義勇と恋仲になり早一年が過ぎようとしていた。
 時が経つのは早い。そして時は様々な傷を徐々に癒してくれる。カナエの喪失感も奏の中では完全に消えることはないものの、少しずつ和らいでいった。

 義勇が任務へ赴いている中。奏は今日もカナエの墓参りに一人足を運んでいた。だが今日は珍しく先客がいて、丈の短い羽織の背中に「殺」と書かれた文字を見つめる。あれは確か、風柱の


「不死川くん?」
「!」


 声をかければとても驚いたのだろう、実弥はバッと振り向いた。相変わらず目が血走っている。彼はカナエが亡くなる少し前に柱の仲間入りを果たした。柱合会議で初めて顔を合わせた時の第一印象はお館様への態度が悪く何とも良い印象を持てなかった。


「もしかしてカナエのお墓参りに?」
「・・・だったら何だァ」
「いや意外だったから。今の今まで一回も鉢合わせたことなかったし」


 その言葉を聞いて実弥は釣り上げた目尻を僅かに落とした。


「・・・お前、毎日墓参りに来てんのか」
「そうだよ。任務でたまに来れない時もあるけどね」
「そうか」
「もしかして不死川くんも?」
「・・・俺は違う」


 意外だった。まさかカナエに親しい男がいたとは。しかもそれがあの不死川くんだったとは考えもしなかった。だが思い返せば実弥が柱になってからも時折カナエが彼を心配して気遣っているところを見かけたことがある。真意はわからないが、実弥も思うところがあるのだろうと思った。

 いつものように花屋で購入した花を墓に添え手を合わせる。
 そんな奏を実弥は背後からそっと見守っていた。


「不死川くん、もしかしてカナエのこと好きだったりしたの?」
「そんなんじゃねェ。色々と世話になっただけだァ」
「ふーん、まぁそういうことにしておいてあげる」
「・・・・・・」
「その傷、それ以上増やさないようにね」


 カナエも心配してたから。そう付け加えて傷だらけの頬に触れて案じた奏が、実弥にはいつかのカナエに重なって見えた。似ている。喋り方や容姿は似てないものの、彼女は雰囲気が何処かカナエに似ていると実弥は感じた。胸に広がる温かい気持ちに一瞬戸惑い、顔の筋肉の力が抜ける。


「気安く触んじゃねェ」
「あらあら恥ずかしがり屋さんなのね」
「うるせェ」




空蝉 第十四話:空蝉と化した慈雨




「――ってことが今日あってね」


 たくさんの桜が満開しているその木の下で、奏は草むらに寝っ転がりながら実弥との出来事を隣に座っている義勇に話した。それを聞いて実弥がどういう人物だったか記憶を辿る。少し前に柱合会議で初めて顔を合わせたばかりだが、挨拶を交わした時に睨みつけられたしとても怒りっぽい印象が義勇の中にはあった。


「不死川くん、義勇と同い年なんだって。柱になったのは義勇が先だし色々と助けてあげて仲良くしてあげないとね」
「・・・不死川は怒りっぽいし、睨んでくるから仲良くできそうにない」
「そこは義勇が柔らかく行けばきっと大丈夫。まず笑うことから練習してみよっか。ほら笑って見せて」


 寝っ転がっていた体を起こし、義勇の両頬に手を添える。至近距離でお手本としてか、口角を上げて笑ってみせた奏に対し義勇の口角は真っすぐのまま変わることはなかった。むしろ少し下がっている。


「義勇さん怖い顔してますよ」
「奏が不死川の話ばかりするからだ」
「はいはい、嫉妬ね。男の嫉妬は見苦しいって知ってた?」
「・・・・・・」


 見苦しい。
 その言葉に胸がズキリとする。知らなかった。彼女は自分の嫉妬を見苦しいと感じているのか。しゅんとする義勇に奏は少しからかいすぎたかと、その首に腕を回して抱き着いた。


「冗談だよ、見苦しくないから。他の男ならそうだけど義勇は別」
「・・・どうだか」
「もう拗ねないでよ。何したら機嫌直してくれる?」


 ぷいっとそっぽを向く義勇に「鮭と大根買ってあげたら許してくれる?」と付け加える。鮭と大根を単品で貰っても何も嬉しくない。俺の名を呼びながら頭をぐりぐり押し付けてくる彼女に、そっと懐に忍び込ませていた雪の結晶が装飾された簪を取り出すとそれを奏の髪に挿してやった。突然の贈り物に奏は目を丸くする。


「え、これは?」
「簪」
「いやそれはわかるけど、何で?」
「・・・前に、付けていた簪を落として失くしただろう」


 それを聞いて記憶を辿る。
 義勇と恋仲になる少し前、他の男と逢瀬を楽しんでいたのを目撃され義勇に手を掴まれ強引に走り連れ出された時。その勢いで髪に挿していたお気に入りの簪を落としてしまったことを思い出した。

 義勇は続ける。


「ずっと代わりの物を渡そうと思っていた。遅くなってすまない」
「もう一年も前のことだけど・・・ありがとう。毎日つけるね」
「・・・毎日俺がつける」
「うん。・・・・・・ん?」


