担当地区の警備を終え自分の家へと向かっていると玄関の前に佇む影に気付き、足を止める。塀に背を預け腕を組んだ義勇がこちらに気付き顔を上げた。

 一秒でも早く彼の元へ戻りたい。走って走って自分よりも一回り大きいその体に飛びついた。そんな奏を義勇はしっかり受け止める。


「私の家の前で待ってるなんて、水柱様はお暇なのね」
「・・・・・・」
「冗談だよ、怖い顔しないでよ」


 皺が寄った義勇の眉間を人差し指でつつく。だがその手を掴まれそのままぎゅっと抱き締められた。
 義勇とはようやく正式な恋仲へとなった。お互いの気持ちを確認し合い、より仲が深まった。それからというもの彼は隙や時間さえあれば甘えてくるようになった。初めて会った時の義勇からはとても想像できない一面である。親密になればなる程、本来の彼を日常の些細なことで発見することができて奏は楽しくて仕方がなかった。そしてより義勇を想う気持ちも強くなるのだった。


「このまま義勇の家行っていい?」
「・・・俺はこれから任務へ発つ」


 その一言に浮上した気が降下する。


「・・・そっか」
「だから発つ前に会いに来た」


 降下した気が義勇が続けたその言葉に少しだけ戻っていく。
 僅かな時間でも会いに来てくれたのだと知ると胸がいっぱいになる。

 嬉しくてにやけてしまうのをなんとか平然を装いながら、奏はからかうように返した。


「義勇は本当に寂しがり屋さんだもんねー」
「悪いか」


 あっさり認められてしまい、からかい甲斐がない。
 以前なら「寂しがり屋じゃない」と返していたのに。実に素直になったと改めて思う。


「悪くないよ。私も義勇が任務に行っちゃうの寂しいから」
「・・・顔上げろ」


 言われた通り顔を彼へと上げれば、すぐに下りてくる彼の顔。唇と唇が触れ合う。誰もいないからいいものの、義勇は少し大胆にもなった気がする。触れるだけではお互い満足できなくて徐々に深さを増し、舌も使って接吻に夢中になる。塀に背中を押し付けられ、義勇の手が奏の隊服に触れた。流石にその手を奏は掴み制止させる。


「こら、外なんだから駄目」
「・・・・・・」
「続きは義勇が無事帰ってきてから。でも怪我したらお預けだからね」
「お預け・・・」
「嫌でしょ?それなら意地でも怪我しないように頑張れるでしょ」
「・・・確かに」
「はい、そういうことでいってらっしゃい」


 そう言った瞬間、目を丸くして固まる義勇に奏は小首を傾げる。


「義勇?」
「・・・姉を思い出しだ」
「お姉さん?」
「昔、よくそうやって見送ってくれた」
「・・・そうなの」


 懐かしむようで悲しそうなその表情に、奏は優しく微笑むと彼の髪を撫でてやる。


「じゃぁこれからは私がそう見送ってあげるから、そんな悲しそうな顔しないで」
「・・・・・・」
「ほら、鴉が来たよ。もう行かないと」


 そう促して義勇を任務へと向かわせる。名残惜しそうに離れていく彼の背中に、もう一度「いってらっしゃい」と声を掛ける。それに振り向く義勇に笑って手を振った。
 こんな日々が続けばいいのにと、刹那に思った。






 義勇は下された任務先で鬼の討滅を済まし、その帰り。自分の警備担当地区を見回ってから本部へと戻ろうと考えていた。
 雪が降り積もる中、義勇は炭治郎と鬼になった禰豆子と出会うことになる。




空蝉 第十一話:限りなく続くための永遠




 一日かかった任務を終え、その後炭治郎に出会い彼に育手である鱗滝を紹介し鱗滝への手紙を書き終えた後。義勇は本部へ報告に戻った。
 予定よりも時間がかかってしまった、その帰り。彼女の家に行くかとりあえず自分の家へ戻るか悩んだ挙句、一度自分の家へ戻ることにした。

