「奏は最近笑顔が本当に増えたわね」


 目前のカナエの言葉を聞いて奏は湯飲みから口を離す。


「え、そうかな」
「そうよ。幸せ全開って感じ。見てるこっちも嬉しくなっちゃう。冨岡くんのおかげ?」


 そう言われ改めてカナエの洞察力の鋭さに恐怖を覚えた。
 思えば義勇とのことは誰にも打ち明けていない。親友であるカナエにすら。隠す理由も特にないし、親友になら話してもいいだろうと奏は義勇との進展を素直に話すことにした。


「そう、冨岡くんと上手く行ってるのね。ようやく奏にも大切なものができて、自分のことのように嬉しいわ」
「ありがとう。カナエが後押ししてくれたお陰でもあるんだよ。これからはどんな状況下でも意地でも生き延びるんだって思うようになった。・・・義勇がいるから」
「冨岡くんだけじゃない、奏にもしものことがあったら悲しむのは私だって同じなんだから」
「・・・そうだね。もちろんカナエだってその一人だよ。本当にいつもありがとう」


 奏の一言にカナエは目を丸くする。
 奏とは長い付き合いだが、何処か死に場所を探しているようなそんな節があった。だから心配で気に掛けるようになったのがきっかけで、こうして話す仲に変わっていったのだ。義勇という存在のお陰で、ここまで彼女が明るくなるとは思ってもいなかった。少し妬けてしまう。自分にはそれができなかったから。


「そう言われちゃうと、私もそう簡単には死ねないわね」
「当たり前でしょ。妹のしのぶちゃんだって悲しむし。そういえば最近孤児を引き取ったっていう話を聞いたけど」
「そうなのよ。とっても可愛い子なの。今度奏にも紹介するわね」
「うん」


 笑い合う。唯一わかり合えていた親友。
 カナエとのこの何てことない雑談の時間が、最初は面倒くさかったけれどいつの間にか自分の支えの一部に変わっていてとても必要な時間だったということを、後日彼女が上弦の鬼に惨殺されたという訃報を聞き喪失感を覚えて初めて実感した。





空蝉 第十二話:病に似合う花の色





「・・・今日も行くのか」

 
 眠っている義勇の腕からすり抜けて襦袢を着て隊服を身に纏っていると、目を覚ました彼から声をかけられ振り向く。重たそうな目を擦っている姿はあどけなく口元が緩む。


「うん、行ってくる」
「俺も行く・・・」
「そう、カナエも喜ぶよ」


 二人で冨岡邸を後にし、途中花屋に寄ってたくさんの花を購入し鬼殺隊の墓地へと足を運んだ。ずらりと並ぶ墓石の中、胡蝶カナエと書かれた墓石の前まで行くと花を添えて手を合わせる。その後ろ姿を義勇は黙って見守っていた。
 奏はカナエが亡くなってから任務の日以外は毎日墓参りに足を運んでいた。もちろん義勇はそれを知っていた。それ程、奏にとってカナエは大切な存在だったのだろう。カナエの訃報を聞いた日から、しばらく塞ぎ込んでいた奏を慰めるべく可能な限り自分が傍にいてあげたことで彼女は大分回復した。
 それでも相手が同性の親友だとわかっていながらも、少しモヤモヤしてしまうこの感情に情けなく思う。


「カナエの後押しがなかったら、義勇とも恋仲になってなかったもしれないんだよ」
「そうか・・・」
「もちろん義勇がいてくれなかったら、私塞ぎ込んだまま立ち直れなかったかもしれない。だからありがとうね」
「・・・俺は、するべきことをしたまでだ。好きな相手が悲しんでいたら支えるのは当然だろう」
「聞いた?カナエ。無口な水柱様もこんな色ボケたこと言うんだよ」
「・・・・・・」


 むっとする義勇に笑う。
 そして隣に並び屈んで手を合わせる彼の横顔を見守った。

 「・・・あ、奏さん」そう背後から声をかけられ振り向くと、そこには花を両手に抱えたカナエの妹であるしのぶが立っていた。その後ろには葬儀の時に見かけた女の子もいる。


「と、・・・冨岡さんまで。お二人お揃いで」
「こんにちは、しのぶちゃん」
「こんにちは。毎日花が添えてあるのでどなたかと思えば・・・やはり奏さんだったんですね。いつも姉のためにありがとうございます」
「ううん、しのぶちゃんも色々大変でしょう」
「いえ、大したことありません。今後姉さんの後継として柱に加わることになると思ので、お二人にはお会いする機会も増えることでしょう。その時はよろしくお願いします」
「こちらこそ。ところでその後ろの子」
「はい、姉さんからお話聞いてると思います。カナヲと申します」


