義勇と分かれ、左の道へと進んだ奏は全速力で鬼の元へと進む中漂う血の臭いに足を止めた。すごい腐臭だ。羽織の袖で鼻を覆いながら辺りを警戒し歩みを進めると、道は広い敷地へと出た。そこにはボロボロの家が建っていてその周辺には何体もの死体が転がっており、どれも鬼が食い散らかしたのだろう原型を留めていない。家族だろうか。
近くにいる、鬼が。
鞘を握りしめゆっくり崩壊しかけている家へと近づく。
すると薄暗い部屋の中から突如、人気を察知し刀を構えた。
「助けて!!」
「!」
薄暗い部屋から飛び出すように現れたのは血塗れの少年だった。切羽詰まったような表情で奏の元へ這いずりながら手を伸ばすその少年に、奏も咄嗟にその手を取ろうと伸ばす。が、少年に続いて出てきた鬼の大きな手がそれを阻み再び少年を部屋の中へと引きずり戻した。
少年を助けなければ。躊躇なく少年と鬼の手が消えていったその部屋へ奏は飛び込むと、中には鬼の姿はなく片隅の方に先ほどの少年がうずくまるように怯えている姿があった。鬼に捕まったように見えたが。周りを警戒し続けながら少年の前まで近づき膝をつく。
「怪我はない?」
「うんうん・・・お姉ちゃんはなに?助けにきてくれたの?」
「そうだよ、もう安心していいよ」
「よかったぁ、怖かったよぉ」
そう言って泣きじゃくりながら自分に抱き着いてきた少年の背中を安心させるために擦ったその瞬間。脇腹辺りに激痛が走り眉を寄せる。視線を少年から脇腹へと移すと、いつの間にか手にしていた少年のナイフが奏の脇腹を貫いていた。
「っ痛ッ・・・!」
「ごめんねお姉ちゃん、許してね・・・こうしないとあの化け物が僕のお母さん食べちゃうんだ。お母さん助けるためなの、ごめんね」
咄嗟に少年と距離を取り自分の体に刺さるそのナイフをゆっくり引き抜く。刺された場所が場所なだけあり出血の量がよろしくはない。早く止血しなければ。
だが思ったように全集中・常中ができていないことに気付き止血することが困難だった。ナイフの先に毒でも塗られていたのかもしれない。だらだらと嫌な汗が額から頬へ滴り落ちる。その時、鬼の気配を察知し攻撃が来る方向がわかっていながらも体が動かないため避けることができず、攻撃を真面に食らい体が吹っ飛び宙を舞った。
地面に叩きつけられ、傷口の痛みに悲鳴に似た声を上げる。その際大量の血が口から溢れた。
これは、ちょっとやばいかも。
まさか人間に刺されたことが致命的で鬼の攻撃を避けれず命を落とすだなんて。避けれたとしてもこのままだと出血多量で死ぬ。柱として不甲斐ない。
だんだん霞む視界に、こちらへ向かってくる鬼の姿が僅かに確認できた。
ここまでか。そう諦めて瞼を下ろそうとした瞬間。私の前に庇うように立ちはだかる人影と水模様が現れ、それが先程憎まれ口を叩いた相手だったとわかると目を見開いた。
「・・・無事か」
一瞬で目の前の鬼を討伐し、地面に倒れ伏せっている奏の傍らに膝を付く義勇。
何処か穏やかなその声色を向けた彼に少し戸惑う。
「と、冨岡さん・・・?加勢には・・・来なくていいって言ったのに・・・」
「傷口を見せろ」
奏の体を抱え、血の出どころを探ると脇腹辺りからだとわかり傷口を見る。義勇はその傷口を見て鬼からの攻撃で負ったものではないとすぐにわかった。ナイフのような刺し傷だったからだ。
すると少し離れたところから自分を見ている視線を感じ、奏からそちらへ顔を向ける。そこにはこちらの様子を不安そうに伺っている少年が立っていた。彼が刺したのか。そう眉を寄せ睨む義勇に、少年はビクリと肩を上下させた。
「冨岡さん」そう下から呼ばれ、少年から再度奏へと視線を戻す。
「あの子は・・・何もしていないから咎めないであげてください」
「・・・何」
「仕方がなかったんです、それよりもあの子の母親を鬼から助けてあげてください・・・恐らく他にも鬼がいます・・・」
子供といえど、如何なる理由があろうとも自分を刺した相手を庇う彼女の心境を義勇は理解に苦しんだ。どうせ鬼から脅され自らの命または母親の命の代わりに、柱である彼女を殺せなど言われたのだろう。別に少年を見捨てるつもりはないが、何も咎めないでくれと言うのはお門違いなのではないだろうか。義勇は悶々とする。
