目が覚めた瞬間、頭痛が酷く顔をしかめた。二日酔いだ。途中で飛んだ記憶を虚ろな脳を働かせ辿れば、最後に見たのは義勇の悲しそうな横顔だった。





空蝉 第五話:あなたのうたのひびくところ





 そういえば彼は?というかここはどこだ?

 気付けば、奏は何処か見覚えのある他人の家で温かい布団に包まっていた。隣を向けば傍らに義勇の姿があった。胡坐をかき、隊服のまま眠っている。どうして座ったまま眠っているのだろうか。そう考えた矢先、自分の手が彼の隊服の裾を掴んで握りしめていることに気付き、そっと放した。
 恐らく裾を掴んでいたせいで隊服を脱ぐこともできず、そのままの位置で眠ってしまったのだろう。こんな手、解いて自由にすればいいのに。

 首をコクコクと揺らして眠っている義勇をじっと見つめる。

 長い睫毛、サラサラな黒髪。
 整った綺麗な唇。

 上半身を起こし、そっと彼に近づいた。きめ細かなその肌は本当に男なのかと思わされる程綺麗で、触れようと手を伸ばした瞬間。ゆっくり義勇の瞼が開き至近距離にいる奏を捕らえた。


「っ!?」
「おはようございます、冨岡さん」


 あまりの近さに驚いたのか咄嗟に奏と距離を取る義勇に、その反応が実に初心過ぎて奏を笑わせるには充分だった。


「ふふ、そんな驚かなくても。すみません、昨日途中で眠っちゃって。ご迷惑をおかけしました」
「・・・・・・」
「でもまさか自分の家に連れ込むとは、冨岡さんもなかなかやりますね」
「・・・他に思い浮かばなかった。身内の誰かに鴉を飛ばそうとも考えたが・・・」


 義勇は自分に配分された鎹鴉の寛三郎のボケ具合を思い出し言葉を切る。


「それは難しいですね。私には家族はいないので」


 それを聞いて義勇は奏を見つめた。
 彼女は続ける。


「冨岡さんと同じ、天涯孤独なんです」
「・・・そうか」
「私達似た者同士ですね。ところで冨岡さんこんな広い家に一人で住んでるんですか?」
「そうだ」
「女中とか雇ってないんですか?」
「雇ってない」
「それは寂しいですね、家では常に一人ですか」
「別に寂しくない」
「じゃぁたまにこうやって泊まりに来てあげましょうか」
「・・・何のために?」
「うーん、親睦を深めるために?」
「・・・・・・」
「どうせお互い一人ぼっちなんですから、二人でいた方が楽しいじゃないですか」
「・・・・・・」
「それに、冨岡さんはもう少し女の耐性を身に付けた方がいいと思うんです。今後のために」
「(今後?)別に必要ない」
「例えば女の耐性が付けば、もしかしたら女好きの柱や隊士と気が合って仲良くなれて居場所を見つけるいい機会に繋がるかも」
「・・・一理ある」
「でしょでしょ」


 義勇は意外と真に受けやすい男であった。
 そんな手もあるのかと関心している義勇の隙を見て、奏は彼の頬に手を添えようと伸ばすが、流石は柱。それに瞬時に義勇は反応し躱した。


「そんな躱さなくても・・・鬼の攻撃じゃないんですから」
「・・・・・・」
「さて、お腹空いたし朝餉にしません?冨岡さんはいつも何食べてるんですか?というかこの家に食べ物あるんですか」


 台所へ向かおうと立ち上がるも、俯いたまま何も反応しない義勇に奏は小首を傾げた。何か思いつめたような、そんな様子だ。とりあえず自分が寝ていた布団の上にぐしゃりと置いてある彼の半々羽織りを拾い畳もうとした時。「小鳥遊は・・・」そう口を開いた義勇に振り向く。


「男慣れしてるのか・・・」
「・・・・・・はい?」


 目線を横にずらす義勇。
 質問の意図が残念ながら奏にはわからなかった。男慣れとは。男の経験があるかということだろうか。


「・・・冨岡さん、それはつまり私に男とまぐわいの経験があるのかと聞いてるんですか」
「・・・もう少し言葉を選べ」
「え?何のですか?まぐわいって言葉ですか?」
「・・・・・・もういい」


 ぷいっとそっぽを向く義勇。
 彼は基本機嫌を損ねるとそっぽを向く傾向があるようだ。わかりやすすぎると思った。

 そして年頃のくせにまぐわいという言葉が彼はどうも恥ずかしいらしい。それが奏にとってとても可笑しく、同時に可愛らしくて仕方がなかった。


「冨岡さんって機嫌損ねるとそっぽ向きますよね」
「損ねてない」
「じゃぁこっち向いてください」


 そう言えば渋々こちらへ顔を向けてくれた彼の表情はとてもむすっとしている。子供みたいだ。母性本能を擽られる。


「・・・冨岡さん可愛いところあるんですね」
「馬鹿にしてるのか」
「してないですよ、褒めてるんです」
「・・・で?」
「で?」
「・・・慣れてるのか」


 今度は目を逸らさずに真っすぐに群青色の瞳を向けて尋ねてくる彼に、奏は小さく息をついた。どうしても知りたいらしい。知ったところでなんなのか。奏は義勇の羽織りを綺麗に畳みながら淡々と答える。


「慣れてるというか、経験はありますよ。恋仲だった方も今までいますし」
「・・・そうか」
「まぁでも本気になった人は今の今まで一人もいませんけどね」
「なら何故そういう関係を求める」
「関係?恋仲ってことですか?んーなんとなく?寂しさ埋めるためとかでしょうか」
「・・・・・・」
「一時的な関係ですよ。寂しい時に一緒にいるだけ。だから本気になれないしならないんです。だっていつ死ぬかわからない身だし、大切なものを作ったって失った時悲しい思いして後悔するのは自分じゃないですか」


 「だから本気にならないんです」そう最後に付け加えた奏の言葉を、義勇は黙って耳を傾けていた。彼女もきっと俺と同類で過去に家族や大切な間柄の人を失ってしまったのだろうと察した。自分よりも先に柱になり、前線で刀を振るってきた一見強く見える彼女の脆い部分が垣間見え、義勇は何処か充足を感じている自分がいることに気付く。


「・・・まぁ冨岡さんみたいな人なら、本気になってもいいかもですね」
「!」


 そう何食わぬ顔で小さく呟いた奏に義勇は固まる。聞き間違いだろうか。否、彼女は確かにそう言った。自分が相手なら本気になってもいいかもと。

 畳んだ羽織りを置き、朝餉を求めて台所へ向かおうとする奏の手を義勇は咄嗟に掴んだ。


「!冨岡さん?」
「・・・そう思うなら、」
「・・・・・・」
「もう他に男は作るな」
「え?冨岡さんどういう、」


 意味ですか。
 そう言い終える前にぐいっと掴まれた手を引かれ、腰に義勇の腕が回ったと思えば次に優しく彼の口で塞がれる私の口。状況を理解するより先に、目前にある伏せられた長い睫毛に見惚れてしまい抵抗することも忘れてしまっていた。

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