「俺はもうすぐ死ぬ。喋れるうちに喋ってしまうから聞いてくれ」


 視界が霞む。
 命の灯火がもうすぐ終わってしまうのがわかる。


「弟の千寿郎には、自分の心のまま正しいと思う道を進むよう伝えて欲しい。父には、体を大切にして欲しいと。それから、」


 瞼を下ろし、すぐに裏側に浮かぶ愛らしい笑顔を刹那に想った。


「俺の継子には、こう伝えてくれ。―――…」






灯火 1.すげない声涙





「煉獄杏寿郎死亡!上弦ノ参ト格闘ノ末死亡!」


 慌ただしくバサバサと音を立てながら煉獄家に舞い降りた鎹鴉からの伝達を耳にして、その日私の時間は停止した。


「うっ、うっ・・・兄上・・・っ」


 うずくまるように嗚咽を漏らす千寿郎を見て、それが夢でも誤報でもないことを痛感し、呼吸の仕方さえも忘れてしまう。人間はどうやって呼吸をして生きているんだっけ。わからなくなる。師範が教えてくれないと、わからなくなる。

 ねえ、師範








「明日、俺は任務へ発つ」


 月が綺麗な夜であった。
 そう静かに師範は口を開いた。縁側に腰を掛け、月を見上げる彼の少し後ろに正座をしその様子を眺めていた。


「はい、私もお供します」
「いや、お前はまだ先日の任務で負った傷が完治していないだろう!明日の任務は俺一人で発つ!」
「いえ、もう大丈夫です。十分回復致しました。師範にお供させてください」
「奏!」


 ピシャリと張りのある声で名を呼ばれ、ドキリと肩を揺らす。
 師範から真剣でどこか緊張した雰囲気を感じ取り、口を噤む。ゆっくりこちらへ振り向いた燃えるような瞳と視線が交わった。


「これは師としての待機命令だ。万全ではない状態で任務へ赴き、お前の傷が悪化してしまったら元も子もないだろう」
「・・・・・・」
「そんな顔をするな。安心してくれ、必ず無事に帰還する!今まで俺が約束を破ったことがあっただろうか!」
「・・・ありません」
「そうだろう!俺が留守の間、父や千寿郎のことを頼む!」


 この時、自分の中で警報が鳴り響いていたのだ。
 師範を一人で行かせてはならないと。


「・・・師範、やっぱり私も、」
「おいで」


 そう言いかけた私の言葉を遮った師範が自分の隣をポンポンと叩いて座るように促す。大人しく隣へ腰を掛けると大きな手で肩を引き寄せられ、気づけば師範の肩口が目の前にあった。すぐに伝わる師範の心地よい体温に心拍数が上がっていく。この人はいつも温かい。


「明日の任務から帰還したら、お前に話したいことがある」
「・・・今ではダメなのですか」
「そうだな、今伝えてもいいのだが・・・そうしてしまうと明日の任務へ発つ意思が揺らいでしまいそうでな!それは柱としてあってはならないことだ!」


 柱としての責務を何より一番に考える師範をとても尊敬し、敬愛していた。だが同時に、寂しくも感じていた。


「・・・師範はとても立派な柱で、私は心から尊敬し敬愛しております。ですが同時に一人の人間です。時には自分の意思を優先して物事を考えてもいいのではないでしょうか」
「・・・・・・」
「私は今、聞きたいです。杏寿郎さんの話が」
「!」


 名前を口にする私に、僅かに師範の肩が揺れる。
 そして背中に回された腕に力が籠った。


「・・・よもやこのタイミングで名を呼ばれるとは、弱ったものだ」
「話す気になりました?」
「・・・ないな!」
「え〜」


 相変わらず強情な人だ。
 その広い肩に項垂れる私の体を離し、風に靡く私の髪を優しい手つきで梳いた。そしてにっこりと笑んで見せる。


「問題ない!俺は必ず帰還すると約束しよう!だからそれまでその話はお預けだ!」
「・・・絶対ですよ」
「うむ!絶対だ!」








 隠により私の元へ帰ってきた冷たい彼の頬に触れる。
 血に濡れ酷い怪我を負っているのに、師範の表情はとても穏やかなものであった。


「・・・嘘つき」


 止めどなく頬を伝う涙が落ちて、師範の頬を濡らす。そのせいで彼も泣いているように映った。


「ご遺体は本部へ持ち帰りこちらで処理させて頂きますが、よろしいでしょうか」
「・・・はい、兄上をよろしくお願いします」


 隠と千寿郎の声が酷く遠くに聞こえる。
 隠により布で師範の顔を覆われたのを目前にした瞬間、私の中でブツリと何かが切れる音がした。


「・・・待って、待ってください!!師範の・・・師範のご遺体をどうするんですか!?帰ってきてくれたのに、また何処に連れていくんですか!?師範の体に易々と触れないでください!!」
「!?奏さんやめてください!落ち着いて・・・!」
「離して千寿郎!私からこの人を奪わないで・・・!!」


 後ろから制する千寿郎の細い腕を振りほどきながら、師範を運ぼうとする隠に飛びつく。なりふり構わず殴り倒し師範の体に縋りついた。そんな私はさぞ滑稽だっただろう。


「やむを得ない・・・!鎮静剤を!!」
「どうかお許しくださいませ奏様!」


 ぶすりと体に針を刺され、痛みと共に意識が急激に混濁していく。
 目前にある師範がどんどん霞んで見えていき、手を伸ばしてもそれが彼に届くことはもうなかった。

 それが、師範との最後のお別れであった。


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