 自然な流れでつい普通に頷いてしまったが、耳を疑った。毎日俺がつけるってどういうことだ。言葉の意図が汲み取れず彼の表情を伺うと一度視線を落とし再びこちらに向けた義勇の群青色の瞳が奏を真っすぐ見つめた。


「俺と、祝言を上げて欲しい」


 その一言に、フリーズする。

 祝言とは、如何なるものだっただろうか。
 冷静に考えればすぐに答えは出る。夫婦になるという意味だ。


「ちょ、ちょっと待って。どうして急に」
「・・・駄目か」
「駄目とかじゃなくって、何でそんな、急にこのタイミングで・・・」
「俺は・・・ずっと考えていた」
「え・・・」
「奏と一緒にいたいから」


 ぽつりと小さく呟く義勇。
 奏は考えたこともなかった。このご時世で誰かと祝言を上げるなど。一ミリも。そんなことは鬼がいなくなって平和になってからでいいだろうと思っていた。そんな日常が自分の生きている間で訪れるかは定かではないが。

 固まる奏に義勇は不安を抱いた。


「・・・奏」
「あ、はい」
「どうなんだ」


 いつの間にか優しく手を握られていることに気付き、聞き間違いではないのだと理解した途端顔に熱が集中していく。


「でも・・・祝言を上げたとして、私はまだ柱として鬼殺隊にいたい」
「・・・・・・」
「子供とか・・・まだ作るのはちょっと・・・」
「・・・子供は、まだいい」
「え・・・じゃぁ何のための祝言なの?」


 そう戸惑いながら問われ、義勇は視線を逸らす。
 夫婦になる利点が理解できていない彼女に対し、義勇の中ではちゃんとした理由があった。奏を自分のものだと縛るためだと。そして夫婦になればいつか彼女の考え方も変わって刀を置き、身の危険も減り自分の帰りだけを待っていてくれるかもしれないと。自分の目の届く範囲にいてくれれば、自分が彼女を守れると。

 だがそれを直接彼女に明かす勇気はなかった。


「・・・お前は、俺と一緒にいたくないのか」
「それはいたいけど・・・」
「なら何を迷う必要がある」
「・・・・・・」
「・・・他に、好きな奴がいるのか」


 その悲し気な声色に奏は慌てて首を振る。


「いるわけないでしょ」
「・・・それなら、俺のそばにいてくれ」


 何処か懇願するように言われ、内心戸惑う。
 すぐに肯定の言葉が出ない自分の心境にも戸惑う。

 ここ最近、義勇はやたら離れないでくれと不安がる傾向があった。まるで私が離れて何処かで行ってしまうのではないかと恐れているように見えた。何処にも行かないのに。

 ぎゅっと握られた手を、優しく握り返す。


「・・・わかった。少しだけ考えさせて欲しい」
「・・・・・・」
「安心して。別に他に誰かいるとかそういうんじゃないから。私が好きなのは義勇だけだし、私もずっと一緒にいたい気持ちは同じだから」
「・・・わかった」


 納得してくれて内心胸を撫で下ろす。
 ひらひら舞う桜の花弁が彼の前髪に引っかかり、それを優しく払ってあげるとその手を掴まれぐいっと抱き寄せられる。力いっぱい抱き締めるその背中に腕を回した。


 この時のことを、とても後悔している。


 後日。任務を下され発つ前にカナエの墓参りに足を運んだ。
 いつものようにお花を添えて、そこにはいないというのにカナエに話しかける。


「実はね、義勇に求婚されちゃった。こんな私が・・・でもすぐ返事が返せなかったの。同じ気持ちなのに・・・自分だけこんな幸せばっかりでいいのかなって思っちゃって」


 ふわりと風が靡いて、カナエに髪を撫でられたような感じがした。彼女ならきっと「奏は贅沢していいのよ」って言うに違いないだろう。


「・・・答えは決まってるんだけどね。じゃぁ行ってきます」







 任務は単独の何てことないものだった。東京王都付近で十二鬼月が現れたとの情報だったが十二鬼月ではなかった。辺りの鬼を殲滅し、任務は無事終えた。

 日が沈むまでまだ少し時間がある。奏は鎹鴉に義勇への手紙を届けるように頼んだ。"返事を返したいので、あの桜の木の下で待っている。"と言葉を添えて。

 鴉が飛び去っていくのを見送って、帰路を辿った。
 だがその途中で、奏は鬼と遭遇することになる。


「やあやあ初めまして。君とーっても可愛い女の子だねぇ。すっごく俺好み」


 そう背後から声をかけられるまで気配に気づかなかった。瞬時に刀を抜き振り下ろすも軽々と避けられてしまい対峙した相手を見据える。その鬼は血を被ったように赤色が特徴的な鬼であった。


「俺は童磨。君の名前は何ていうの?教えてほしいなぁ」


 今まで斬った鬼とは違いその気迫と強さに、刀を握った手が震えた。


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