「ごめんくださーい」


 翌日の朝。
 突然の訪問者に慌てて玄関へ向かい戸を開けると、そこには何処かで見たような気がする少年が一人立っていた。

 確か、この少年は鬼である妹を連れていたあの少年だ。



「えっと、えっと・・・」
「こんにちは!竈門炭治郎と申します!初めまして、ええっと」
「初めまして、奏と申します」
「!奏さん初めまして!義勇さんが祝言を上げられたと聞きました。この度はおめでとうございます!」
「わざわざありがとうございます。立ち話もあれなのでどうぞ中へ入ってください」
「ありがとうございます。失礼します!」
「義勇さんも呼んできますね」
「はい!」


 炭治郎を居間へと案内し、せっせとお茶を注いだ湯飲みを彼の元へ運ぶ。

 「ありがとうございます」そうにっこり笑う彼につられて笑顔になる。鬼殺隊時代も話したことはなかったが、この僅かな時間でも彼がとても礼儀正しく心優しい少年なのだろうと印象を持つ。


「妹さんが無事に人間に戻ったとお伺いしました。本当に良かったですね」
「はい。今日は別件があって妹は一緒ではありませんが、また後日ご迷惑ではなければ妹と親友二人も連れてお邪魔させて頂けたらと思っています」
「是非是非!義勇さんもきっと喜びます!」
「義勇さんはお元気ですか?」
「とっても元気ですよ!」
「それは良かったです!」


 彼と話していると心が何処かぽかぽかしてくる。不思議な子だ。
 そんな奏を目前に、炭治郎はくんくんと鼻を動かす。奏からは純粋で裏表のない匂いが漂っている。義勇が選んだのも頷ける。炭治郎は内心安堵していた。


「・・・でも、良かったです。義勇さんいつも一人でいるしなかなか自分のことを打ち明けてくれるような人ではなかったし、心から信頼できてなんでも話せる相手もいないようだったので・・・少し心配していました。無惨との戦いが終わった後も、話す時間があまりなかったしどうしてるのかなって思っていたので・・・」
「そうだったんですか・・・」
「奏さんのような方が傍にいるなら俺も安心です。義勇さんには幸せになって欲しいと心から思っているので」
「・・・・・・」
「義勇さんには俺、本当にお世話になったんです。本当にたくさん助けてもらいました。鬼殺隊入る前からずっと。義勇さんに出会ってなかったら俺も妹の禰豆子も今頃ここにはいなかったかもしれません。上弦の鬼や無惨との戦いでも義勇さんがいなかったらって考えるととても恐ろしいです」


 そう俯いて語る炭治郎の様子から、彼にとって義勇がどれ程恩人で大切な相手なのかが伝わってくる。同時に、炭治郎の気持ちに応えるべく自分が義勇の妻になった以上義勇を幸せにしなくてはと改めて責任感に近い感情が芽生えた。

 ただ、炭治郎は義勇が好んで自分を選び祝言を上げたのだと思っているに違いない。本当はこの祝言にはそんな愛情に満ちたものは存在しないのだ。それが何とも心苦しかった。


「炭治郎さんにとって義勇さんがとても大切な人なんだと伝わりました。きっと義勇さんも炭治郎さんがとても大切な存在であるのは間違いないと思います」
「そ、そうですかね・・・」
「そうですよ。一緒に困難を乗り越え戦ってきた仲間なのですから。私なんてへっぽこな下級隊士だったので・・・彼とはそういう信頼できる間柄ではなかったですし・・・だから少し炭治郎さんが羨ましく思います」
「奏さん・・・」
「でも安心してください!義勇さんは私がちゃんと責任持って幸せにするので!」


 そう意気込んでいう奏を見て、炭治郎は改めて安堵する。だが彼女の言う「責任」という言葉が自分の中で何か引っ掛かった。愛し合ってる者同士が祝言を上げたのだ、既にお互い幸せなのではないのだろうか。彼女の言葉に安堵と同時に違和感を覚えた。




花と共に去りぬ 第三話:水平線にうかぶ花




 居間がやけに騒がしいと思い足を運んで中を覗き込んでみれば、そこにはきゃっきゃっと楽しそうに飲み食いしながら談笑している似た者同士な二人の姿があって義勇は唖然とした。

 そんな義勇にいち早く気づいた炭治郎が「あっ!義勇さん!」と顔をパァっと明るくする。


「お邪魔してます!」
「あ!しまった、炭治郎くんとのお話が弾んじゃって肝心な義勇さんをお呼びするのをすっかり忘れちゃった!すみませんすみません!」
「俺もすっかり忘れちゃってました!奏さんとの話に夢中で」
「あはは、私達一緒だねぇ」


