奏が煉獄家へ来てから早一年と数か月が経ち、その長いとも言えぬ年月の中でも杏寿郎と奏の関係は依存、執着という言葉が似つかわしい程親密になっていくのであった。

 半年に一度の柱合会議。
 鴉の伝令によって産屋敷邸へ向かう杏寿郎に、この日奏も同行することにした。柱合会議には参加できないため杏寿郎の鴉が会議の終わりを報せにやってくるまで奏は鬼殺隊墓地へと足を運んでいた。

 初めてやってくるこの場に、思わず息を呑む。
 凄まじい数の墓石。その数は同時に隊士の命が奪われたことを物語っている。その中一人の隊士がある墓石の前にうずくまり嗚咽を漏らしている姿を目撃してしまい思わず目を逸らした。大切な人が、亡くなってしまったのだろうか。その悲しみは自分には計り知れない。

 居たたまれなくなりそっとその場を立ち去り、産屋敷邸の裏庭で大人しく待つことにした。しばらく経つと柱合会議が終わったのだろうか黒髪の隊士が一人裏庭に現れた。半々羽織が特徴的な男であった。

 冨岡義勇である。
 この時義勇は初めて"噂の煉獄の継子"を拝んだ。
 目が合うと彼女は小さく微笑んで軽く頭を下げてきた。


「こんにちは」
「・・・・・・」
「柱の方ですか?」
「・・・水柱、冨岡義勇だ」
「炎柱の継子、奏です」
「知ってる」
「!」
「・・・お前達二人は有名だから」
「ふふ、私と師範は有名なんですね」


 彼女は嬉しそうに笑った。
 すると鴉がやってきて奏の肩に羽を休め、それを見た彼女はパァっと表情を明るくし辺りを見回す。「奏!」そう張りのある声が聞こえ、振り向くとそこには杏寿郎が立っていた。彼に歩み寄る奏の横顔を見て、瞬時に義勇は理解する。彼女がどれ程煉獄を慕っているのかを。


「師範、柱合会議は終わったのですか」
「いや、まだだ!今は親方様が少しお体を休まれている!後程再開するそうだ!先に生家へ戻っていても構わんがどうする!」
「もちろん待ちます」
「そうか!む、冨岡と話していたのか」


 相変わらず何を考えているのか読めない表情をして立っている義勇へ杏寿郎は視線を向けた。宇髄と違い、冨岡なら奏に悪知恵をつけたりはしないだろうと思った杏寿郎は、特に気に止めることはなかった。


「・・・煉獄」
「すまん!奏の話し相手になってくれていたようだな!ありがとう!」
「別に・・・挨拶を交わしただけだ。煉獄が心配するようなことは何もしていない」
「うむ!大丈夫だ、心配などしていない!」
「・・・・・・」
「確か冨岡には継子がいなかったな!迎える予定はないのか!」
「ない。これからもずっと継子を迎えるつもりはない」
「むう、そうか。君程の腕前の剣士が勿体ない!」
「・・・・・・」
「だが継子の存在は、成長の過程を間近で拝める分己にとってもいい刺激になり腕を磨けるぞ!是非迎えることをお勧めする!」
「そうか・・・考えておく」
「うむ!」


 にこりと笑う煉獄。
 彼はこんな自分によく話しかけてくれる数少ない隊士の一人で、何事にも真面目に向き合っていて癖の強い柱達からも好かれていて尊敬していた。自分よりも後に柱になったというのに。

 自分から隣の継子へと視線を移す彼の表情は普段よりも柔らかいものであり、とても大切な継子なのだろうと義勇は思った。

 そして耀哉の休憩が終わり柱合会議が再開され、一度奏と別れ杏寿郎と義勇は肩を並べて屋敷の渡り廊下を歩いていた。そんな中杏寿郎は語る。


「継子の奏は、俺がまだ甲になったばかりの頃任務先で瀕死のところを助けて連れ帰ったんだ。治療後親元へ返すつもりだったが彼女には家族も身寄りも誰一人いなくてな。俺が引き取ったのがきっかけだった」
「・・・そうだったのか」
「最初は何とも幸薄い人形のような女子だった!だが弟の千寿郎や継子だった甘露寺と接するようになり、剣士の才能があることを確信し継子に迎え供に過ごすにつれてよく笑うようになってくれた」
「そうか・・・」
「だが俺は未だに考える時がある。彼女を本当に鬼殺隊の道へと誘ってしまってよかったのだろうかと。彼女を危険な目に遭わせてしまっているのは紛れもなく俺だ。結果継子にまでさせてしまい、更に危険に晒してしまっている」
「・・・・・・」
「・・・すまん、君に話すような話ではないな!忘れてくれ!」


 小さく笑声を零す杏寿郎に、義勇はそっと口を開く。


「・・・彼女は煉獄と供にいられるだけで幸せだと思う」
「!」
「だから余計な事は考えず、傍にいてやればいい」


 義勇からそんな言葉が出るとは思わず、杏寿郎は立ち止まった。
 義勇もそれに続く。


「・・・どうした」
「・・・よもや君からそんなことを言われるとは思わなかった」
「・・・思ったことを言っただけだ」
「ありがとう!もしこの先、奏に何かあった時はよければ助けてやってくれ!」
「・・・煉獄が傍にいるならその必要はないだろう」
「うむ!確かに!」


