鬼舞辻無惨との死闘の果て、人を喰らう鬼がいない世界になってから四ヵ月後。
 下級隊士であり何の役にも立たなかった私はたくさんの犠牲の中生き残ってしまい、死闘からもう四ヵ月経った今でも自分の生について悩んでいた。生き残ったところで自分には何もない。喜んでくれる家族も、恋人も、友人も誰もいないのだ。私なんかより、助かるべき命は他にもっともっといるのにと。

 そんな日々思い詰めた生活を送る奏に、突如見合いの話が舞い込んでくるのである。

 目前にいるのは確か元水柱の鱗滝左近次様だ。
 一度も会ったこともなく当然話したこともないそんな御方が何故私の家の戸を叩き、こうして部屋へ上がっては向かい合っているのか正直状況が理解できない。しかも突然やってきたと思えば初対面の相手から見合いの話を切り出されたのだ。

 こんな私なんかと見合いしたいという殿方は、一体誰だというのだろうか。


「あ、あの・・・その私なんかと見合いをしたいとおっしゃられている殿方は一体どなたなのでしょうか・・・」
「鬼殺隊士だったお前もよく知っているだろう、水柱の冨岡義勇だ」
「!?」


 その名を聞いて、何か聞き間違いまたは見合い相手を人違いしてるのではないかと思った。


「・・・何かの間違いではないでしょうか」
「む、間違いではないはずだが・・・義勇は確かに雨宮奏と言っていたがそれはお前ではないのか」
「は、はぁ・・・確かに雨宮奏は私ですけども・・・」
「ならば間違いではないだろう。奏、お前は一人暮らしか?肉親は誰もいないのか」
「は、はい・・・隊士になる前に鬼に襲われ命を落としました」
「そうか・・・義勇ももう肉親は誰一人いない。そうなると見合いをどうするかはお前自身の決断で決めるしかない」
「はぁ・・・」
「強要するつもりは全くない。嫌であればお前が断ったとしても義勇も納得するだろう」


 悩んだ。
 正直鬼殺隊にいた頃、水柱様である冨岡義勇という男とはあまり接点もなく、喋ったこともないのだ。一度任務に同行した経験はあるが、その時は他にも下級隊士は複数いたし彼が私のことを認識して覚えているとは考えにくい。一体いつ私の存在を知ったのだろうか。それとも適当に?何か隊士名簿でも見て気に入った名前だったから選んだとか?もしそうであればあまり深く悩む必要もないのでは。
 それ以前にいつの日か近くで見た水柱様は何とも無表情で無口で、冷徹そうな御方だと印象を持っていて勝手に苦手意識を持ってしまっていた。何を考えているかわからないようなそんな表情をした彼とは、仲良くできるとは思えないのだ。

 そんなこんなで彼に対しては、あまりいいイメージがない。
 だからこんなにも悩んでいるのだ。


「どうする?」


 一人腕を組み悶々と考え込む奏を前に、鱗滝は返答を促す。
 だが水柱様からの見合いの話であるし、一応元上官である。自分なんかが偉そうに断っていい立場ではないと思った。


「・・・わかりました。水柱様との見合いのお話お受けしたいと思います。ご本人ともお話したことがないので、一度会って言葉を交わしてみたいと思いますし」
「・・・そうか、義勇も喜ぶだろう。感謝する」


 喜ぶ?その言葉に引っかかるも、彼ならば他にも女性は選びたい放題だろうに私なんかで本当にいいのだろうか。不安に思いながらも鱗滝さんから見合いの日を取り付けられ特に何もない私はその予定日を承諾し、水柱様との見合いの日をどきまぎしながら待つのであった。



花と共に去りぬ 第一話:花は短きその盛り



 そして見合い当日。
 奏は冨岡邸へと出向いていた。初めてお目にかかる冨岡邸はとても立派なもので、思わずたじろぐ。自分の現在住むボロ民家とは掛け離れて違い、身分の差を改めて思い知らされた。


「改めまして、雨宮奏と申します。不束者ですが本日はよろしくお願い致します」
「冨岡義勇と申します」
「・・・・・・」
「・・・・・・」


 早速沈黙が広がる。会話が続かない。
 そうこの無表情で無口な彼が苦手なのだ。一体何を話したらいいのか、全くわからず思いつかない。それは彼も同じなのか一点を見つめたまま微動だにしない。
 元部下であるのだし、自分から何か話さなくてはと鈍い頭をフル回転させる。


「あ、あの・・・もしかして私をどなたかと人違いしているとかはないでしょうか・・・」
「・・・人違い?」


 結局何を話せばいいかわからず、正直に疑問に思っていたことを口にしてしまった。その問いを聞いた義勇は訝しげな顔を向けてくる。


「わ、私と見合いなんて・・・何か可笑しいです。何かの間違いだと思います。他の女性隊士のどなたかと名前を間違えて覚えているとか、そういうことはないでしょうか」
「いや、間違ってないはずだが」
「そ、そうなんですか・・・えっと、水柱様と接点が何もなかったので・・・お話したこともなかったですし・・・私のような下級隊士の存在を認識されてるなんて思ってなくて・・・」
「・・・・・・いや言葉を交わしたことは、ある」
「え・・・」
「・・・覚えてないようだな」


 しゅんとする義勇に罪悪感が込み上げる。
 話したこと、あったっけ。記憶を辿るも彼と話した記憶は自分にはなかった。だからと言って嘘をついて話を合わせすのも失礼だし、ここは素直に頭を下げて謝ることにした。