 そう笑い合う二人。
 そんな二人をじとりと睨みながら、心の中で忘れるなと突っ込む。
 そして恐らく今日が初対面だろう二人がこの僅かな時間で打ち解け合って仲良くなっている光景は、何処か面白くない。祝言を上げ毎日屋根の下共に暮らしている自分よりも彼女と仲良くなっている炭治郎にモヤモヤした感情が生まれる。同時に改めて炭治郎の誰とでも打ち解け合ってしまう社交的な性格には関心させられた。自分にも多少炭治郎のような人と上手く会話ができる能力があればと思うが、今更妬んだところで仕方のないことである。

 「炭治郎くんお茶空っぽだね!義勇さんの分と一緒に淹れてくるね!」と炭治郎の湯飲みを持って台所へと消えていく奏を尻目に、義勇も腰を下ろし炭治郎と向かい合う。


「義勇さん、改めておめでとうございます!あれからお変わりはありませんか?」
「炭治郎、ありがとう。大分左腕だけの生活にも慣れてきた。お前も右腕だけでは色々と不便だろう」
「いえ、利き腕が動くだけまだありがたいですよ。お陰様で禰豆子も善逸も伊之助もみんな元気です!」
「そうか、よかった」
「俺も義勇さんがお元気そうで何よりです。奏さんとも上手くやれてるようで安心しました」
「・・・・・・」
「?」


 炭治郎は口を閉ざす。義勇から何処か悲しそうな匂いがしたからだ。幸せな匂いが彼からはしない。何故だろう。それを知ってしまった途端胸中が不安に変わる。


「・・・義勇さん、何かありましたか?」
「いや、何もない」
「本当ですか?何だか義勇さんから悲しそうな匂いがするんですけど・・・」
「お待たせしました!」


 炭治郎の言葉が途中で切れる。丁度湯飲みを二つ運んで戻ってきた奏に、会話が途切れて義勇は内心ホッとしていた。炭治郎は色々と勘が鋭い。あまりこの祝言に深く踏み込んで欲しくはなかった。
 奏は義勇の隣に腰を下ろすも口を閉ざしたままの二人を見て戸惑う。


「あ、すみません・・・私お邪魔でしたら向こうに、」
「いやここにいろ」


 立ち上がろうとした瞬間、そう義勇から左手を掴まれ、大人しく浮いた腰を落とす。掴まれた手が何故か熱い。思えば彼から触れられたのはこれが初めてかもしれない。
そしていつまでも離さないその手に何処かソワソワしてしまう。義勇の手を改めて見ると、男らしく自分のそれよりも一回り大きくごつごつしていてこの手で刀を握り、柱として命を懸けて鬼と闘ってきたのかと思うと感慨深かった。触れてみたくなってしまい、思わずそっと彼の手を慈しむように撫でてしまった。
 そんな奏の行動に義勇は内心驚く。手を退けようと思うのに、彼女の手つきが妙に優しく感じそれができなかった。幸いなのは炭治郎の位置からは自分達の手元が見えないことだ。

 だが炭治郎は何となく二人の様子に、あまり長居はしてはいけないと察し腰を上げる。


「俺、そろそろ失礼します。奏さんにもお会いできたし義勇さんもお元気なのがわかったので」
「え、もう?もっとゆっくりしてもいいんですよ?」
「いえ!お邪魔はしたくありませんので!」
「えっ邪魔?」


 何が邪魔なのか。玄関へ向かう炭治郎に慌ててついて行こうと立ち上がる奏の手が、義勇の手から離れてしまう。義勇はこの時、何処か喪失感を覚えた。何故。彼女の手がただ離れただけなのに。とりあえず炭治郎を見送ろうと自分も二人の後に続く。


「それではお邪魔しました!」
「炭治郎くんありがとうね!またいつでも遊びに来てくださいね!」
「炭治郎、ありがとう」
「はい、また近いうち会いに来ます!お二人共お幸せに!」


 炭治郎を見送り、義勇は中へ戻ろうとすると奏から手を掴まれ足を止めた。振り向くと彼女は何故か笑っていた。


「義勇さんの手、あったかいですね」
「別に、普通だろう」
「この手に、たくさんの人の命が救われたんでしょうね」
「・・・救えなかった命の方が、多い」
「でも炭治郎さん言ってました。義勇さんにはいっぱい助けられたんだって」
「・・・・・・」
「そんな御方の手を、私なんかが独占しちゃってなんだか贅沢な気分になっちゃいます」


 その言葉と照れ臭そうに笑う奏に、何処か心が温まって行く。
 そう、彼女は前からそうだった。鬼殺隊で柱である頃、初めて見かけた時から彼女は温かい雰囲気を持った人間だった。初めて言葉を交わした時、俺のことを気遣ってくれていた。当時の俺は、そんな彼女の温かさに救われたのだ。彼女は覚えていないようだが、自分の中にいつまでもその温かさが残っていた。
 握られたその手を、そっと握り返した。
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テーマ「人外ファンタジー」
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