晴れて義勇と夫婦になった奏は冨岡邸へと移住した。
 祝言を上げてから早一週間が経とうとしているが、広い敷地と広い各部屋に未だ少しも慣れない生活を送っていた。

 義勇とは、あれから特に何もないままである。
 最後に交わした会話を思い出す。


「・・・俺は、お前よりも先に死ぬ。俺に必要以上に関わるな。余計な感情は皆無だ。俺のことは気にせず自由にしてくれて構わない」
「は、はぁ」
「何かあればこちらから言う」


 そんなことを言われて肩を落とした。
 本当にこの祝言には、感情は皆無なのだと彼の言葉を聞いて改めて思い知る。

 部屋の整理をしながら、縁側に一人腰かけ空をぼうっと見上げている義勇の後ろ姿を眺めてみる。なんとも寂しそうな背中。
 余計な感情はいらないと、自分のことは気にせずに自由にしろと言った義勇の言葉の真意を奏はまだ知らなかった。

 その背中を眺めながら腕を組む。このままでいいわけがない。彼に言われたことを素直に従う必要も、正直ない。元上官であるが、今はもう違うのだ。もう肩書上夫である義勇を支えるのは当然妻となってしまった自分の役目でもある。ならば、彼の残りの余命、そう長くない人生をどうか少しでも楽しく幸せに過ごして欲しいと、切実に思った。義勇に目的があるように、この時奏にも目的が生まれた。


「義勇さん!」
「・・・何だ」
「昼餉の支度をするので何か食べたい物はありませんか!」
「別に、無い」
「義勇さんの好きな食べ物はなんですか!」
「・・・鮭大根」
「ではそれを作りますね!少し待っていてください」


 そう元気良く言った奏の方へ振り向く。すると目の合った彼女はにこりと笑んで台所の方へ消えていった。先日自分のことは気にせず過ごせと言ったばかりなのに。溜息が零れる。




花と共に去りぬ 第二話:向日葵に沈む





 だがその日以来、奏の義勇を付き纏う日々が始まった。


「義勇さん眠くないですか?」
「義勇さんお腹は空いていないですか?」
「義勇さん寒くないですか?あ、逆に熱いですか?」
「義勇さん厠に行かなくて大丈夫ですか?一緒に行きましょうか?」

「・・・・・・・・・」


 そんな彼女がいつかの炭治郎と重なる。
 あれは柱稽古の頃だ。昼夜問わず付き纏われ結局あの時も自分が根負けし終わった。これも、俺が死ぬまで続くのだろうか。あの時と違うのは、炭治郎には話しをしてやれば満足し付き纏われることはなくなった。だが今回は違って、返事を返しても彼女は満足してくれず昼夜問わずひたすら構って付き纏ってくるのだ。

 戸惑う義勇。頭を抱える。

 そして本日も何故か、自分の隣に腰を下ろしては顔色を伺ってくる奏がいる。盛大な溜息をついた後、ちらりと彼女に視線を向ければ瞬時に「どうかしましたか!」と反応してくる。そんな彼女を見て眉間に皺が寄る。


「・・・俺の話、聞いていなかったのか」
「話?えっと、構うな自由にしろっていうお話ですか?」
「そうだ」
「聞いていました。もちろん覚えてますよ!自由にしろって言われたし自分なりに色々考えて、今も自由にしてます」
「・・・俺はそういう意味合いで自由にしろと言ったわけじゃない」
「そうですか、でも私もう決めたんです」
「・・・何を?」
「人である以上、感情を無くすことはできません。それが肩書上だとしても夫になった方が相手なら尚のこと。皆無にすることはできません。義勇さんに目的があるように、私にも目的ができたんです」
「・・・・・・」
「私は義勇さんに残りの人生、少しでも楽しく幸せに過ごしてもらいたいんです。ただそれだけなんです」


 「だからそのためにも何でもします!」そう続けた奏を見つめる。その気持ちは素直に嬉しく義勇にしっかり届いていた。だが、やはり迷惑でしかないのだ。彼女が自分のためにすること全て、俺には結果迷惑でしかなくなるのだ。だから構うなと言ったのに。


「・・・必要ない。迷惑なだけだ」
「え、そ・・・そうなんですか?」
「そうだ。俺のことを本当に思ってくれるならば必要以上に構うな。その方がずっと幸せになる」
「・・・・・・」


 その言葉に何故、と疑問だけが浮かぶ。
 暗いその横顔は、何か隠しているようなそんな印象を奏に与えた。彼には何処か本音が別にあるのではないかと勝手に推測する。

 それならば。「・・・わかりました」そう返した奏に、ようやくわかってくれたか、これで付き纏われる日々に解放されると内心ホッとする義勇だが更に続けた彼女の言葉にそれは束の間で終わった。


「それなら、子供は作りません」
「!」
「構うなと言うなら、ご要望通り私は今日から一切義勇さんに構いません。話しかけないし一切触れないです。でも当然それなら義勇さんも同じです。今日から私に話しかけず一切触れないでください。そうなると子供は作れませんよね。ということは義勇さんの目的は果たせずこの祝言は意味無く終わっちゃいますね」
「・・・それは、困る」
「でも仕方ないですよ。義勇さんがそうしろって言うならそうするしかないですし・・・残念ですねぇ」
「・・・・・・」
「私はもちろん義勇さんの目的を果たすお手伝いをしたいお気持ちは今でも変わらないんですけど、義勇さんがそう言うから仕方ないですよね。義勇さんがそう言うから」
「・・・はぁ、わかった」


 溜息をつく。今回も根負けである。
 子供が作れないなら錆兎との約束が果たせない。未来を繋げない。姉の分も祝言を上げるという目的はクリアできても、彼女との間には最も重要な共同作業がまだ残っているのだ。

 子作りという、大きな壁が。

 だがそれは彼女に触れられないのであれば、達成することが困難になってしまう。


「俺に構うなとは、もう言わない。お前のしたいようにしろ」
「!はい、わかりました!それなら義勇さんもしたいようにしてくれて構いません!ではこれから毎日義勇さんが好きな物作って食べさせてあげますね。少しでも義勇さんが楽しく過ごせるように努めるので!頑張ります!」
「・・・程々に頼む」
「いえ、しっかり尽くします!」


 にこにこと太陽のように笑う奏。とても扱いづらい。そしてこんなつもりではなかったのに。再び溜息をつく義勇に「溜息をつくと幸せが逃げちゃいますよ」と奏は続けた。

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