」

一気にさめる感情。男の方を見れば、やつはその場に座りお経みたいなものを唱え始めた。
そのお経は俺にも効くのか頭がずきずきと痛む。と同時に、なぜだかわからないが怒りが込み上げてきた。


「(あぁ…モウ、本当ニ…)」

   五月蠅イ―…














 第3話

あの日からまた数日。街中を歩く俺。
夜だからか、人通りは少ない。だが、タチの悪そうな奴らはうじゃうじゃいる。そんなチンピラに悪気はなくてもあたってしまった俺の肩。
以前と違うのは―

「おい、お前」
「……。」
「何シカトしてんだよ。謝れや」

  俺が実体化できるようになったこと―

そして、気づいたこともある。

「!」
「テメェ…何ガンとばしてんだよ」
「…。」

俺に絡んできたやつら全員と目を合わす。それから何も言わず去る。
追いかけてくるかと思ったそのとき、大型トラックがさっきいたところに突っ込んできた。おそらく居眠り運転か何かだろう。すぐに野次馬どもが集まってくる。
俺に絡んできたやつらは全員救急車で運ばれていった。中でも俺にあたったあいつは重症そうだ。でも多分…

「(死ニハしなイ…)」

運ばれるまで見送り、俺は又歩き出す。
気づいたこと。それは俺と目があったり俺に触れたやつは必ず不幸なことが起きるということ。
今日は夏だったためお互い半袖を着ていた。素肌はアウト。服ならはぎりぎりセーフ。本当何者だよとか思う。
実験と言ったらあれだが、ある日このことに気付いたとき試しにやってみた。すると見事百発百中。事故にあったり強盗に入られたりと不幸はさまざまであったが、絶対死ぬまではいかなかった。

なぜいきなり実体化できたのかは俺にもわからない。
きっかけは多分あの坊さん。一体何やったんだか。

実体化できるようになり人間と同じような生活を送っていると、人間の汚い所がよく見える。
汚い所がよく見えるというのも俺がそういうモノだから、人間の綺麗なところが見えないのかもしれないが。
あの坊主が言っていたこと…。

どうやら俺は本当に人間に害をなす悪霊みたいだ。

 人間は弱いし気に入らない。
 だから傷つこうが不幸になろうが俺には関係ない

これが当時の俺の本心。だけど、

「ねぇ!」
「!」

彼女に会って

「ちょっと、いい?」
「…ハ?」

俺の世界が変わった。














 第4話

「ちょっといい?」
「ハ?」

彼女にあったのは真冬。実体化しているのでなるべく見た目は人間と同じようにしようと、このときは長袖長ズボン、ついでにマフラーとやらも。
伸びた前髪は人間なら切るのだろうが、俺は面倒臭かったので放置。
簡単に言うと今の俺と外見はよく似ていた。

で、この女はなんだ?また文句でもつけてきたのか?
ならいっそのこと、こいつも不幸にしてやろうか。
そう思った矢先、

「“ハ?”じゃない!!」

そういって何の躊躇もなく俺の脚に蹴りを入れた。
いきなりのことで固まってしまった俺。だが女は続けて俺に言う。

「あ し も と !!踏んでんの!!」

そういわれて足元を見れば、俺の脚に踏まれている白い布。これは多分ハンカチというもの。ようやく理由がわかり、足をどけそれを拾い上げる。
当たり前のように、踏まれたそのハンカチは黒く汚れていた。
ま、いっか。と思ってその女にハンカチを投げ渡す。
女はお気に入りだったのにとか嘆いていたが俺には関係ない。
今日はどこに行こうか、そんなことを考えて歩き出すと―

「おいこら、どこに行くのよ…。」
「…っぐ」

女は俺のマフラーの端をつかみ俺をとめてきた。
これ完全にしまってんだよね。
俺が止まったと同時に手を離す女、すぐさま首にゆとりを。

「ナンダヨ…。」
「だから…弁償、してよね?」

顔は笑っているが、目が全く笑っていない。面倒なことになった。
どうやって逃げようかと考えていると、誰かの携帯電話が鳴りだした。
それはさっき俺の首を絞めた彼女のものらしく、彼女はあわてて携帯を取り出す。ボタンを押し耳に携帯を押し当てたことから、内容は電話。会話は分からないが、彼女の対応的に相手は親だろう。

