初めて手を握り合ったその日から、義勇と奏の距離は僅かに縮まっていた。そしてその夜。


「義勇さん、まず同じ部屋で寝る事から始めませんか?」
「(まず?)好きにしろ」
「ありがとうございます!」


 その提案から今まで別々の部屋で寝ていたが義勇と奏は同じ部屋で布団を広げ就寝する事を覚えた。ただ二人の布団の距離はかなり空いてはいるが。


 そしてあくる日。
 庭の手入れをしながらニヤついている奏を目撃してしまい、少し不気味に感じた義勇はどうしたのかと声をかけた。


「実はここに住み始めた日からコツコツと自家栽培をしようと野菜の種を植えて育てていたんです。そしたらようやく芽が出てくれて。何だか自分の子供が成長してくれたみたいで嬉しくって。可愛くて」
「・・・野菜なら買えばいいだろう」
「そうですけど自分で一から育てたものを義勇さんに食べてもらいたいんですよ。ああ早く大きくならないかなぁ」


 そうあどけなく笑って小さな芽を愛でる彼女の姿は、何処かぐっとくるものがあった。自分に食べてもらうために、育てているのかと。その横顔を見て顔が綻んでしまう。すると咄嗟に振り向いてきた彼女と目が合ってしまい慌てて表情を無に変えた。


「あ!義勇さん今笑いました?」
「笑ってない」
「いえ私この目で見ましたよ。ほわんって感じで笑っていました」
「見間違いだ」


 義勇は気づかない振りをしていた。
 自分の心が徐々に開いてしまっていることを。


「義勇さん、一緒に買い出しに行きませんか?」


 後日。
 そう奏から誘われ、あまり気の進まないものの何となく承諾した。ほぼ毎日と言っていい程身に纏っていた隊服も、今では普通の着物へと変わり未だに慣れない。肩を並べて歩く街中は、人で賑わっていてもう鬼がいないのだと思うと何とも平和惚けに感じてしまう自分は贅沢すぎると思った。この世界を、他の仲間もきっと見たかっただろうに。足を進めながら義勇は一人思いふけった。

 「お!奏ちゃん!」そんな中八百屋の店主が奏に声を掛け手招きし、それに対し彼女は笑顔を浮かべながら小走りに駆け寄っていく。自分もゆっくりとそれに続いた。


「さっき採れたばかりの新鮮な大根があるけど、どうだい?」
「え!ほんとですか、もちろん買います買います!」
「お、今日は一人じゃないんだねぇ。そちらの美男は奏ちゃんの連れかい?」
「あ、はい。私の、」


 主人です。
 その言葉が喉に引っかかって出なくて戸惑った。
 間違いではないのに。だが気持ちに自信がないから、彼のことをそう紹介していいのか何故か迷ってしまった。口篭もる奏に気付いた義勇は、そっと視線を地面へ伏せた。

 奏の様子に恥ずかしがっているのだろうと捉えた店主は、ニヤつきながら口を開く。


「ふーん。なるほどねぇ、奏ちゃんの男かぁ。いいねぇ、いい男じゃないか。美男美女でお似合いだ!」
「いえ、そんな・・・」
「あんたも幸せもんだねぇ、奏ちゃん食べさせたい人がいるからっていっつも新鮮な大根をうちに買いにきてくれるんだよ。その相手はあんただろう?」


 店主からそう言われ、知らなかった彼女の自分に対する健気さを知ってしまい呆然とした。きっと俺が鮭大根が好きだと知ったからだろうが、別に大根も鮭も新鮮な物でなくともいいのに。


「余計なこと言わなくていいですから!」
「羨ましいよ、俺も奏ちゃんみたいな女が欲しいな〜」


 その言葉にむっとする。
 照れる奏の手を引いて、俺は歩みを再開させた。突然の行動に体をよろめかせながら「義勇さん?待ってください大根まだ買ってない!」と訴えてくる彼女に足を止める。


「いらない」
「え・・・」
「俺のためにそこまでしなくていい」


 その一言に奏は眉を落とす。


「すみません・・・ご迷惑でしたか?」
「・・・迷惑じゃないが、俺はもう十分良くしてもらってる」
「そんな・・・まだまだ、」
「・・・俺は、お前に対して何もしてやれない」


 そう、何もしてやれないと改めて思った。
 自分の都合で祝言を挙げさせ、こんな愛のない夫婦ごっこのような関係にさせてしまったのは俺のせいだ。それなのに奏はいつも笑っていて幸せそうにすら見える。何もしてやれていないのに。何故。彼女がよくわからない。

