すっかり傷も体力も回復し、ようやく奏は蝶屋敷のベッドから卒業することができた。目が覚めてから義勇は見舞いに来ることはなかったが、一眠りし起きると花瓶の花が別の物に変わっていることが多々あった。不思議とカナエに尋ねれば私が寝ている時に見計らうように義勇が見舞いにやってきていたらしい。そんなコソコソする必要もないだろうに。一体彼がどんな顔で花を手に見舞いに来てくれていたのか見れずに残念に思う。

 更に休養中、奏の警備担当地区も義勇が見てくれていたとか。借りをたくさん作ってしまい彼には感謝しきれない。

 とういうことで、奏は現在冨岡邸にやってきていた。


「どうして居留守なんてするんですか?失礼な人ですね」
「・・・・・・」
「お見舞いも来るのは決まって私が眠っている時だったみたいですし、そんなに私と顔合わせるのが嫌ならわざわざお見舞いに来なくても、・・・」


 そこで言葉を切る。
 こんな憎まれ口を叩きに冨岡邸にやってきたのではない。彼に感謝の言葉を伝えに来たのではないか。

 だが奏は腹を立てていた。
 今もこうやって家に来ても最初は居留守を使われ、見舞いも見計らうように眠っている時に来ていた。それは遠回しに自分に会いたくないのではないかと。そのことが奏の中で引っかかっていた。

 自分は、違うのに。

 向き合い正座をしている目前の義勇に、奏は一度深呼吸をし頭を深く下げた。


「任務先でのこと、献血、お見舞い、担当地区の代行。ありがとうございました。冨岡さんには感謝しきれません。あなたがいなかったら今頃私はここにはいないと思います」
「・・・・・・」
「本当にありがとうございました」
「・・・頭を上げろ」


 そう言われた通りに頭を上げて義勇を見る。
 彼もまた奏を見ていて視線が交わう。


「当然のことをしたまでだ。別にそこまで感謝されることではない」
「そんなこと・・・」
「お前を死なせはしないと言っただろう」
「!」


 涼しい顔で、何てことない顔をした彼だが助けに来てくれた時に聞いた穏やかな声色でそう言われ、心臓がどきりと動く。じっと見つめ合い時が止まったような錯覚に陥る。

 そこで奏は初めて義勇がとても端正な顔立ちをしていることを知ってしまった。

 ハッと我に返る。


「そ、そうだ・・・冨岡さんよければ今夜ご一緒に食事でもどうですか」
「・・・何故?」
「お礼をしたいからです。もちろん私が奢りますから」
「礼はさっき述べただろう。これ以上はもう必要ない」
「・・・それじゃ私の気が収まらないんです。借りをいくつも作ったまま帰れません」
「・・・・・・」
「承諾してくれないと、私ここに泊まりますよ?」
「好きにしろ」


 脅しているのに好きにしろとは、耳を疑う。拍子抜けして項垂れた。泊まれるはずがないだろう。この人は一体何を考えているのか。否、何も考えていないからこその発言なのか。


「いや、あの・・・そう返されても困ります。何で私が冨岡さんの家に泊まらなければいけないんですか?」
「?泊まると言ったのはそっちだろう」
「もー!そういう意味じゃないんですけど」
「・・・ならどういう意味だ」
「はぁー・・・」


 大きく溜息をついた奏を見た義勇はむっと眉を寄せる。
 彼女の言っていることがよくわからない。泊まるというから好きにしろと返したのに、何故か逆ギレしだす彼女が義勇には何とも不可解であった。

 すっと立ち上がる奏を目で追う。


「今日の夜、七時です。西の繁華街で待ってます」
「・・・・・・」
「では失礼します」


 それだけ言い残し、奏は冨岡邸を後にした。
 玄関の戸を閉め、立ち止まり振り向き建物を見上げる。決して広くはないが、義勇以外の人の気配は全くなかった。一人にしては広すぎるだろう。女中も誰も雇っていないのだろうか。

 いつもここで一人で過ごしているのだろうか。

 思い返せば、義勇のことを自分は何も知らなかった。




空蝉 第三話:ふたりという機能不全




 夜。
 義勇との待ち合わせ時間が迫る中。何の着物を着て行こうか奏は悩んでいた。あまり意気込んでお洒落して浮いてしまっても恥ずかしい。あまり強調しすぎない花柄の着物を選ぶことにして、いつもの羽織りを身に纏った。

 もしかしたら、彼は来ないかもしれないし。

 少し早めに家を出て、自分が指示した繁華街へと奏は足を運んだ。そして待ち合わせ場所に既に人影がいることに気付き、足を止める。

 義勇だ。
 約束の時間は七時。奏はその十五分前にたどり着いた。だが既に義勇はその場所にいるのだ。一体どれぐらい前から。


「・・・すみません、お待たせしました」
「・・・俺も今着いたところだ」


 嘘つけ!


「・・・結構前からいるように見えましたけど」
「・・・・・・待たせたら悪いと思い早めに来た」
「・・・お気遣いありがとうございます」
「・・・・・・」


 それにしても、
 義勇を下から上へ見る。彼は何故か隊服にいつもの半々羽織りであった。


「冨岡さん、何で隊服なんですか?」
「・・・駄目か」
「駄目じゃないですけど、せっかくの・・・」


 せっかくの、なんだ。
 逢瀬?いや、別に隠れて会ってるわけではないし。確かに誰にもこのことは話していないが。
 一人悶々する奏を目前に、義勇は彼女の着物を見つめていた。
 彼女は隊服ではなかった。そしてその着物が自分の姉、蔦子がよく着ていた物に似ていて懐かしさが込み上げる。

 そんな義勇の視線に気づいた奏は眉を寄せた。


「・・・何ですかそんな見つめて」
「・・・その着物・・・」
「・・・・・・」
「・・・よく似合ってる」
「!?」


 恥ずかしかったのか、間を空けてそう述べた義勇に、予想だにしなかった奏は顔を真っ赤にする。何を言われるかと思えば、この人は本当突然何なのか。


「・・・何か企んでます?」
「・・・・・・」


 訝しげな顔を向ける奏に義勇はじとりと目を細める。
 義勇は義勇で彼女がわからないでいた。俺は褒めたつもりだったのに、何かまずかっただろうか。企んでいるかと不審がられる始末。

 そうして二人移動した先は、良い時間帯なのもありたくさんの人で賑わった居酒屋であった。カウンター席に腰を掛け、目を輝かせながらメニューを楽しそうに眺めている奏を横目に見た義勇は、食べるのが好きな女なのだろうなという感想を抱く。


「・・・酒、飲むのか」
「飲みますよもちろん。冨岡さんも飲みますよね?」
「飲まない」
「付き合い悪い人ですね」
「・・・・・・」


 そこからは隣で酒をぐびぐびと喉に流し込む奏を、義勇は始終不安そうに横目で見守っていた。俺はまだ茶一杯飲み切っていないというのに。

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