 すると家の玄関前に佇む人影に気付き足を止める。奏である。この前と立場が逆で少し可笑しく思った。奏は義勇の存在に気付くと、走って向かってきてはその勢いのまま義勇の首に抱き着いてきて思わず体がよろける。

 突然の抱擁に何かあったのかと内心戸惑う。だがすぐに耳元で言われた「お帰り!」という彼女の声に、任務での疲労がすっと消えていくのがわかった。


「・・・ただいま」


 心が温かくなる。
 抱き着く奏の背中に腕を回した。







「・・・任務の帰り、ある兄妹に出会った」

 まぐわい後。
 怪我を負わずお預けを食らわなかった義勇は、隣にいる奏の髪に触れながらぽつりと呟いた。まぐわい後あまり自ら喋らない彼からのその発言に、珍しく思い奏は耳を傾ける。


「妹の方は鬼に襲われ鬼化していて、俺は兄を襲うと思い首を斬ろうとした」
「うん・・・」
「だが妹は兄を襲わずに、むしろ兄を気絶させた俺を敵と認識し立ち向かってきた」
「・・・・・・」
「妹は重度の飢餓状態だった。にも拘わらず兄を守る動作と俺に対し威嚇した」
「それで、どうしたの?」
「妹を人間に戻すため鬼殺隊士になると言った兄には育手を紹介してやった」
「・・・人間に戻るわけないでしょう」
「・・・・・・」
「義勇だってわかってるくせに、戻れるなら今まで死んだ鬼達が報われない」
「・・・だが人を襲わない鬼もいるのだと、俺は今日初めて知った」
「・・・そうね、そんな鬼ばかりだったら人間との共存も可能かもしれないね」


 未だ髪を弄る義勇の分厚い胸板にすり寄る。その兄が鬼殺隊に入るならば、いつか顔を合わせる日もそう遠くはないかもしれない。


「私がもし鬼になったら、義勇はどうする?」


 彼が何と答えるか知りたくて、そんな質問を投げてみる。すると髪を弄っていた彼の動きがピタリと止まった。


「・・・何故、そんなことを聞くんだ」
「ん、特に理由はないけど義勇ならどうするのかなって思って」
「・・・ありえない、鬼になるなど・・・」


 何でそんなことを聞いてくるのか。彼女が不可解で背中を向ける。
 奏が鬼になるなんて、ありえない。あってはならない。冗談でも考えたくもなかった。
 だが、もし、もし彼女が鬼になってしまったら。選択肢は自分の中に一つしかない。今日出会った妹のように人を襲わない鬼になる可能性なんて極めて低いだろう。


「お前がもし、鬼になったら・・・その時は俺が首を斬る」


 そう返すと奏は肯定した。自分も俺に斬られたいと、そう言った。
 だが冗談でもそんな場面を想像したくはない。そしてもし万が一彼女が鬼になった時、自分は本当に首を斬れるのかと心に問うと、斬れるはずがなかった。矛盾した感情に悶々とする。

 襦袢を着ずそのまま寝て朝を迎えるつもりの奏に、やれやれと溜息をつきながら風邪を引かないようにと布団をしっかり被せてやり、彼女の体を温めるため背中に腕を回して抱き締めながら義勇も瞼を下ろした。





 その夜、夢を見た。
 夜だった。

 目前の彼女は目を腫らして泣きじゃくっていた。夢の中の俺はどうしたらいいのかわからず、狼狽えることしかできない。


「・・・義勇が行かないなら、私はこのまま太陽の下に出る。その意味・・・わかるでしょ?」


 わからなかった。
 手を伸ばしたくても自分の右腕がないことに気付いた瞬間、夢から覚めて現実へと意識が戻る。
 なんて夢だ。そして断片過ぎて何の夢なのかも理解できなかった。隣を見やればすやすやと気持ちよさそうに寝息を立てている奏がいる。その頬に手を伸ばして触れると、くすぐったそうに笑って「義勇」と言った。可愛い。体を起こし、そっと彼女の唇に自分のそれを重ねた。
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -