杏寿郎は悩んでいた。
 身寄りのいない奏をうちへ引き取ったのはいいが、煉獄家当主は自分ではなく父上なのだ。父からは一切自分は責任を持たない事、煉獄家にある書物には触れさせない事、杏寿郎が責任を持って躾ける事を条件に奏を煉獄家に置くことを許してはもらっていたのだが。


「・・・奏、またここにいたのか」


 少し目を離すと、彼女は勝手に書物を保管している書庫へ侵入し父が歴代大切に管理している書物を読み漁っては散らかすのだ。これが万が一父の目に入ってしまったのならば。そう考えるだけでも恐ろしい。
 散らばった書物を一つ一つ丁寧に拾い上げ、杏寿郎は溜息を零す。


「いいか奏、一度読んだ書物は床に放らずその都度元の場所に戻しなさい。これは父の管理している大切な書物なんだ」
「承知しました」


 俺に目もくれず手にした書物に夢中のまま一言そう返すだけの小さな背中に、うーんと眉を寄せる。一度注意すれば彼女は大概治すのだが何故か書物を読み漁りそのまま散らかす部分は改善されなかった。知識を自ら得ようとすることはとてもいいことだ。父の目にさえ入らなければ書物を読むことを止めようとは杏寿郎は考えていなかった。だが流石に幾度も繰り返すこの始末に、禁ずるべきかと悩む。
 
 ふと、彼女の手にしている書物に気付き手を止める。それは自分も幾度となく読み返した炎の呼吸の指南書であった。

 そこで杏寿郎は思いつく。


「奏も剣技を学んでみないか?」


 そう彼女を隊士への道に誘ったのは、自分だ。
 だが、次期に俺はその事を後悔するようになる。




灯火 4.甘やかに散らす火の粉





 奏が煉獄家へ来てから早一月が経とうとしている頃。
 甘露寺も無事に最終選別に残り、晴れて鬼殺隊士となった。その祝いにと、彼女に渡そうと羽織りを仕立てていると


「それを、どうされるんですか」


 そう背後から声をかけられ振り向く。
 そこには俺が仕立てる羽織りを見つめた奏が佇んでいた。


「この羽織りは甘露寺へ鬼殺隊士になった祝いに贈るものだ!仕立てに少し時間がかかってしまったが、明日久しぶりにうちへ来るからな!その時に手渡そうと思っている!」
「・・・そうですか」
「・・・・・・」


 何処か面白くなさそうな表情で奏は短く答えた。
 彼女は随分感情を表情へ出すようになったと思う。出会ったばかりの頃は人形のように何の感情もない表情をしていたが、今となってはそんな彼女が嘘のように思える。
 杏寿郎はそんな奏を見てふっと小さく笑んだ。


「そう妬むんじゃない。奏も日々共に鍛錬を積み重ね努力しているのを俺が一番知っている!最終選別に残った暁にはお前にも羽織りを仕立ててやろう!」
「!本当ですか」
「うむ!約束だ!」
「はい、絶対ですよ」
「絶対だ!」


 以前の彼女からは想像もつかない嬉しそうな表情に、嬉しく思う。彼女が少しずつ変わってきている影響が自分にあるのなら。もっと役に立ちたいとさえ思う。
 奏は剣技の才能があった。共に稽古をするようになり、甘露寺と比べて圧倒的に飲み込みが早い。既に全集中・常中をも会得してしまう進歩振りだ。稽古を始める前から炎の呼吸の指南書を熟読していた事や俺と甘露寺の鍛錬を傍観していた事が大きく影響しているのかもしれない。

 何とも誇らしかった。

 そして何より剣を握る彼女は、美しかった。



 翌日。
 久しぶりに煉獄家へやってきた甘露寺に鬼殺隊士になった祝いとして仕立てた羽織りを千寿郎と共に贈ると、彼女はとても喜びその場ですぐ支給された隊服と羽織りに腕を通してお披露目してくれた。


「えへへ・・・ぴったりです煉獄さん!」


 そう嬉しさ恥ずかしさ半分で笑う甘露寺の隊服の着こなしを見て、俺は言葉を失った。
 何と胸元は大胆に大きく開き、見えてしまうのではないかという程短い丈のスカート。そこから伸びる生足。露出の多すぎるあられもないその恰好に。


「なんだその恰好は!!」
「ええっ!?」
「え・・・鬼殺隊士の隊服ってこれが普通なんじゃ・・・?」
「あられもないな!」
「そ、そんな!だって隠の人がこれが公式だって〜・・・」
「何と!公式なら仕方ないな!何か事情があるのだろう!」
「でっですよね!」


 納得し合う二人のやり取りを傍観していた千寿郎はこれが普通なのだろうかと不安に化せられていた。

 その隣で杏寿郎も表では納得しながらも内心疑念を抱いていた。女の隊士は皆このような隊服の着こなしなのだろうか。今まで共に任務へ同行していた女隊士達はこのようなあられもない恰好をしていただろうか。ならば奏も鬼殺隊士になった暁には甘露寺のような隊服を身に纏うことになるのだろうか。
 
 一人静かにその姿を想像すると、何とも良い気分はしなかった。その際は自ら鬼殺隊服縫製係へ抗議しに出向くとしよう。


「奏ちゃんどうかな!?似合うかな!?」


 密璃と杏寿郎のやり取りを、千寿郎の用意してくれた洋菓子を静かに口にしながら傍観していた奏に密璃は両手を広げて隊服と羽織りをアピールして見せた。

 その様子に奏は小さく笑んで頷く。


「はい、とても似合っております」
「やったー!嬉しいわぁ!」


 杏寿郎が空いた時間を割いて前々から仕立てていたその羽織り。杏寿郎が着る羽織りと揃いであるその羽織り。

 それを着て、二人で任務へ赴くのだろうか。
 想像すると自分の中によくわからない感情が込み上げてくる。とても気持ち悪い。密璃のことは嫌いではないのに、寧ろ自分にあれこれと善くしてくれる姉のような存在であるのに。この込み上げてくる感情は、密璃に対し良い気持ちにはなれなかった。


 居たたまれなくなり、楽しそうに会話する三人の傍から立ち去る。
 立てかけていた竹刀を再び手に持ち、一人鍛錬へと戻った。自分は杏寿郎や密璃と同じ土俵にはまだ立てていない。早く二人に並びたい。
 
 何より杏寿郎に認めてもらいたい。


 「関心関心!」そう張りのある声が響き、竹刀を振る手を止める。
 先程まで練習用の袴を着ていたのに隊服と羽織へ腕を通した杏寿郎が立っていた。


「俺は今から父上の代わりに柱合会議へ赴く!すぐ戻る!帰ったら共に稽古の続きをしよう!」
「・・・はい」
「集中力があることは良いことだが、しっかり休憩も取るように!」
「はい」
「では行ってくる!」


 密璃とお揃いの羽織りを靡かせる杏寿郎の背中をぼうっと眺める。
 小さく「お気をつけて」その後ろ姿にそう呟くと、何と彼は振り向いた。聞こえているとは思わず自分を見つめるその燃えるような瞳に肩が揺れる。そしてにっこりと嬉しそうに笑んで見せた杏寿郎が、奏には一瞬輝いて映えた。


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