泣きたいときは大胆に。
前が見えないー


「目標」

誰もが持ち、
誰もがそれに向かって努力し、実現しようとする。
それは、必ずしも達成できるとは限らない。途中で諦めるという者も何人かいるだろう。
にもかかわらず、諦めず達成感などを求めているのか…、目標をもち、叶えようと努力する者たちが、ここには多くいた。


高校3年の春ー

最高学年だからと言って、威張ることもなく、なんの変化もないものだと思っていた。
しかし、自分が考えている以上に同級生の顔付きが変わっていたり、後輩を引っ張っていたりと、今までのその人はどこへ行ったのだろうかと疑うくらい、しっかりしていた。
嫌、それは同級生だけではないかもしれない。

「千秋先輩!」
「ん?」
「次の大会に向けて、そろそろ朝練したいなって思うんですけど、もう許可って出ますかね…??」
「朝練…。いつもより早いね。気合いたっぷりってとこかな?」
「はい!今度の大会でいい成績とって、先輩たちと一緒に団体のメンバーで戦いたいんです!」

そう言うのは、同じ柔道部の2年生後輩。
夏に3年が出る最後の大会がある。彩雲高校は部活も名門校であるが、柔道部は良くてベスト8止まりのまぁ少しは強いかな?というレベル。
そのため3年最後の大会は毎年3年を優先に団体メンバーを組む。
今年女子で千秋の代は3人しかおらず、必然的に1、2年の実力のあるものが選らばれるということで、後輩は団体メンバーに選ばれようと必死に練習していた。それは千秋自信その目で見ていたため、いつもの笑顔で"先生に許可をもらってくる"と言い、この場を後にした。

「(後輩ちゃんも、いつの間には大きくなってたんだよね…)」

ほのぼのと癒された顔を浮かべ、千秋は職員室のドアをノックし、中へ入る。

「失礼します。柔道部3年の江澤千秋です。小川先生はいらっしゃいますか。」

幼馴染みのせいか年上の人に対しては男女の差が特にない。
自分が先に名乗ることと教わったので、途中先生の顔がチラッと見えたが、最後まで言いきる。先生の方がこっちにこいと言う合図をしたので、千秋は顧問の側へと向かった。

「どうした、江澤?」
「はい。次の大会に向けて、そろそろ朝練を始めたいと部員から声が上がったので許可をいただきたいなと。」
「朝練、今年は随分早いな」
「皆さんやる気満々のようです。次の大会で団体のメンバーも決まりますから。」

千秋がそう笑って言えば、顧問もうんと頷き、朝練の許可がでた。
放課後の部活の時にでもみんなに伝えるかと考えていたとき、顧問の先生が別の話題を切り出した。

「でも江澤、本当にいいのか?」
「…??」
「試合だよ。どうせなら最後の試合にも出ればいいじゃないか」
「いえ、私は良いです。開場も遠いですし。私よりも後輩ちゃんたちを出した方が経験を積めて来年の役に立ちます。」
「そうか…?」
「それに私今回団体に出させて頂けるので…それだけで本当に…」

今回の大会はいつもの様に実力順。にもかかわらず千秋は団体メンバーに選ばれた。
恐らく開場が近いため先生が気を使ってくれたのだろうと千秋は考え、今回の大会は出、最後の大会は応援ということにした。

「じゃあ、私そろそろ教室に戻りますね。」
「あぁ。午後の授業もしっかりな」
「……ハイ。」

はっきりとはいと答えられないのがまた彼女らしい。恥ずかしそうに笑って千秋は職員室を後にした。

「(ちゃんと実力を踏まえた上で団体メンバーを選んだんだけどな。)」

自身の机に向かってそう思ったのは顧問の小川。
千秋の事情はよく理解している。しかしその事情以上に、彼女がいままでどれだけ努力をしていたことも知っている。
実力を考えてみても、同じ3年の二人には劣るが、それでも団体メンバーに入るだけの力はある。それに気づかず出ないといっているのか、それとも…

