「私がもし鬼になったら、義勇はどうする?」


 まぐわいを終え後戯に充足を感じた後。
 そう突拍子もなく尋ねてきた奏に、彼女の髪を弄っていた義勇の動きが止まる。


「・・・何故、そんな事を聞くんだ」
「ん、特に理由はないけど義勇ならどうするのかなって思って」
「・・・ありえない、鬼になるなど・・・」
「・・・・・・」


 私の髪から手を退け、背中ごとそっぽを向いてしまう義勇。雑談の一種で聞いてみただけなのに。答えてくれない義勇に、奏は小さく息を吐いた。

 晒された肌を隠すようにして布団を深くまで被り、隣の筋肉質な背中に寄り添っては瞼を下ろした。肌と肌で直に伝わる体温がとても心地良く何よりも温かい。


 「お前がもし、鬼になったら・・・」そう背中越しに聞こえてきた義勇の声に耳を傾ける。


「その時は俺が首を斬る」
「・・・そっか、私も斬られるなら義勇に斬られたいなぁ」
「・・・こういう例え話、俺は好きじゃない」
「あーはい、ごめんなさいね。機嫌直して」
「別に損ねてない」
「じゃぁこっち向いてよ」


 そう言えば、少し間を置いた後にゆっくり体ごとこちらへ向いた義勇の顔は、口をへの字に曲げてむっとしていた。
 そんな彼の両頬に手を添えて、への字に曲がった唇を舌で舐め上げる。すると群青色の瞳が僅かに欲情に染まったのが垣間見え、義勇の首に両腕を回し抱き着いた。当たり前のように彼の腕が背中に回り、互いの熱を確かめ合う。


「今日このまま寝ちゃいたいなぁ」
「風邪を引く。せめて襦袢を着ろ」
「めんどくさい〜義勇がこのまま朝まで温めてくれれば問題ないよ」
「・・・はぁ」


 小さく溜息をつかれた。
 だが義勇が優しいのを知っていて且つ自分にとても甘いのをよく理解している奏は、そんな彼の溜息に気にすることなくそのまま瞼を下ろした。




空蝉 第一話:彼方から降る歌




 奏は義勇よりも先に柱になった。
 それまで彼とは知り合う機会もきっかけもなく、義勇に初めて会ったのは彼が水柱に昇格し、柱合会議に初めて参加した時のことである。

 初対面の義勇は、それはそれはとても無愛想で好印象を持てなかった。


「冨岡さん、私が何柱かご存知ですか?」
「・・・・・・」
「雪柱なんです。雪って水の呼吸の派生なんですよ」
「・・・・・・」
「私の名前、覚えてくれていますか?」
「・・・・・・」


 何を言っても反応がなかった。
 近づけばそっぽを向かれ、その向いた方向に移動して顔を覗き込めばまた逆の方へ顔を逸らされ目が合うことすらなかった。


「・・・俺に構うな」
「!どうしてですか?」
「俺は好きで柱になったわけじゃない。お前達とは違う。だから慣れ合うつもりもない」
「・・・・・・」
「ここに俺の居場所はない」


 珍しく長く彼の口から出た言葉はそれだった。
 それを聞いて奏はなんと暗い男なのだろうと印象を受ける。だがその影が差す表情が何故かほっとけなくて、居場所がないなら作ってあげたいとさえ思った。


「居場所がないなら、作ればいいんですよ」
「・・・・・・」
「私が、作ってあげます」


 別に好意はなかった。
 ただ同じ柱として、レールに乗らない彼のことが心配になり、他の柱や下級の隊士とも上手くやっていけないことも鬼殺隊に支障をきたし兼ねないと思ったのだ。


「・・・勝手にしろ」
「はい、勝手にします」


 それからはいつも一人でいる義勇に奏は暇さえあれば付き纏う毎日を送った。
 それを見た周りの柱、特に宇髄の冷やかしにはうんざりしたが。

 だが、義勇はなかなか心を開いてはくれなかった。


「冨岡さん、一緒の任務は初めてですね」
「・・・・・・」
「そういえば、私の名前ちゃんと覚えてくれてますか?」
「・・・覚えてない」
「・・・それはさすがに傷付きますね、あんなに話かけてるのに」
「・・・・・・」
「じゃぁ何の呼吸使いか覚えてますか?初めて会った時に話したと思いますけど」
「・・・覚えてない」
「はぁ・・・・・・」


 深く溜息が零れる。
 相変わらずそっぽを向いたまま、私を見ようとせず名前すら覚えてもらえない始末。
 すると珍しくこっちを向いたかと思えば彼から出た言葉に奏は限界を迎えた。


「俺に話しかけなくていい。黙って任務に集中しろ」
「・・・そうですか、ごめんなさいね」


 この男は駄目だ、とても仲良くなれそうにない。
 額に青筋を浮かべながら、報告があった鬼の出現場所へと二人走って向かう。
 その先に二手に分かれる道があった。


「二手に分かれる。俺は右を行く」
「・・・・・・」
「・・・返事ぐらいしたらどうだ」


 奏の額に二つ目の青筋が浮かんだ。
 自分は散々返事をしない上に、先ほど黙って集中しろと言ったくせに、この人はなんなんだろうか。


「黙って集中しろと言われたので。それにいつも冨岡さんも返事しないじゃないですか。そのお返しですよ」
「・・・・・・」
「この任務だって柱二人も必要ないんですよ。私一人で十分なんだから。なので冨岡さんはその辺で休んでもらって構わないですよ」
「・・・・・・」
「右の鬼の討伐が先に済んでも私の方へ加勢に来てもらわなくて結構なので。なんなら先に報告しに本部へ戻ってもらって構いませんから。さようなら」


 そう言って左の分かれ道へ走っていく奏を義勇は見送った。
 怒っている。何をそんなに怒る必要があるんだろうか。そう思いながら義勇も右の道へ足を進めた。本当は彼女の苗字も名前も、何柱かもきちんと覚えていた。だが覚えていない振りを続けた。これ以上彼女と関わりを深めたくなかったからだ。何故こんな自分に構うのか、あの女がよくわからない。

 だが、こんな二人が恋人に変わるのはそう先の話ではなかった。

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