 視線を落とす義勇の左手を、奏はそっと触れた。


「そんなことないですよ。義勇さんが少しでも楽しんでくれたり笑ってくれたら、私はもう十分です。それだけで十分ですから」
「・・・・・・」
「だからそんなこと言わないでください」


 微笑んで見せる彼女に、胸が締め付けられる。
 触れられた手が温かいように、彼女の心も温かくて自分の中に心地よく入ってくる。

 気付かない振りをしているのに。
 だがそんなことをしたって彼女が今後変わることはないだろう。

 触れられた小さい手を、優しく握り返した。


「・・・手を繋いで歩こう」
「!は、はい!」


 俺の左手と彼女の右手が繋がって、たくさんの人で賑わった道も不思議と二人だけの空間のように思えてくる。とても心地良く感じてしまう。

 だがそんな心地良さも、ある男の声で台無しにされるのだった。


「え・・・!奏さん!?」


 その声に二人同時に振り向く。その目線の先には裕福そうな身なりをした青年が立っていた。


「あ、勝彦さんこんにちは!」


 勝彦さん?一体誰だ。
 隣の奏の反応からして、初対面ではなく割と親しい相手なのだろうと察した。いつの間に。そんな奏に対し勝彦は、わなわなと震えた手を義勇に向けて続ける。


「そ、そちらの男は・・・ど、どなたですか」


 そのショックを受けたような声色に瞬時に察した。この男は奏に好意を抱いているのだと。そして何より人を指差すその無礼さが義勇の眉間に皺を作った。


「あ、えっとこちらの方は・・・」
「私の嫁に何か御用ですか」


 その棘のある声色に、奏は咄嗟に義勇を見上げた。そして義勇の言葉に勝彦は崩れ落ちるようにして頭を抱える。


「そ、そんな・・・嫁って・・・奏さんがあなたのような男の女だっただなんて・・・この世は狂ってる」
「・・・・・・」
「・・・・・・」


 何とも失礼な男である。
 奏もこんな男だったと知らなかったのだろう、義勇と同じように眉間に皺を寄せて勝彦を凝視していた。


「奏さん酷いです・・・僕の気持ちを弄んだんですね・・・」
「あの、そういうつもりじゃ・・・」
「僕の方がお金もあるし、よく見ればそちらの殿方は片腕がないではありませんか!そのような方と生涯を共にして満足なのですか?」


 その言葉にショックを受けた。
 何より義勇を悪く言われたことに、血が頭へ集中していく。片腕がないから何だと言うのだろうか。拳を握り締めて勝彦に向かって行こうとした瞬間。隣の義勇の腕が横に伸びてそれを阻まれる。


「やめろ」
「で、でも」
「本当のことだ。他の男と比べたら俺は負担でしかない。迷惑をかけるばかりだろう」
「・・・・・・」
「だが、それでも彼女は俺と生きる道を選んでくれた。それなら俺も、責任を持って彼女を幸せにする」


 例え残りの寿命が僅かで、先に死ぬとわかっていても。

 義勇の言葉に、勝彦は苦虫を噛み潰したような表情をした。そして「僕は、諦めませんから!」そんな捨て台詞を置いて立ち去って行った。

 諦めませんから?その言葉に溜息が出る。ということは勝彦がまた彼女の前に姿を現す日が来るということだろう。今は自分が傍にいるからいいが、いなくなった後先のことを考えると奏のことがとても心配になった。
 隣から熱い視線を感じ振り向けば、奏のきらきらとした瞳と視線が交わう。


「・・・どうした」
「えっ、いやその・・・義勇さんがとてもかっこよくって」
「・・・・・・」
「それに嬉しくって。幸せにするって言ってくださったので・・・それがただの彼を追い払うために言った言葉だとしても嬉しくって」


 かっこいい。そんな言い慣れない言葉に内心照れている自分がいる。
 嬉しそうに俯く奏の右手を再度取ると、義勇は歩みを再開させた。彼女に背中を向けながら続ける。


「本当だ」
「え?」
「俺はお前に感謝してる。だから俺も、残りの時間をお前のために生きようと思う」
「!」


 義勇の表情が見えないのがとても残念だが、その言葉だけでも奏の心を打つには十分であった。ああ、そんな、自分は非力で大したこともできていないのに。そして彼にもっと生きていて欲しいという気持ちが生まれてしまった瞬間であった。





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