「(顧問の責任だよなぁ…)」



「(次の授業は移動だったっけ…)」
「千秋ー」

名前を呼ばれ振り向くと、そこにいたのは幼馴染みの祐輔。
よく見れば、次の授業の教科書などを持っている。

「次移動教室だぞー。教科書とかもってきた!」

そう言って祐輔は千明の教材を手渡す。
あ、こいつ女子の机の中漁りやがったな。なんて思いつつ、もう何度もこんなことがあったため素直に受け取った。

「(最後の大会、か)」

教室について、授業をうけつつ、先程のやり取りを思い出す。
正直にいって、自分の実力が分かっていないとは思わない。みんなと共に練習出来なくても、自分のできることはやりきった。

ただ自信がないのだ。

体力がみんなと同じほどあるかと聞かれれば、答えはNO。
今の自分はどう考えても足手まといと言う答えしかでない。

「(こんな気持ちで大会にでるなんてできないね…)」

沈んでいく気持ちをよそに時間は刻々と進み放課後。

部活にいくもの、自宅へ帰るもの、それぞれが身支度をする。
千秋も鞄を持ち部室に向かう。
ふと前を見ると、千秋と同じく部活に向かっているのだろう風音、紋、玲六の姿があった。

「(ちょっと聞いてみようかな…)
あ、風音く「だから紋はもうちょっと真面目に!」
「えー僕ちゃんとしてるよ?」
「まぁまぁ、落ち着いてください。2人とも吹奏楽に真剣なのは知っていますから。」
「……。」

「ん?あれ江澤ちゃんじゃん」
「あ、こんにちは、飯島君。」
「相変わらず僕相手だとテンション低いね…」
「そんなことないよ…?」
「千秋さん、どうかしたのですか?」
「もしかして私たちに用事あった?」
「あー…。…いえ!もう済んだから平気だよ!引き留めてごめんね!!んじゃ、今日も部活頑張ろー!」

そういつもの調子でいって千秋は部室に向かって走り出した。

部室につき、ジャージに着替える。今日は例の個人練習の日。
皆に朝練の事を伝え、千秋は空き教室にむかった。机を少し移動し、筋トレ前の軽い準備運動を始める。
体が解れてきたところで、自分で考えた練習メニューをし始める。

練習メニューをはじめて数分たったとき、唐突に教室のドアが開いた。
調度腕立て中で、腕を伸ばした状態でドアのほうを見ると、そこには楽器を持った紋の姿。
お互い何でこんなとこに?というような顔。しばらくの沈黙のあと、紋が言葉を発し沈黙は終わった。

「えっと、江澤ちゃん。とりあえず体制かえない?」
「え?あぁ…」

紋に言われ、ようやく自分の体制に気づき、腕立てをやめ立ち上がった。

「もしかしてこの教室で自主練してたの?」
「はい。今日はここが空いてると聞いてたからね。」
「そっかー。俺たちもなんだよねー」

俺たちという言葉が気になり、ふと紋の後ろに視線を移す。
そこには、紋と同じ楽器を持った生徒の姿。スカートやバッチの色から後輩もいた。

「…もしかしてパート練かな?」
「そうそう。風音ちゃんに言われてさー」
「そうなんだ。(風音君がくればのよかったのにな。)」
「(風音ちゃんが来ればいいのにとか思ってるんだろうな)」

思ってることは案外筒抜けな千秋。
そんな千秋は少し考え、ジャージについた埃をはらう。

「じゃあ、私は場所移動するよ」
「え?いや、僕たちが後から来たんだから別のとこ行くって」
「いいよ。人もたくさんいるし、吹奏楽大会近いし
時間は大切にしないとね」
「江澤ちゃんも大会近いんじゃないの?」
「私は…、私は全然大丈夫だよ」

小さく笑って千秋は教室をでる。
紋の横を通り、数歩歩いたとこで歩く速さは遅くなり、その場に立ち止まる。

「…?」
「飯島君。」
「…何かな?」
「飯島君は、どういう気持ちで大会に出ているの」
「どういう気持ち?…どうしたの、いきなり」
「…、ごめん。気にしないで。何となく気になっただけなんだ。
 時間とってしまって本当にごめんね」

じゃといって、この場を後にしようとする千秋。
そんな千秋に何を思ったのか。紋はいきなり口を開いた。

「僕はまあ、持ってる力すべてを出しきるようにはしてるかな。」
「…。」
「でも江澤ちゃんの質問も結構雑だよね」
「雑?」
「なんていうか、僕にどんな答えを期待してるのかなって。」

紋はそういって後輩たちを教室に入れ、練習しておくように言う。

「大会ってのはさ。今までの練習の成果を出す場でもあるし、自分の実力を改めて知る場でもある。
 人それぞれ思いとか意気込みは違うと思うんだよね。」
「……。」
「江澤ちゃんが何に悩んで僕にどんな言葉をいってほしいのかは知らないけど、中途半端な気持ちで大会に出られても、

 迷惑なだけだよ。」

視線をあわせず、横をむいて物事をはっきり言った紋。
チラリと千秋の方を向けば、千秋は下を向きジャージにしわが付くくらい強く握っていた。肩が若干揺れていることから、もしかしたらこれは

「…。(あ、やっちゃったかも)」
「っさいな…」
「え?」
「うるっさいよこの苔!!」
「あれ、江澤ちゃん!?」
「自分でもこのままじゃいけないってわかってる!でもどうすればいいかわかんないんだよ!
 自信もないし、足手まといになるって事ばっか頭に浮かんで…。みんなが何でそんな前向きに入れるのかもわかんない」
「……。」
「もっと強くなりたい、こんなことでうじうじしたくないのに…!」

そう言いきって、千秋は幼い子供の様にわんわん泣き始めた。
幸運にも人はいないが、誰か人が通りかかったら、間違いなく紋が悪者に見えるだろう。教室にいる後輩たちも千秋の鳴き声は聞こえているだろうし、後が少し怖い。

「(てか江澤ちゃんてこんな子だっけ…)」

柄にもなくぽかんとした顔をしてしまった紋。
なだめた方がいいのかなと思いつつ、吐き出してしまった方が楽かとも考え、何もしない。
次第に落ち着いてき、千秋は最後の一ぬぐいと言うことか、豪快にジャージの裾で涙をぬぐった。

「落ち着いた」
「そ、そう…」

元々赤い目だが、涙のせいかいつもより赤さが増している気がする。鼻はまだすすっているが、涙はもうこぼれるほど出ていない。

「すいませんでした」

さっきの口調とは打って変わり、丁寧な口調で謝罪言葉を言い頭を下げる。

「飯島君の言うとおり、自分が安心したいばかりに都合の良いような言葉を求めてました。
 飯島君は本当性格が悪いので、はっきり言って下さりくっそむかつきましたが自分の甘さがよくわかりました。」
「(性格悪いェー…)」

頭を下げたままそう言う千秋。
丁寧な口調ではあるがところどころ本音が含まれており、謝っているのか微妙なところだ。

「久々に泣きましたし、結構すっきりです。」
「それはよかった…(?)」
「……ッ。」

今度は下げている頭を思いっきりあげて紋を見る。じーっと見られ紋はいつもの調子でへらっと笑って見せる。
若干眉間にしわが寄ったが気にしない方がいいだろう。

「風音くんは渡さない」
「何でそこで風音ちゃんが出てくるのかな」

睨みを聞かせてそう言った言葉。バッサリと反論されたが、千秋にはどこか思うところがあったのだろう。
いかにも不機嫌そうな顔を押して、体をくるりと回す。
空き教室を探しに行くんだろうなと思った紋は、自分も練習を再開しようと後輩達がいる教室のドアに手をかける。

「飯島君」
「ん?」
「……ありがとう」
「……。」
「でも負けないから」

何の?と聞きたくなるようなセリフ(睨みというオプション付き)を最後に千秋は走り去った。

「……君の幼馴染あんな子だったんだね」
「千秋意外にガキっぽいんだよなー」

ハハハと笑いながらそう答えたのは、幼馴染である祐輔。
千秋は気づいてなかったようだが、泣きだしてしばらくした辺りから物陰に隠れ話を聞いていた。

「観月君助けてくれればよかったのに」
「いやーあいつ変にプライド高いから俺の前じゃあんま泣いてくれねーんだよな」
「へー。」
「なんか悩んでるってのはわかっても、どうすることもできねー俺もまだまだだな。
 …飯島は本当すごいなー」
「……まぁ。慣れ、かな」
「…。なるほどな。
 お互い良い幼馴染を持ちましたねー」
「デスネー」


泣きたいときは大胆に。
((男の人の前で泣くなんて一生の不覚…!!!))


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