 歩みを再開させた杏寿郎の一歩後ろを義勇も続き、二人柱合会議へと向かった。




灯火 第二十話:炎のない焚火が燃やし尽くす




 柱合会議後、杏寿郎は耀哉直々に任務を課せられた。北にある村に鬼が現れ送り込んだ何人もの隊士が消息を絶っているとのことである。十二鬼月の可能性が高い。杏寿郎と奏はその晩、北の村へと向かうこととなった。


 ―――この任務が、杏寿郎との最後の任務になるのである。


「どうかお気をつけて・・・無事に帰ってきてくれることを祈って待ってます・・・」
「うむ!父を頼んだぞ千寿郎!」
「いってきます」


 千寿郎になるべく温かい恰好をと、布を首に巻かれ杏寿郎と奏は煉獄家を後にした。
 北というだけあり、風は冷たく進むにつれだんだんと雪がちらつき始める。


「師範、雪です!」
「む、奏は雪は初めて見るのか」
「初めてです、綺麗ですね」
「そうだな。積もるにつれ歩行が困難になるから足元には注意を払え」
「はい」


 杏寿郎の言う通り、雪は次第に激しさを増し吹雪へと変わった。道もすっかり雪で埋もれ歩行も困難となっていく。寒さも増し千寿郎が巻いてくれた布が少しだがそれを凌いでくれていて彼に心から感謝するのであった。


「奏、大丈夫か!」
「はい、大丈夫です」
「手を、こっちへ」


 杏寿郎に手を差し伸べられ迷うことなく自分も手を伸ばす。大きい手が自分のそれをぎゅっと包んでくれた。こんな寒い中なのに不思議と師範の手はとても温かく自分の冷え切った手を温めてくれる。


「あったかい・・・」
「何処か宿でもあれば休めるんだが・・・体力が限界の時は遠慮なく言ってくれ!その時は俺が負ぶってやる!」
「大丈夫ですよ、この手だけで十分です」
「そうか!」


 師範と一緒なら、どんな厳しい環境下も耐えて乗り越えられると思った。きついことなんて何もないと思った。思えば師範と出会ってから、きついことなんて何一つない。嬉しくて温かい幸せなことばかりだ。彼と出会えたことが自分にとって最高の贈り物だと、この時奏は改めて思った。

 そんなことをずっと見てきた逞しい背中を見つめて思いふけっていると、杏寿郎は山奥にぽつんと建っていた古い小屋に辿り着いた。中は人の気配はなく長い間使われていないようであり、一度ここで暖を取ることにした。


「羽織りは脱げ。乾かそう」


 雪ですっかり冷たく濡れてしまった羽織りを脱ぎ、杏寿郎が懐から取り出した縄を活かし羽織りを干して乾かすことにした。
 「こっちへおいで」そう床に座った杏寿郎に手招きされ隣へ腰を下ろす。すると千寿郎がくれた布に包まった杏寿郎に後ろから抱き締められる。


「あまり温かくはないかもしれんが」
「いえ、そんなことないです」


 吹雪の吹き荒れる音が静かな小屋の中では目立って聞こえた。
 奏は続ける。


「師範」
「何だ!」
「暖を取るなら、人肌で直に触れ合った方が温かいですよ」
「確かに・・・隊服では冷たいな」
「脱ぎましょう」


 そう言って奏は何の恥じらいもなく隊服を脱ぎにかかる。それに杏寿郎は思わず面食らった。たまに彼女は大胆な時があると思った。だが体を張る継子に師である自分が臆してはならんと杏寿郎も隊服を脱ぎにかかった。一糸纏わぬ姿になった奏をあまり直視しないように杏寿郎は布に包まり再度彼女の体を後ろから抱き締める。
 先程とは違い、直に伝わる体温がとても温かい。が彼女の肌触りが心地よく状況が状況であり、男である以上けしからん欲が杏寿郎を襲う。


「師範の分厚い胸板、私好きです」
「それはよかった!」
「この血管が浮かぶ腕も、大きな手も」


 そう腕に触れていた奏の指が杏寿郎の腕の血管をなぞり、徐々に滑らせ手の甲へと辿り着いては優しく撫で上げた。その手つきが状況のせいか、何処か厭らしく感じてしまい杏寿郎は思わず頭を左右に振った。

 「師範・・・私、」そう言いかけた奏の言葉の先を想像してしまい、咄嗟に遮る。


「駄目だ!」
「え?」
「今は任務中だ!まぐわいは、駄目だ!俺も我慢している!だから奏も我慢してくれ!」


 張りのある声が静かな小屋の中で響き渡る。
 そんなことを突如言われ奏は一瞬呆気に取られたが、小さく噴き出し笑った。そんな彼女に杏寿郎はむうっと眉を寄せる。


「私は師範に出会えてよかったって話したかっただけですよ」
「む・・・そうか」
「・・・師範、我慢してるんですか?」
「当然だろう!こんな状況で意識しない男はいない!」


 全くもって素直である。そんなところも愛おしい。


「接吻くらいなら、いいですかね」
「駄目だ!歯止めが効かなくなる!」
「残念です、帰還までお預けですね」


 逞しい彼の腕に手を添えてそっと瞼を下ろし、師範とのこの時間を大事に思い二人吹雪が治まるのを待った。

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