すると抱えていた奏の口から大量の血が溢れ出て、俺の羽織りを赤く染めた。
「私は・・・もう厳しいと思います・・・早く鬼を倒して、あの少年と母親を連れて帰還してください・・・」
「・・・・・・」
「最後に憎まれ口を、すみませんでした・・・」
確かに、彼女からの血の量とどんどん青白くなっていく顔色にこのままでは彼女が死んでしまう。一刻も早く彼女を本部へ連れて蝶屋敷へ連れて行かなければ間に合わない。
口端から流れる血を羽織りの袖で拭ってやりながら、義勇は口を開いた。
「諦めるな」
「・・・・・・」
「・・・俺に居場所を与えるんじゃなかったのか」
「・・・そう、言いましたっけね・・・・・・」
「言った。ならこんなところで死ぬな」
「・・・与えてもらう気満々ですね・・・」
「・・・それまで、お前を死なせはしない」
何ですかそれ。そう小さく笑いながら意識を手放した奏を優しく地面に寝かせ、着ていた羽織りを掛けてやる。そして義勇は少年の母親を助けに他の鬼の元へと刀を手に向かった。
空蝉 第二話:ここは呼吸するところ
目が覚めるとそこは蝶屋敷の寝台の上であった。
どうやら自分は一命を取り留めたらしい。
心地よい風が入ってくる窓辺に視線を向けると、棚の上に花瓶があり綺麗な花が挿してあった。とても綺麗な花だ。誰が持ってきてくれたのだろうか。
「あら、目が覚めたのね」
そんな鈴の音のような声が聞こえ、視線を下へ向けると柱で唯一同性であり仲が良い花柱の胡蝶カナエが部屋に入ってきた。
「気分はどうかしら」
「大丈夫、治療ありがとうカナエ」
「いえいえ。でも出血多量で危なかったんだから。彼がいなかったら今頃黄泉の国を彷徨ってる頃だったかもしれないのよ」
「彼?」
「水柱の冨岡くん」
やはり私を蝶屋敷へ連れて帰ってきてくれたのは、冨岡さんのようだ。
「そっか、冨岡さんが蝶屋敷に連れてきてくれたのは感謝しないとね」
「それだけじゃないのよ、ここへ運ばれた時あなたは本当に出血が多くて血が足りない危険な状態だったの。それを冨岡くんが献血に協力してくれたのよ」
「けんけつ・・・?」
「そう。医療も少しずつ進歩しているの。奏のように血が足りない場合、他人から血を分けてもらう治療があるのよ。今回偶然にも冨岡くんが同じ型だったから早急に進めることができて、そのお陰であなたは一命を取り留めたの。彼がいなかったら危なかった」
自分が意識を手放している間にそんなことがあったとは。
カナエの言う献血というものがどういったものか、今一よくわからなかったがとにかく冨岡さんが自分の血を私に分けてくれたお陰で助かったらしい。
自分の体に彼の血が混ざっている。結論そういうことで、何とも言えない感情が込み上げて来る。
「それ」そう窓辺の花瓶を指差してカナエは続けた。
「その花も冨岡くんが持ってきてくれたのよ」
「な、なんで・・・」
「なんでって、あなたのお見舞いに彼何度も来てるのよ。いつも綺麗な花を持って。意外と紳士なところがあるのね」
「・・・・・・」
「回復したらちゃんと彼にお礼を言いなさいね〜」
「うん・・・」
ふふふと何処か楽しそうに笑うカナエに、奏は小さく頷く。
自分を蝶屋敷まで運んでくれたこと、血を分けてくれたこと、何度もお見舞いに来ていてくれたこと。それに任務先でもしくじった私を助けにきてくれた。憎まれ口を叩いた後だったというのに。
きちんとお礼をしなくては。だがお礼って何をすればいいんだろうか。
「カナエ」
「んー?」
「お礼って何をしてあげればいいの?何か贈った方がいいのかな」
「そうね〜しっかり面と向かってお礼を述べるだけでも十分彼は嬉しいんじゃないかしら。奏がしてくれることは何でもきっと嬉しいと思うの。だって奏は可愛いんだもの」
「え・・・それ関係なくない?」
やはりカナエの言っていることはたまに参考にならないことがある。仕方なくベッドの上でうーんと考える奏の傍らで、カナエは微笑ましく見守るのであった。