奏と義勇は他愛のない会話をそれなりに楽しんで食事をしていた。その中奏の酒のなくなるペースは変わらず早く、この女は酒豪なのだろうかと隣で義勇は少し引き目で伺っていた。


「・・・少しペースを緩めろ」
「えー?何のです?」
「酒だ」
「まだまだこれからですよ、冨岡さん心配してるんですか?優しい人ですねぇ」
「・・・はぁ」
「そうだ、私冨岡さんのこともっと知りたいんです」


 そう言われ内心どきりとする。
 俺の一体何を知りたいというのだろうか。隣の彼女を見てみれば既にこちらを見上げていて視線が交わった。頬がほんのり赤く染まっている。これは、酔っている。そう確信した時薄々嫌な予感が胸に広がった。


「・・・何を」
「ん、誕生日」
「二月八日」
「好きな食べ物」
「・・・鮭大根」
「ご趣味」
「詰め将棋」
「ブフッ!」
「!?」


 詰め将棋と答えた瞬間、奏は噴き出した。
 笑われた。心外すぎる。義勇は思わず固まる。


「詰め将棋って・・・冨岡さん地味なんですねぇ」
「・・・・・・」
「好きな食べ物が鮭大根っていうのも、なんか渋いし」
「・・・・・・聞きたいことはそれだけか」
「ふふ、もしかして怒ってます?」
「・・・・・・」
「冗談ですよー機嫌直してください」
「・・・別に損ねてない」


 徐々に隣の彼女が自分の方へ距離を詰めてきているような感じがするのだが、気のせいだろうか。肩と肩が触れ合いそうだ。


「ご兄弟とかいますか?」
「・・・・・・姉がいた」


 酔っている脳でも、「いる」ではなく「いた」という義勇の過去形である発言を聞いて、奏はすぐに察した。


「お姉さんは、どんな方だったんですか」
「・・・・・・何故そんなことを聞く」
「ん、知りたいなって思って。話したくないなら結構です。どうせ酔って覚えてないですから」
「・・・・・・優しい姉だった」


 間を空けて小さく呟いた義勇の悲しげな横顔を奏はじっと見つめた。


「・・・そうですか。冨岡さんがこれだけ優しい人なんだから、きっとお姉さんも同じくらい優しい方なのでしょうね」
「・・・俺は別に、優しくない」
「私には十分優しい人だと思いますけど」
「・・・どこが」
「えーだって、こうやって私の誘いにもきちんと来てくれましたし、私を待たせたら悪いからって早めに待ち合わせ場所に来たり。前科もありますし」
「・・・・・・」
「命の恩人です、私にとってあなたは」


 そこまで言った奏に、義勇はぷいっとそっぽを向く。そんな彼に気付いてずいっと距離を詰めては顔を覗き込んだ。


「あれれ、照れてます?」
「照れてない。近い」
「この距離で近いんですか?冨岡さんって初心ですよね、女慣れしてないんですね」
「・・・・・・」
「もしかして・・・・・・」


 童貞ですか。
 そう続けようとした瞬間、それ以上言うなと目で訴えられ仕方なく口を閉じる。そして義勇から離れ体勢を戻し、奏は続けた。


「それなら、冨岡さんはお姉さんの分も幸せにならないといけないですね」
「・・・・・・別に、俺は幸せなど、」
「一緒に頑張りましょう。いくらでも協力しますから」


 恩もありますし。そう続けて笑った奏に、義勇は己の冷え切った心が僅かに温かくなるのを感じた。

 恐らくこの時から、俺は彼女に惹かれていたのだと思う。





空蝉 第四話:あなたの檻に触れる






 それから何かの糸が解けたように俺は彼女に自分のことを話した。姉、蔦子のこと。錆兎のこと。今まで誰にも話したことがなかった話を。

 やけに静かに聞き入っているなと思い、ちらりと横目で奏を確認しようとした瞬間。肩に重みを感じ見てみれば。


「・・・寝てる・・・?」


 義勇の肩に頭を凭れて奏はすやすやと寝息を立てていた。それを見て義勇は目が点になる。せっかく人が繊細な部分の話をしているのに。彼女は聞いていなかったのだ。
 
 溜息をついて、どうしたものかと眉を寄せる。


「・・・小鳥遊」
「んー」
「起きろ。帰るぞ」
「んー」
「はぁ・・・・・・」


 薄々感じていた嫌な予感はこれだったのか。溜息しか出ない。というかここのお代は結局俺が支払うのか。おごると言っていたくせに。

 仕方なく義勇は自分の賽銭から勘定を済ませ、ぐったりしている奏を背中に負ぶってやる。その際足を開くような体制に着物が崩れ裾が開き足が丸見えになってしまった。これはさすがにまずいと思った義勇は、一度彼女を下ろし自分の羽織りを脱いで再度奏を負ぶり、着物の乱れた部分は羽織りを巻いて隠してやった。

 これからどうするか。
 奏の家の場所を義勇は知らない。思えば自分のことばかりで彼女の話を全く聞くことができなかった。

 彼女に家族はいるのだろうか。迎えに来てもらった方が安心するだろうか。だが一体何処宛に誰へ報せればいいのか。考えるもいい案が浮かばず義勇は眉を寄せる。仕方なく彼女を連れて自分の家へ戻ることにした。

 お館様から用意してもらったこの家は、自分には広すぎる。奏一人が泊まろうとも、何の支障もなかった。
 とりあえず奏が風邪を引かないようにと家に着くなり彼女を自分の布団の上に寝かせ、厚めに掛け布団を被せてやった。部屋も少し温めてやろうと薪ストーブを稼働させようと立ち上がるも、隊服の裾をギュッと掴まれそれを阻まれる。当然掴んでいるのは彼女だが、無意識なのか変わらず眠ったままである。夢でも見ているのだろうか。
 裾を掴む手を解こうとそっと触れた時。眠っている彼女の目から涙が頬を伝っていることに気付いてしまい、解くのを辞めた。

 何故、泣いているのだろうか。怖い夢でも見ているのだろうか。
 仕方なく傍らに座り、頬を流れる涙を指で拭ってやった。

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