「も、申し訳ありません・・・覚えていなくって・・・」
「いや、大丈夫だ。気にするな」
「すみませんすみません・・・」
「・・・本題に入るが、いいか」


 ぺこぺこと頭を下げる彼女を見て、義勇はある一人の男と重なって見えた。
 義勇のその発言を耳にした奏はピタリと動きを止めて、緊張した面持ちで見据える。


「俺には余命が後四年しかない。・・・いや四年もない。それまでに親友との約束を果たすため、祝言を上げれなかった姉の分も俺が祝言を上げたいと思ってる。俺には時間がない。だからその相手を探していた。そこでお前に見合いの話をよこした」
「・・・・・・」
「そして俺は鬼舞辻との戦いで右腕を失った。・・・俺の言いたいことは大体わかるか」
「え、えっと・・・」


 余命が後四年もない。
 右腕がない。
 それだけで奏の思考回路を乱すのには十分であった。何と返せばいいかわからない奏に、義勇は続ける。


「・・・俺と夫婦になっても四年も満足にいることはできない。利き腕を失い、左で不便なく生活できるように特訓はしているが色々と世話をかけてしまうこともあるかもしれない」
「・・・・・・」
「俺と夫婦になる利点が、お前には全くない。そしてこの見合いはお前を幸せにするためのものじゃない。あくまで俺自身の目的のためだ」
「・・・・・・」
「俺達の間に好意は存在しない。周りがする祝言とは違う。その上でしっかり考えろ。嫌なら断ってくれて構わない」


 義勇の切り出した条件は、普通に聞いたらまずありえない話だろう。いくら端正な顔立ちをしているからと言って、余命が四年もない、利き腕もなく世話が必要かもしれない。幸せにするつもりはなく、自分の目的のための祝言だと言っているのだ。誰が聞いてもそう易々とは承諾できない話だろう。


「・・・あの・・・目的というのは一体何でしょうか」


 とりあえず一番気になっていたことを奏は尋ねることにした。
 義勇は視線を斜め下へ落とし、静かに話した。


「・・・先程も言ったが、親友との約束と姉の分も祝言を上げるためだ。俺の親友は昔、最終選別で鬼によって命を落とした。彼と未来を繋ぐという約束をした。そして翌日に祝言を上げるはずだった姉は俺を守るために、鬼に殺された」
「・・・・・・」
「鬼舞辻との戦いでたくさんの柱が死んだ。・・・俺はその中で生き残ってしまった。俺ではなく他に生き残るべき命はあっただろう。だが生き残った以上は残り余命が少なかったとしても、犠牲になった仲間の分も俺は生きて未来を繋がなくてはならない」
「・・・・・・」
「・・・それが俺の目的だ」


 その話を聞いて、奏は衝撃を受けた。
 彼と自分はよく似ていると思った。彼も、自分と同じなのだ。自分なんかよりも他に生き残るべき命はあったのだと。そう思い詰めているのだと。だが私とは違う部分は、彼はそれでも生き残った以上は残り余命がないとしても、生きていかなくてはならないと、未来を繋がなくてはならないと思っているのだ。

 そこが、私とは大きく違うところだった。
 そして彼の考えはとても立派で、ただ思い詰めて生きてるのに死んだように過ごしていた自分がとても恥ずかしく思った。


「・・・水柱様はやはりとても立派な御方ですね。自分が恥ずかしくなりました」
「・・・別に、俺は立派じゃない。本当に立派なら救えた命はもっとあったはずだ」
「・・・そんなこと言ったら私はなんなんでしょうか・・・」
「・・・それと、俺はもう水柱じゃない」
「あ、すみません!えっと、えっと冨岡様・・・」
「・・・・・・」
「お話はわかったのですが、一番引っかかることを伺ってもよろしいでしょうか」
「何だ」
「何故私なのですか。他にもいくらでも冨岡様となら夫婦になりたいという女性はいるかと思いますが・・・」
「・・・いない。こんな荷物にしかならない夫を欲しがる女は、そういないだろう」
「そ、そうなんですかね・・・」


 義勇の表情は暗い。
 その表情からこの見合いもダメ元で断られるだろうと思って持ち出しているのだと察した。確かに冷静に考えれば、この祝言に利点はない。夫婦になり子供を授かっても、彼は先に旅立ってしまう。子供と自分だけが残され生きていかなくてはならない。生活費は隊士時代のちょくちょく貯めていた資金があるし、彼も柱だったのだ。困ることはないかもしれないが。

 易々と承諾していい話ではない。
 だが、先程の話を聞いて義勇の思いは奏にしっかり届いていた。失った仲間の分も生きて、明日が来る限り未来を繋がなくてはならないのだと。そして戦いに何も役に立たず生に対し悩んでいた自分が彼の目的を果たす役に立てるのであれば。そう考えたら答えはもう一つしかなかった。

 「わかりました」そう発した奏に、義勇は下げた顔を上げる。


「私なんかでよろしければ、冨岡様の目的を果たすお手伝いをさせてください。不束者ではありますが、よろしくお願い致します」
「・・・本当に、いいのか」
「はい。私も冨岡様と同じ、生き残ってしまい悩んでいました。他に助かるべき人はたくさんいたのに自分なんかがって。でも冨岡様はそれでも未来を繋ごうと、生きようとしている意思に心打たれました。お役に立てるのであれば何でもします!」


 そう明るく言って、にこりと笑んだ奏を見て、誰と重なって見えたのか義勇は理解した。彼女は何処か炭治郎に似ているのだ。きっと同じタイプの人間なのだろう。自分のことよりもまず他人のために善良を尽くす。炭治郎のことをよく知っているからこそ、義勇はそんな彼女に対し心にしこりができるのであった。

 こうして縁談はまとまり、晴れて奏は冨岡奏となるのだった。

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