槇寿郎の代わりに柱合会議へ赴いた杏寿郎は、煉獄家に戻るなり直ちに任務へ発つこととなった。


「奏、すまない!俺はお館様直々に東京帝都へ鬼の討伐任務を下され発たねばならない!」
「・・・そうですか」
「十二鬼月の可能性があるとのことだ!相手は柱を屠る程の力を持つ鬼だ、今までの任務とは違い無傷では済まないだろう」


 それを聞いた奏の表情が曇る。
 杏寿郎が危険な任務へ発つ。その傍にいて彼を守ることも許されない非力な自分を悔やんだ。


「そんな顔をするな!この任務で十二鬼月を倒せば俺は晴れて柱へ昇格だ!その時は盛大に祝ってくれ!」
「・・・はい」
「任務は今回甘露寺も共に向かう!日頃の鍛錬の成果を見るのが何とも楽しみだ!」


 嬉々する杏寿郎から目線を外す。
 ああ、そのお揃いの羽織りを着て共に任務へ発つのか。またこの気持ち悪い何とも言えない感情が込み上げてくる。

 ぽんっと大きい手の平が頭に乗り僅かに沈む。
 奏の頭を撫でながら杏寿郎は続けた。


「必ず十二鬼月を倒し帰還する!だからその間父と千寿郎を頼んだぞ!」
「・・・承知しました」


 師範、煉獄さん、杏寿郎さん、
 彼のことをどう呼んでいいのか、私は未だに迷っていた。
 彼のことをいつだって口でちゃんと呼びたいのに。


「・・・どうかお気をつけて」
「うむ!ありがとう!」





灯火 5.失くしたと思っていた心臓





 杏寿郎が密璃と共に任務へ発ったその日から、奏はろくに睡眠を取ることもできずにまだかまだかと杏寿郎の帰りを待つ日が続いた。
 その姿を毎夜見ていた千寿郎は彼女の体調を心から心配していた。食事も普段よりあまり喉を通らないようで、自分が何を話しても上の空状態であるのだ。弟の自分では彼女にとって役不足なのだと思うと少し寂しくも感じた。


 「・・・まだかなぁ」そう小さく呟いた奏に、千寿郎は小さく笑む。


「・・・奏さんは、本当に兄上のことがお好きなのですね」
「?」


 千寿郎のその言葉に奏は訝しげな表情を向けた。


「お好き?どういう意味?」
「相手を慕っているという意味ですよ」
「したう?」
「えーっと、その・・・説明するのはなかなか難しいですね・・・」


 伝わらない彼女の反応に、千寿郎は苦笑した。
 好き、慕う。今まで聞いたことのない言葉だ。杏寿郎と密璃が一緒にいるところを見る時に込み上げてくるこのもどかしい感情も、その言葉達と何か関連があるのだろうか。もしかしたら千寿郎ならわかるかもしれないと、奏は尋ねた。


「・・・千寿郎」
「はい?」
「・・・私は甘露寺さんと同じ羽織りを着ているあの人を見ると醜い気持ち悪い感情が込み上げてくるの。二人のことをもう見たくないって思うの。どうしたらいいかわからなくなる。この気持ちは何なのか、わかる?」
「・・・・・・」


 珍しく長く話した奏の様子と言葉を聞いて、千寿郎は呆気にとられた。未だに経験のない自分でもその感情が一体何で、彼女が兄上のことをどう思っているのか理解できてしまう。だからこそそれを本人にどう説明し伝え自分の気持ちに気付かせるのか悩んだ。


「まず、奏さん。それは嫉妬という感情ですよ」
「しっと?」
「奏さんは、やはり兄上のことが好きなのです。ただその好きはさっき俺が言ったものとは少し意味が違いますが・・・きっとそのうち自分でわかる日が来ると思いますよ」


 初めて煉獄家へやってきた時、人形のようで生気のなかった彼女が兄上の存在でどんどん表情・感情豊かになり同時に女性らしく変わっていく姿は、何とも魅力的に感じた。
 きっと兄上もそう感じていることだろう。

 するとバサバサと音を立てて、杏寿郎の鎹鴉が二人のいる居間の窓淵に羽を休めた。それを見て千寿郎は表情を明るくし立ち上がる。


「兄上が帰ってきましたよ!」
「!ほんと?」
「はい!迎えに行きましょう!」


 軽い足取りで玄関へ向かう千寿郎に奏も続く。
 ガラリと戸を開け二人して外へ飛び出すと、丁度少し離れたところからこちらへ歩いてくる杏寿郎と密璃の姿が見えた。奏と千寿郎に気付いた二人は笑って手を振る。

 だが怪我を負っている痛々しい杏寿郎の姿を見て、奏は一人言葉を失った。


「ただいま!奏ちゃん!千寿郎くん!」
「お帰りなさい・・・!兄上、密璃さん!ご無事で何よりです・・・」
「こらこら千寿郎、泣くんじゃない」


 自分に抱き着いて無事を喜び涙を流す弟の頭をポンポンと撫でながら、杏寿郎は傍らに立ち尽くしたまま自分を見つめる奏へ視線を向ける。

 奏もまた、千寿郎と同じく目に涙を溜めながらもそれを堪えて彼を見ていた。


「奏、ただいま!無事十二鬼月を倒したぞ!」
「・・・っ・・・」
「・・・おいで」


 泣く千寿郎を隣にいる密璃へ任せ、松葉杖を脇に挟み骨折した左手の代わりに右手を広げて彼女を自分の元へと来るように誘う。
 そんな杏寿郎を見て戸惑いどうしていいかわからず立ち尽くした奏に、杏寿郎は足を引きずりながらゆっくりと近づきその華奢な肩を抱き寄せ胸中へと収めた。


「泣かないでくれ。俺はこの通り無事だ!心配をかけてしまいすまなかったな!」
「・・・お帰りなさい」


 初めて感じる杏寿郎の体温に、心臓の鼓動が煩く鳴る。
 こうして杏寿郎は無事、炎柱へと昇格するのだった。

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -