炎柱になったことで杏寿郎の羽織りは炎柱だけが纏うことを許された燃えるような裾が特徴的な羽織りへと変わった。同時に槇寿郎が担当していた警備地区を担うことになり、以前に比べ杏寿郎が生家にいる時間は激減するのであった。
 
 「奏」そう呼べば今ではすっかり反応を見せてくれるようになった彼女は、随分と素直な女になった。


「お前も日々鍛錬に勤しみ充分腕を磨いてきた。まだ隊士でもない身でありながら全集中・常中が使える者はそういない!今のお前なら最終選別も問題なく残ることができるだろう!」
「はい」
「無事最終選別に残り、晴れて鬼殺隊士になった暁にはお前を正式に継子として迎えようと俺は考えているのだが、どうだろうか!」
「・・・継子になれば、師範と供に任務へ赴けるのですか」
「うむ、もちろんだ!」


 奏にとってはこの上ない杏寿郎からの提案であった。
 継子は柱の直弟子であり基本的に任務などの行動は供にすることが多い。杏寿郎の継子になれば、彼の傍にいる時間も当然増えいざという時彼を危険から守ることも可能になる。奏の答えは既に決まっていた。


「はい、必ず最終選別に残り鬼殺隊士になって、師範の継子になります」
「うむ、いい心がけだ!」


 こうして奏は七日間の最終選別へと臨むのであった。その背中をしっかりと見送ってやりながら彼女の腕前ならば何の心配も必要ないだろうとわかっていながらも心の何処かで心配する自分がいた。
 継子にしてやる。そう自ら提案したものの、それは同時に彼女の身を危険に晒す機会が増えることになる。柱の下される任務は、今までの階級で熟してきた任務とは違い過酷なものだろう。既に継子である甘露寺も当初は危なっかしい場面が多々あった。

 常に死と隣合わせ。
 俺も、当然彼女も。





灯火 第六話:あなたの元へおちてゆきます





「兄上。奏さんの鬼殺隊入隊のお祝いは何を贈られるんですか?」


 縁側に腰掛け稽古の休憩を取っていた杏寿郎に、千寿郎は手作りの洋菓子を手渡しながら尋ねた。それを受け取りながら杏寿郎は答える。


「羽織りだ!甘露寺に贈る物を仕立てている時に羨ましそうに見ていたからな」
「なるほど」

 
 千寿郎は思った。
 きっと奏さんは兄上とお揃いの羽織りを纏って任務へ発ちたいのだろうと。以前までは甲だった兄上の纏う羽織りは、密璃さんに贈った物と同じだったが柱になってしまった今ではもうあの羽織りを兄上は纏っていない。それを見ると今となっては奏さんにはその羽織りはあまり嬉しい物ではないかもしれない。


「兄上。その贈る羽織り、少し工夫されてはいかがですか?」
「工夫?そうだな・・・うーん」
「仕立ては兄上がして、呉服屋に出して少し柄を入れるなどどうでしょう」
「なるほど!いい案だ!だがどんな柄がいいだろうか」
「例えば兄上が纏うようになった羽織りの裾にある炎のような柄とか。きっと奏さん喜んでくれると思いますよ」
「む、そうか!」


 弟のアドバイスにより、杏寿郎は奏のいない七日間を利用し羽織りを仕立て呉服屋へと柄を入れてもらうことにした。炎柱の羽織りとはまったく同じ物にはできないが、近しい物を依頼し数日で出来上がったそれを包んでもらい生家へ持ち帰った。これを贈った時、奏は一体どんな表情を見せるか考えただけでも口元が緩む。


 そして、奏が最終選別へ行ってから早七日目。
 当然のように生家に戻れば出迎えてくれては傍らにいた奏がいない七日間は何とも物足りなさを杏寿郎は感じていた。


 もうすぐ、夜が明ける。
 七日目の今日、夜が明ければ最終選別が終わり、奏が帰ってくる。きっと無事に。
 非番であったこの日、まだ夜が明けてない時間帯から杏寿郎は襦袢から隊服へと着替え羽織りも身に纏い、縁側に腰を掛け彼女の帰りを待っていた。


「・・・眠れないのですか兄上」
「!・・・千寿郎」


 縁側に一人腰を掛けて夜が徐々に明け始めた空を仰いでいる兄の姿を見かけ、千寿郎は重たい瞼を擦りながらその背中に声を掛けた。


「すまない、起こしてしまったか」
「いえ、大丈夫です。奏さんを待っているのですか?」
「うむ、そろそろ帰ってくる頃だからな」


 そう何処か心待ちにしている兄の様子を見て、千寿郎は小さく笑声を零した。それに素早く「なんだ、千寿郎。どうかしたか」と杏寿郎は首を傾げる。


「あ、すみません・・・微笑ましく思って」
「微笑ましい?何がだ」
「兄上と奏さんが」


 弟の言葉の意味を、杏寿郎はまだ理解できなかった。
 すると一羽の鎹鴉がバサリと杏寿郎の肩に降り立ち、それは同時に奏が無事最終選別を突破し帰路を歩いてきているという合図でもあった。
 杏寿郎は腰を上げる。


「迎えに行ってくる!」
「はい、いってらっしゃい兄上」


 燃えるような羽織りを靡かせながら杏寿郎は生家を後にした。
 一歩一歩前へ進むと、前方からゆっくりとした足取りでこちらに向かってくる小さい影が現れた。互いに歩み距離が縮むにつれその影が奏だと認識できた瞬間、杏寿郎は歩みの速度を上げた。


「奏!」
「!」


 その張りのある聞き間違えようのない声に、下げた顔を上げる。目前に自分の方へ駆け寄ってくる師の姿が映った瞬間。

 会いたかった、その感情が胸を支配した。


「師範・・・どうしてここに」
「うむ!迎えに来た!」


 こういう時、一体どんな表情で何と言うのがいいのか、奏にはわからなかった。自分の元までやってきては歩みを止めた師範を戸惑いながら見上げる。すると大きい手でぐいっと肩を引き寄せられ、視界が師範の着てる隊服でいっぱいになった。


「最終選別突破おめでとう!育手としてとても誇りに思う!よくやったな!」
「師範・・・」
「これからは継子として俺の元で更に腕を磨き供に頑張っていこう!」


 物心つく頃から親に捨てられた自分は、誰かに褒められた事がなかった。でもこの人はいつも私を褒めてくれる。どんな小さな事でも、大袈裟なくらいに褒めてくれるのだ。
 誇りに思う。その言葉を耳にして、奏は初めて生きている実感を得た。一番認めてもらいたかった相手に、認めてもらえたのだ。うるうると視界がぼやけていき、溢れた涙が頬を伝って落ちる。小刻みに震える小さい背中に気付いた杏寿郎は、一度奏の体を離してやり顔を覗き見た。


「何故泣いているんだ。何処か怪我でもしたのか!」


 その問いにふるふると首を横に振る。
 そんな彼女を見た杏寿郎は困ったように眉を寄せた。
 ふと顔を上げた彼女と瞳が合う。


「・・・師範、すごく会いたかったです」


 その彼女の一言に、杏寿郎は自分の中ですとん、と何かが底へゆっくり落ちる不思議な感覚を覚えた。誰かに会いたかったと言われたのは、初めてであった。
 そしてその言葉を聞いて、自分も同じ気持ちであったのだと気づく。


「・・・うむ、俺もだよ」


 にっこり笑う杏寿郎の笑顔が、この時から奏の中で苦手から好きへと変わった。彼のように自分も心から笑顔を浮かべ、彼に向けた。

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