「わ、わかったよ…。すぐ帰るから、…うん。はーい。」

通話ボタンを切り、彼女はため息を1つ
“帰る”といっていたからこれで俺も解放されると思った。 だがー

「じゃあ行くよ」
「…ハイ?」

その少女は俺の手をつかみ足を進める

「ちょ…オイ…」
「いいじゃない、弁償!」














 第5話

ついた先は以外にも病院―…
この場についてようやく手を離してくれた。

「…。」
「こっち」

離してくれたのはいいがなんだかさっきより急におとなしくなっている。
なんとなく逃げれる雰囲気でなく、俺もおとなしくなる。
院内を歩き、とある病室につく。
ちらっとネームプレートを見れば、そこには深津澪央という文字

「…?(ナニ語ダ…?)」

あいにく俺は学なし、漢字なんてものその当時は読めなかった。
部屋に中にはその両親らしい2人。その少女の姿をみてほっとした顔になったが、すぐさま叱る。
どうやらこの子は勝手に病室を抜け出したらしい。
理由なんて知らない。俺はそのままその光景を見続けていた。

しばらくすれば2人は仕事というものに行き、病室には俺をこの少女だけ。
彼女はさっきとは違い、とてもラフな格好をしていた。

「(何カ、すごク面倒ナことニナッてないカ…?)」
「ねぇ」
「…ア?」
「感じ悪いやつやね…」
「(お前ガ言うノか…?)」
「名前!なんていうん?」

そう聞かれたとき、俺は何も答えられなかった。
そもそも名前なんて俺にはなかったから

「…ナイ。」
「ないってことはないじゃろ…。なら他の人からは何でよばれとるん?」
「…。(ほかノ人…)」

  ―この悪霊め…!

「……、アク リょウ…」
「え?」
「……。(何言ってンだろうナ…)」

もう帰ろうか、そう思ったとき彼女は大声をだし、引き出しから紙とペンを出し何かをかきだす。

「こういうことじゃろ!?」

その紙には大きく“阿久涼”と書かれていた。

「??」
「名前、違うん?」
「え…あ…ウン」

その紙をもらいじーっと見る。なんて読むのだろう。
思い当たる節があるとすればさっきの。

「アク…リョウ…」

その時、何もない俺に名前がついた―














 第6話

次の日―
俺はまた、この病室にきていた。
昨日は結局面会時間というものが終わるまでいた。
弁償というのもあり、その1日だけいればもういいのだろうと思っていた。
しかし彼女は帰り際「また来てくれる?」と聞き、俺は「二度ト来なイ」 そういった。
そのときの彼女の顔が、なぜだか頭から離れなかった。
気づいたら今日、俺は又ここにいた。
病室を開ければ彼女はこっちを向き、まず驚きそれからとてもうれしそうな顔をして笑った。

「来ないって言ってたじゃん」
「五月蠅イ、たまたまダ」
「ふふふ」

彼女の笑顔は、

「(なんだカ、トテも安心スル…)」


それから俺は何度も彼女の病室を訪れた。
俺に名前をくれた彼女は、俺に読み書きなど勉強も教えてくれた。

「じゃあ今日は数学!」
「はぁ?!俺それ嫌いなんよなー…」
「私が分かりやーっすく教えてあげるって」

片言だった俺のしゃべり方はいつの間にか彼女のしゃべる方言がうつっていた。
それもまぁ…悪くないかな、とか

いつもこの病室にいる彼女。
自惚れるなといわれるかもしれないが俺が姿を現すと、彼女はすぐ明るく笑ってくれる。
だから俺もつられて笑う。
あの出来事がなければ俺もこんな風に笑うことなんてなかっただろう。

この時からかはわからないが、俺は夏でも長袖を着るようになっていた。暑苦しいといわれても笑って流す。
伸びた前髪はそのまま、フードをかぶり、目を合わせないようにし、長袖で素肌を出さず、触れられないように。
彼女の両親にはずいぶん怪しい目で見られたが、そのたびに彼女がフォロー。
本当ありがたい。

