好き、という気持ちが自分の中でまだはっきりしていない状態で彼女を抱いてしまったことに少なからず罪悪感を感じていた。


「冨岡さん、本当に童貞だったんですね」


 冨岡邸。
 一枚の布団の上で隣にいる奏がそうぽつりと呟き、それを耳にした義勇は居たたまれない気持ちになる。


「・・・良くなかったか」
「いえ、満たされました。ありがとうございました」


 体ごとこちらへ向いてそう満足そうに言う奏から顔を背ける。まぐわいの後のこの時間は気まずさしかない。何を話せばいいのか、どのタイミングで服を着ればいいのか。義勇にはわからず眉を寄せる。

 そんな義勇に対し、奏は遠慮なく覆い被さるように身を乗り出しては顔を背けた義勇の耳元に口を寄せるとからかうように小さく囁いた。


「冨岡さんの初体験、ご馳走様でした」
「・・・・・・」
「ふふ、そんな怖い顔しないでください。いいじゃないですかーこれで童貞卒業できたんだから」
「・・・襦袢を着ろ」
「え、何でですか急に」
「目のやり場に困る」
「今更ですか?脱がせたの誰ですか?」


 他でもない自分である。
 義勇は奏から目を逸らし、小さく溜息をついた。


「冨岡さんの体は逞しくていいですね。私こんな逞しい人に抱かれたのは初めてです」


 そう言いながら胸板から下へゆっくり指を滑らす奏の手つきが厭らしく、ピクリと体が反応する。その手を掴んで制止させると顔を上げた彼女の澄んだ瞳と視線がぶつかった。それだけで今まで生きてきて感じたことのなかった性欲というものが不思議と沸き上がり義勇の体に熱を帯びる。ゆっくり彼女の顔が近づき唇を寄せられ、それを素直に受け入れた。


「ん、冨岡さん、舌」
「・・・・・・」
「舌、もっと出して」


 言われるがまま舌を伸ばせばそれを絡め取られ吸われる。頭の芯が痺れる感覚に陥る。彼女とのまぐわいはもちろんだが、接吻だけでも十分自分にとっては快感でしかなかった。

 だが経験は彼女の方が当然何枚も上手で、リードすることができない自分に嫌悪する。そして不満に思う。いつまでも上にいる奏を義勇は掴んでいた手を引いて位置を逆転させた。

 「寒いです」そう何も纏っていない奏が下で身震いしていたので、背中に腕を回し包んでやる。直に伝わる体温は何よりも温かく心地よいものであった。


「・・・人肌って何でこんなに温かいんでしょうね」
「・・・そうだな」
「以前抱いてくれた人は冨岡さんよりも小柄な人だったので、ちょっと物足りなかったけど冨岡さんは大きいから温かくて安心します」


 彼女は少し無神経過ぎると思う。
 他の男の話を普通に出すところが。彼女が今まで何人の男とまぐわいを交わしてきたか知らないし、知りたくもない。義勇の中で一番嫌なのは、比べられることであった。


「・・・俺の前で他の男の話をするな」
「もしかして嫉妬してます?」
「うるさい」
「あっ・・・待って、冨岡さん」
「待たない」


 俺の腕の中で余裕そうな表情を浮かべていた奏が、愛撫することによって僅かに表情を崩す。それを見下ろして抵抗しようとする手を掴んで、俺は再び彼女の体に触れた。





空蝉 第八話:愛らしい眩暈





 それから奏と義勇は小まめに文通をするようになった。

 と言っても、奏が送るばかりで義勇からはほぼ返事はない。その理由がわからない奏は少し不満に感じてはいたが、こちらからの指定した場所と時間に必ず会いに来てくれる彼に良しとしていた。そうすることで二人逢瀬の時間を作ることができた。

 だが、お互いまだ気持ちの確認をしていなかった。寂しさや欲求を満たすだけの恋仲。果たして本当にそれが恋仲と呼べる関係なのか。互いに疑問に思っていながらも口にすることはなかった。

 二人のことは奏の親友のカナエにも、他の柱にも誰にも打ち明けていない。

 そんな中義勇は二つ、不満を抱えていた。


「冨岡さん、起きてください」


 それは奏がなかなか名前を呼んでくれないことと未だに敬語で話すことである。


「私今日の夜任務へ発つので居ませんから」
「そうか・・・」


 冨岡邸。
 襦袢に腕を通しながらそう言った彼女の後ろ姿を眺める。
 今日の夜は、会えないのか。ここほぼ毎日といってもいい程彼女とは頻繁に逢瀬をしているのに。それが自分の中で当たり前のことに変わってきていて、一緒に居れない時間を寂しく感じるようになってしまった。

 そして冨岡ではなく義勇と、下の名前で呼んで欲しいが何と言えばいいのかわからない。思えば自分も彼女のことを未だに小鳥遊と呼んでいることに気付く。というより普段呼ぶ機会があまりない。

 自分が下の名前で呼べば、彼女も呼んでくれるようになるだろうか。

 「・・・奏」そう着々と隊服を身に纏っていく奏に名を呼んでみる。すると頬を赤く染めた顔が俺に向けられた。


「え・・・え?」
「どうした」
「どうしたじゃなくて、何ですか急に名前・・・」
「・・・駄目か」
「駄目じゃ、ないですけど・・・」


 本来恥ずかしがるべき部分は堂々としているくせに、たかが下の名を口にしただけで恥ずかしそうに頬を紅潮させ口ごもる奏が義勇には可愛く映って仕方がなかった。

 すっと小さな手を掴み、自分の方へ引き寄せて抱き締める。


「・・・何ですか冨岡さん、今日はやけに甘えたさんですね」
「・・・・・・」
「というか、冨岡さん襦袢着たらどうですか。風邪引きますよ」


 ・・・呼んでくれない。
 俺の腕からするりと抜け出し、布団の横に畳んで置いていた襦袢を手にし広げては自分の肩にかけてくれる奏に不満そうな顔を向けた。そんな義勇の表情に奏は小首を傾げる。


「?どうかしました?」
「・・・敬語」
「え?」
「もう敬語はやめろ」
「あ・・・なんか癖で出ちゃうんですよね」
「俺の方が年下の上に柱になったのも後なのだから、普通に話せ」
「まぁ確かに。じゃぁ敬語やめるね冨岡さん」
「・・・・・・」
「冨岡さんそういうところ気にするんだね、意外」


 敬語はなくなり少し距離が縮まったような感じがして義勇は内心嬉々する。名前呼びも時間が解決してくれるだろうか。いつまでも襦袢姿で服を着ようとしない義勇に「ほら早く着て。朝餉にしよう」と隊服と羽織りを押し付けた奏からそれを受け取り、渋々と身に纏った。

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