 そう言って紹介されたカナヲは表情もなく、ぼうっと佇んだままであった。あの子がカナエの言っていた引き取った孤児か。彼女の髪飾りを見てみればカナエのつけていた蝶の髪飾りと同じであることに気付く。

 「よろしくねカナヲちゃん」そう手を差し伸べるも、ぺこりと頭を下げられるだけであった。


「・・・じゃぁ私達はこれでお暇するね」
「はい、また近いうちに。冨岡さんも」
「・・・・・・」


 そして奏と義勇は墓地を後にした。
 「何か食べようか!」そう無理に明るく振る舞う隣の彼女に少しばかり胸が痛む。そして義勇の中にはカナエが亡くなったことで、一つ不安ができていた。


「あれ、なんだか不機嫌さんだね」
「・・・奏」
「何?」
「もし仇を取ろうと考えているならやめろ」
「!」


 義勇の言葉に奏は足を止める。
 図星か。固まる彼女の様子を見て義勇の不安は大きくなり眉を寄せる。


「・・・考えてないよ」
「嘘をつくな」
「・・・嘘じゃないよ。そりゃカナエを殺した上弦の鬼と遭遇する機会があるなら、その鬼は殺すよ。カナエの分も、命をかけて私が殺すよ」
「・・・・・・」
「でも・・・自ら探しに回ったりはしないよ。だってそんなことしたら義勇嫌がるでしょ」
「・・・遭遇したとしても、戦うな」


 それを聞いて今度は奏が眉を寄せる。


「戦うなって・・・柱である私が上弦の鬼に出くわしても戦わずに逃げろって言ってるの?」
「そうだ」
「冗談でしょ・・・今のは聞かなかったことにする」
「冗談じゃない」
「義勇、自分が何を言ってるかわかってる?」
「・・・わかってる」
「わかってる上で言ってるなら正気じゃないよ。ごめん、今日はもう帰るね」


 義勇の言葉に心から呆れ、失望した。
 柱が柱に言う台詞ではない。下級隊士相手に言うならまだしも、私は柱なのに。義勇よりも先に柱で最前線で戦ってきたというのに。見下されているのだろうか。上弦の鬼を相手にできるのは、柱しかいないというのに。

 義勇に背を向けて自分の家へと向かおうと歩き出すも、右手首を掴まれそれを阻まれる。振り払おうとした瞬間、その手を引かれ抱き締められた。


「離して義勇」
「離さない」
「やだ、もう!今日は義勇の顔もう見たくない!」


 それを聞いて義勇は一瞬ショックを受けるも、腕の力を緩めることはなかった。
 

「・・・俺が柱として間違ったことを言ってるのは重々承知してる。鬼と遭遇して逃げるなど、柱がしていいことじゃないとわかってる」
「・・・それなら何であんなことを言うの」
「・・・どうしてもお前に危険な目に合って欲しくないからだ。上弦の鬼と対峙すれば、どんなに強い柱だとしても無事では済まない」
「・・・・・・」
「お前は胡蝶の分も仇を打とうとして無理をするだろう。・・・もう目に見えてる」
「義勇・・・」
「俺は・・・奏には生きていて欲しい」


 弱々しい義勇の声。
 確かに上弦の鬼と対峙し戦うとなれば、無事では済まないだろう。過去何人もの先代柱達も上弦の鬼の手によって命を落としてきた。その歴史が上弦の鬼の強さを物語っている。
 義勇の想いは奏にしっかり届いていた。自分が逆の立場なら、義勇には死んでほしくないと思うだろう。それでも柱である以上、鬼から命欲しさに逃げるなどできわるわけがないのだ。

 義勇の背中に腕を回し抱き締め返す。


「義勇の気持ちは、わかった。私もそんな簡単に死ぬつもりはないし、昔の私だったなら生に執着してなかったけど今はもう義勇がいるから。義勇を置いて先に死んだりしないよ」
「・・・・・・」
「こんなご時世だけど、私も義勇と一緒に生きたいんだよ」
「・・・俺も、お前と生きたいと思ってる」
「そう、気が合うね」


 よしよしと自分より大きいその背中を撫でてやる。
 体を離した義勇の顔を見上げれば不機嫌そうに口をへの字に曲げていた。子供のようにあやされたことに対して不満なのだろう。そんな表情も今となっては愛しいものである。
 「ご飯食べに行こっか」そう彼の手を引いて歩みを再開した。
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