「涼!きいとるん?」

  俺は、

「……。」

 いつの間にか

「…聞いとるよ(ニコ」

 彼女に夢中になっていた―














 第7話

ここに通って、それなりに時間がたった。
今となれば両親ともそれなりに仲良しに。
何もかも、幸せな方向に向かっていた。

これからも、そうなるはずたった―

「また…なんか…?」
「また朝に発作がね…。今は安定してきてるんだけど、なるべく安静にって先生が…」

ここ最近、こういうことが多くなった。
彼女の病気について、俺は何も知らない。ここずっと通っているのに変な話だ。それでも、なんとなく俺は聞くことができなかった。
俺はこの日、諦めて病院を後にした。

また明日、また明日ここにきて
いつものように笑顔で話そう。
あ、そうだ。数学でわからないところがあるんだ。これも明日聞こう。
 また、明日―

まだまだ、俺は彼女と一緒にいたい。
人間は弱い、でも。こんなに簡単に死ぬわけないんだから

そして次の日、俺はいつものように彼女の病室を訪れた。

「澪央ー」
「!涼!」

彼女は、いつものように笑顔で迎え入れてくれた

「涼、昨日はごめんな」
「ええんよ。それより大丈夫なん?」
「うん。今日はとっても気分がいいんじゃ」
「ならよかった…!あ、そうそう。実は数学でなー「涼」…?」

いつものようにバカやって笑って、それでまた明日って

「話、あるんじゃけど…」
「…話?」
「うん。」

これからもそうなるんやろ??

「…私、ね」
「……。」
「…手術受けることになったんだ」

 そうだと、言ってくれ―














 第8話

「手術…?」
「うん」
「それって、どうなん…?」

生憎その言葉は俺には分からなかった

「あ、そっか。教えてなかったね。
まぁ、簡単に言うと、私の病気の原因のものを取り除くみたいなかんじなんかな…」
「…。そんなことして大丈夫なん?」
「成功すれば学校いけるようになるって!」

そういった彼女の顔は心底楽しそうだった。
病気のせいでこの部屋からほとんど出られず、学校にも行くことができなかったという彼女。
それだからか、彼女は学校というものにかなり行きたがっていた。
同級生というものと話をして、一緒に授業を受けて、一緒に帰る。
彼らにとっては普通のことでも、彼女にとっては憧れといっていいもの。

「そうなんか、成功すると良いな…!」
「…!うん…!」
「……。」

俺がそういったとき、彼女は笑った。
でも、なんだかその笑顔には変な感じがした。

「その、手術っていつなん?」
「明日」
「明日!?なんでそんないきなり」
「いうの忘れとったんよー」
「ひでぇ…!」

もっと早くいってくれれば何かできたかもしれないのに。俺はそんなことを思った。
金のない俺に何ができるって聞かれれば何も答えることはできないのだけれど。

「なら明日、手術前に来るな?」
「あー…。」
「…?」
「明日の手術、いつも涼が来る時間より早いんよ…」
「なら、早く来るよ」
「嫌ー…」
「…?なにかあるん?」
「…。できれば、手術終わってから一番にあいたいなって」
「!」
「だめ?」
「駄目じゃないけど…」

俺には何で彼女がこんなこと言うのかわからなかった。
でも、彼女がそうしたいなら…

「分かった、いつもの時間に来るよ」
「!ありがとう!!」

いつもの笑顔を確認し、また2人でたわいのない話をする。
時間が過ぎるのは早く、もう面接時間終了。

「なら俺かえるな…?」
「…うん」

そういった彼女は手術の不安からか、顔を下に向け元気のない返事。こういう時、何をすればいいのだろう。
傷つけることしかできない俺は、何もできない。

「…じゃあ「まって」…え?」

部屋から出ようと立った時、彼女は俺の服に掴んで静止の声を上げた。

「駄目っていうとおもうだけどさ」
「……?」
「涼の素顔が見たいなって「駄目」即答!?」
「それだけは…ダメ」
「……。いいじゃん。これが最後かもしれないのに」
「!!澪央!」
「分かってる!でも、見たいんだもん…」
「……。」
「私を元気づけると思って!」
「はぁ?」
「涼の素顔見たら面白すぎで手術中も笑って過ごせると思うの」
「お前俺の素顔どんだけぶすだとおもっとん…」
「だからさ、お願い」
「……。」

