「お帰りなさい兄上、奏さん!」
「ただいま、千寿郎」
「た、ただいま・・・」


 二人並んで煉獄家の門まで歩いてきた兄と奏に、千寿郎は小走りに駆け寄って出迎えた。
 この家に戻れば、いつだって「お帰り」と自分を迎えてくれる人がいる。それが奏には歯痒く、未だに慣れないことであった。




灯火 第七話:足跡を辿れば君の心




 千寿郎が昨夜作り置きしてくれていた食事を朝餉にし、疲れ切った体を自室で休めている時。襖越しから「奏、今少しいいだろうか」と師の声が聞こえ短く返事をする。スッと襖を開け大きな包みを両手に入ってきた杏寿郎の前に奏は正座をした。


「・・・その包みは?」
「うむ!俺と千寿郎からの最終選別突破と鬼殺隊入隊祝いだ!」


 そう言って差し出された包みを受け取る。ゆっくり包みを開くと中身は羽織りであった。師範が前に最終選別に残った暁に羽織りを仕立ててやると言っていた約束を覚えてくれていたのだと、それを見て胸がいっぱいになる。
 羽織りを優しく持ち広げてみれば、密璃の物とは違い裾の方へ向かって炎のような柄がグラデーションに染まっていた。それは師範が今羽織っている炎柱だけが纏うことを許されたあの羽織りを連想させられる。思わず感激し固まる奏に、杏寿郎は不安に感じ口を開いた。


「どうだ、気に入ってくれただろうか」
「・・・はい、師範の羽織りに少し似ていますね」
「うむ!その方が喜ぶと千寿郎から勧められてな!」
「千寿郎が・・・」
「せっかくだ、着て見せてくれ!」
「はい」


 立ち上がりそれを羽織ろうとすると、師範も続きそっと私の手からその羽織りを取っては広げて着させてくれた。そして一歩後退り腕を組んで私を眺めた師範は満足そうに頷いて見せる。


「うむ!とても似合っている!」
「・・・ありがとうございます。誰かに贈り物を頂くのは生まれて初めてで、とても嬉しいです」
「・・・・・・」
「この命尽きるその日まで、この羽織り大切にします。師範、本当にありがとうございます」


 そう言って自分の体ごと羽織りを抱き締め嬉しそうに微笑む奏を見て、杏寿郎は眉を落とした。
 今まで自分が親や周りの友人、仲間にされてきた当たり前のようなことを彼女は何も経験していないのだ。親の愛も、姉妹の愛も、何も知らないのだ。何と幸薄いことだろうと杏寿郎は思い詰めた。同時にそんな彼女を鬼殺隊士にして刀を振るう幸せとは掛け離れた道へ誘ってしまい、本当に良かったのだろうかと疑念が生まれた。自分の判断は間違えているのではないだろうかと。


「・・・喜んでくれて何よりだ!何か必要な物があれば遠慮なく言ってくれ!お前はもう一人ではないんだ。俺がいる!もちろん千寿郎もいる!何かあっても一人で抱え込む必要はないんだ」
「はい、ありがとうございます」


 そう言ってぽんぽんっと頭を撫でてくれる杏寿郎に、奏は微笑み返した。
 「ところで」そうほわほわした雰囲気だった中、急に表情を険しくさせた杏寿郎に緊迫した雰囲気に変わり、奏は顔を引き締める。


「はい、何でしょうか」
「隊服の支給はいつだ」


 何を言われるかと思えば、杏寿郎の口から隊服の話が出てきたことに少し気が抜ける。


「え・・・わかりませんが、まずは体の寸法を測りその後に縫製してもらわないといけないようです」
「そうか。ならば隊服が支給されたら試着する前にまず俺に見せろ」
「・・・はい、わかりました」


 そう気難しそうに話す杏寿郎に、不思議に思いながらも奏は承諾した。
 翌日鬼殺隊本部にある隊服縫製室へと寸法を測りに出向くと縫製係の前田まさおという隠を紹介された。
 初めて奏と対面した前田は時が止まった。人形のように肌が白く綺麗で、艶やかな長い髪に、吸い込まれるような澄んだ大きな瞳。密璃やしのぶ、今は亡き姉のカナエ以来の逸材だと前田の心は震えたのだ。


「あ、あの・・・お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか・・・?」
「奏と申します」
「奏さんですね。あなたのような御方の隊服を作らせて頂くことができて私前田はとても幸せに思います。あなたの魅力を最大限に惹き出せるような隊服に仕上げますのでどうぞ期待してお待ちください」
「はい、お願いします。前田さん」


 その麗しい口からまさか自分の苗字が発せられるとは。前田は眩暈を感じながらも胸がいっぱいになり悶えだ。ドキドキする。こんな美女のスリーサイズを測れるだなんて、この上ない幸福だ。もう今日一日は何があっても耐えて行ける。測りを震える手で握りしめながら、何とか乱れる呼吸を整えようと口布の下で深呼吸を数回繰り返した。気を抜いたら鼻の下がすぐに伸びてしまう。


「し、失礼致します」
「はい」


 こうして奏の体の寸法を測る僅かな時間は、前田にとっては至福の一時となった。結局始終鼻の下が伸び切ったままだった。バストは密璃やしのぶ程のサイズではなかったにしろ、大満足だった。


「隊服はいつ支給されるのでしょうか」
「この後すぐに縫製に掛かりますので、今日中には支給可能かと思います」
「わかりました、それではよろしくお願いします」


 寸法が終わり、もうここに用が無くなった奏は立ち去ろうと前田に一礼し部屋を後にする。その後ろ姿に前田はもう帰ってしまうのかと名残惜しむように見つめるも、何かまだ会話をすることはできないだろうかと必死に頭を回転させ呼び止めた。


「あ、あの奏さんの苗字は何というのでしょうか」
「え、苗字ですか?」

 
 そう呼び止められ、奏は振り向き考える。
 自分には苗字がない。だからそのままそれを彼へ答えればよかったのだが「隊服に刻ませて頂くのに必要なので」そう付け加えた前田にそう答えることができなかった。
 必死に考えるも、思いつく苗字は一つしかない。


「えっと・・・れ、煉獄・・・」
「え?今何と?」
「・・・煉獄、」
「煉獄・・・・・・」


 その聞き覚えがないはずがない苗字に前田は繰り返す。
 煉獄。煉獄ってあの柱の煉獄様と同じ苗字?ご兄妹か何か?そう思い改めて奏を見やるも全く似ていない。ではまさか、煉獄様の・・・


「お、奥方ですか!?」
「え・・・」


 奥方。
 その言葉の意味が今の奏には残念ながら理解できなかった。


 「まぁそのようなものです」そう答えてしまった彼女に、前田は衝撃を隠せなかった。
 あの煉獄様に奥方がいただなんて・・・!あんな派手でよくわからない変わった方にこんな美女の奥方がいただなんて!世の中可笑しい。前田はショックを受けた。


「そ、そうでしたか・・・煉獄様の・・・ど、どうかお幸せに・・・」
「?はい、ありがとうございます」


 そうして支給された隊服を受け取った奏は、本来前田の前で試着しなければならないのだがそれを丁重に断りそのまま杏寿郎の元へ持ち帰った。それを受け取り隊服を見ると密璃の時よりも更に丈の短いスカートとやはり胸元が大きく開いたあられもないデザインに珍しく憤った杏寿郎を見て、わかっていない奏は怯えた。
 後日その隊服を手に縫製室へとやってきた怒る炎柱の姿に、前田は悲鳴を上げるのであった。




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