この時、初めて俺は彼女からまじめなお願いをされた気がするんだ。
絶対かなえてはいけないお願い。

 絶対に―














 第9話

「……。」
「……。」

病室には長い沈黙。いや、実はそんなに時間はたっていないのかもしれない。
それでも俺にはとても長く感じた。
変な汗が背中を伝う。
彼女はこっちをまっすぐ見つめている。どうやら引く気はなさそうだ。

「わ、かった」

今になってみれば、この時の俺を消したい。

俺は今まで彼女の前で一度も外すことのなかったフードをとる。フードをとっても今まで何の手も加えてない前髪が俺の目を隠していた。
最後まで悩んでいた俺はそれから手が止まってしまった。
沈黙が続く中、耐えかねた彼女は俺の方に手を伸ばす。

「…!」

一瞬小動物のようにビクッと震えた俺。…情けない。
彼女はその俺を見て小さく笑った。
俺がむっとしたような顔をすれば、彼女は小さくごめんといった。

そうして、彼女の手が
 俺の頬に触れた―

「(…あった…かい。)」

俺の頬に触れた彼女の手は、とても暖かかった。
そのぬくもりに安心したのか、俺はもう一方の手が近づいていることに気付かなかった。近づいてきた手は、長い前髪とともにゆっくりと俺の頭の上へ。
とっさに目をつむる俺だったが、彼女が俺の名前をつぶやき、意を決して目を開く。

前髪がなく初めてクリアに見える光景。
眩しくて目をしかめる俺。目の前にいる彼女は、その様子を見てまた笑った。

「なんだ、結構普通の顔じゃん」
「なんよ、それ…」
「ふふふ。」

悪態をついて笑う彼女。手はもう離れているのに、なぜが彼女がふれていたところがまだ温かかった。

「なら、また明日な」
「うん。ありがとうね、涼」
「どういたしましてー」

そうして俺は病室を後にした。
部屋の電気を消し、カーテンを開ける澪央。そこからみえる空はいつもより星がきれいに見えた。

「ありがとうね、涼。」

  大好きだったよ―


次の日、俺は小さな花屋にきていた。
柄にもないというのはよくわかっているのだが、何かプレゼントをしたいと思ったから。
でも正直俺は花なんてよくわからないし、彼女の好きな花も分からない。しょうがなく定員の人にいろいろ聞き、何とかプレゼントを用意することができた。
少し時間がかかってしまい、約束の時間に遅れそう。花を大事に抱え俺は病院へ急いだ。

彼女の病室はもうすぐそこ、手術の時間はもう終わってる。
早く会いたい。あってこの花を渡して。また他愛のない話をして。
彼女が元気になったらどこかに遊びに行こう。
人ごみの多い所はだめだけど、散歩とか、どこかに。

楽しみなことが多く俺の顔はつい緩んでしまう。
一呼吸付き、病室のドアに手をかける。
ドアを開けて、いつもの調子で彼女の名前を―

「み……ぉ…?」

ドアを開けたその病室に、
 彼女の姿はなかった。

彼女だけじゃない、彼女の私物もなかった。
何が起きてるのかよくわからない。でもなぜが体がこわばる。
病室のドア付近で突っ立っていた俺に一人の看護師が気が付いた。

「君」
「……。」

声を掛けられ、そっちを向くと看護師は俺がいつも澪央のお見舞いにきていたやつだと気が付いたようだ。
何だか複雑な顔をするので俺は恐る恐る澪央がどこにいるのかを聞いた。


薄暗い部屋、そこに彼女は居た。部屋の真ん中で横になり、顔には布。その傍では彼女の両親が涙を流している。
ゆっくり彼女に近づき、顔の布をとる。

「澪央…?」

声をかけても反応はない。

「ちょ、しかと…?澪央、起きろって…」

そういって彼女の肩に触れた。

「っ…!?」

服越しでもわかった。彼女がとても冷たくなっていたことを。
俺は絶対触れようとしなかった彼女の手に触れてみる。

予想通り。
昨日のあの温かさはそこにはなかった。
俺はその場に膝をつく。

「澪央、頼むから。起きてくれ」

起きないっていうのは分かってる。

「話があるんやって…」

分かってる。

「そ、そう。花買ってきたんよ」

分かってるよ。

「これから、元気になっていろんなとこいこうや」

  澪央は

「だから…。だか、ら…」

 死んだんだって―














 第10話

葬式では近所の人や澪央の学校の同級生とやらが来ていた。1人ずつ澪央が入っている木造の箱に足を運んでいる。中には涙を流している人もいた。
でも俺は、なぜか一度も涙は出なかった。

天気は空気を読んでなのか土砂降りの雨。
俺は中にも入らず、外でずっと突っ立ったままでぼーっとその様子を見ていた。
澪央の両親から渡された傘はささずに俺の手にぶら下がっている。

後から聞いた話だが澪央の手術はもともと難しかったものだという。
充分すぎる準備をしていたのだが、直前になっていろいろ問題が起こり。
さらに手術中も予想外のことが起きたという。
 不幸にも。
まさにその言葉がぴったりだ。
医者の対応もままならず、澪央は…

 なぁ、澪央。
 俺、あの後も澪央に触れることができたんよ?
 あんなに嫌だったのにな。
 触れても、もう不幸が起きなかったんよ。
 やっと、やっとお前に触れられるのに。
 お前はもう俺にあの笑顔を見せてくれないんやね。

前髪からぽたぽたと雫が落ちている。
俺が今何を呟いても、雨の音にかき消されるだろう。

「なに澪央にあたっとんよ…。澪央を殺したのは…

 俺やんか…」


俺は葬式が終わるまでその場でずっと立っていた。
澪央が入れられた箱は車に乗せられ、どこかに行くよう。
俺もこのままどこかに消えてしまおうか。
そう思い俺は車と逆方向へ歩き出す。

「涼君」

そのとき、俺の名前を呼ぶ男の声が聞こえた。
振り向いてみればそこにいたのは澪央のお父さん

「…あ、すいません。これ、返しときます」

そういって俺はびしょびしょの傘を渡す。
父親は何も言わず受け取り、逆に懐から1つの手紙を取り出し、俺の方へさしだしてきた。

「…?」
「…澪央からだ」
「え…?」
「中は、見ていない。君宛だと書いていたからな」
「……。」
「それと、」

そういって父親は一台の携帯を差し出した。

「何かあったら連絡しなさい。」
「……。」

俺はお礼を言い、歩き出す。
しばらく歩き俺は近くの公園に入った。そして雨宿りができそうな遊具の中に入る。
まだましだと思い、濡れている服で手を拭き、さっきもらった彼女の手紙を取り出した。
開いてみれば少し濡れてしまったが読めないことはない。

俺は、一息つき、彼女の手紙に目を通した。














 第11話

《涼へ

この手紙を読んでるとき、私はもういないんだろうなー
っと、どこの物語にも出てきそうなフレーズを先に書いてみたり。
でも、本当そうなんよね。
手紙をかいたのは、多分口では言えないなと思ったから…

涼、ごめんね。
私あなたにはたくさん謝らないといけないことがあるの。
今まで振り回したこととか…。でも一番はこのお別れのことかな。

涼、私が死んだのは涼の所為じゃないんだよ。
そういう、運命だったの》
「……。」

手紙の最初は、いつもの彼女だった。
書いている時の顔が容易に想像できる。
でも、話は徐々に真面目な方向へ


《私ね。実は夢が見れるの。
ただの夢じゃなくて、予知夢みたいな…。

これから起きることや、それに関わる人のことについて。私視点じゃなくてその人の視点になってみることもできるの。
学校では、この力をよく使ってたなー。でも、気持ちがられるから途中から私だけの秘密にしたんだけどね。

涼は、人じゃないよね。
ごめん。本当は最初から涼のこと分かってたんだ。
あの日あったのも、全部。夢で見てたの》


その文字を見た瞬間俺は言葉にならない気持ちになった。
最初から知ってた…?俺が人間じゃないってことも…??
なら俺が触れたらどうなるかって…。俺が隠す理由も、澪央には…
  分かってた…?


《だから涼の所為じゃないんだよ。
この未来も最初から見えていたんだもの。
私はすぐに死ぬはずだったんだ。でも、涼がこの世界にきて私の未来が変わったの
私すごく幸せだったよ。
だから涼にお礼がずっと言いたかった。本当にありがとう

私、涼のこと
 大好きだったよ》

「……。」

この気持ちはなんなのだろう。胸のあたりがすごく痛い。
人間じゃない俺はあいつらみたいに涙なんて出ない。
人間みたいな感情は持っていないはずなんだ。

俺は恨みの固まり。
この世に存在してはならないもの。この世のものに害をなすもの。
こんな感情知らない。

わけがわからない。
何もわからないのに、すごく痛いんだ。

「なん、で。
なんで過去形なん、だよ…」

泣くこともできないまま、なぜか笑いだけが出てくる。

「澪央…。俺も
…お前のことが大好きだったよ…」

進行形ではない。もうこの物語は終わり。
この気持ちを抱くのは終わり。

だから、俺もお前に言うよ。


「俺に、いろんなことを教えてくれて
 ありがとう…」














 Epilogue

あるところに元気な少女がいました。
その少女には人には言えない秘密があります。秘密を隠したまま、少女は学校に通っていました。

しかしある日、少女は治らない病にかかってしまいました。
そのまま白い部屋に閉じ込められてしまいます。少女は夢を見ました。
いつか出会う彼のことを。

その彼は少女に明るい未来をくれるというのです。
しかし彼は人間ではありませんでした。悪霊という恐ろしい存在だったのです。
会うのを悩んだ少女ですが、その日会う決心をしました。
お気に入りのハンカチをもって、初めてこの白い部屋から脱獄しました。

見慣れた場所にいきあの人を見つけました。
お気に入りのハンカチだけど、仕方ない…。そう思い少女はそのハンカチから手を離しました。
少女は緊張しながらも彼に話しかけました。


無理やり白い部屋に連れて帰り、また来てねと。夢の通りにやりました。
不安だったけど、次の日彼は来てくれました。
何もない白いただの部屋が、2人だけの空間になりました。

少女は幸せでした。
彼と話をするだけで。それだけでとても幸せでした。

少女はまた夢を見ました。
今度は自分が死ぬ夢です。
この夢は前も見たことがありました。

少女は、もう避けられないのだと悟りました。
少女は彼に一生のお願いを言いました。
彼はしぶしぶそれにこたえてくれました。
ようやく触れれた彼はとても冷たく、人間ではないということを改めてわかりました。

彼が帰り、少女は今までのことを思い出すのです。
そして、もしものことを。

もしも私が元気になったら。
また学校へ行きたいな。みんなでお昼を食べたり。おしゃべりをしたり。
そこに彼がいたら、それはとても幸せだなと。
彼とともに学校に行きたいな。一緒に登下校をしたいな。

そう思うだけで顔がゆるんでしまうのです。
でも、

でもこれはもしもの世界。
私は明日死んでしまう。もう彼を見ることはできない。
彼は私が死んでも覚えておいてくれるだろうか。
それが不安でちょっと悪あがき。手紙を書いてみます。

書き終えて今度は両親への。
今までの感謝の気持ち。それと、涼のことをお願いと。
私は一緒に行けないから、涼だけは私の分まで学校に行ってほしいな。
そんな気持ちも…。

書き終えると、なぜだか涙かあふれてきました。
手紙を濡らさないようにベットに横になります。


涼、私あなたのことが好きよ。こんな気持ちになったのははじめて。
でもね。あなたにはこれからたくさんの人と出会ってヒトというものを知っていってほしいの。
自分の幸せも知ってほしいの。
だから、私のことは…忘れてね。

…うそ、たまには思い出して。
本当、たまにでいいから。
今までありがとう。




彼は少女の両親に電話を掛けました。
少女の両親は彼に1つお願いをします。
少女の代わりに、学校に通ってくれないかと。
彼は悩みましたが通うことを決めました。

年齢なんてない彼ですが、外見からということで春、高校2年としてとある学校に入学しました。

そこで彼の新たな物語が、また始まります。


END.


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