兄の遺言を届けに煉獄家へやってきた炭治郎を見送った後、千寿郎は自室へと足を運び箪笥の中に大事にしまっておいた一つの箱を取り出した。薄く小さいその箱を眺めて、任務へ発つ前最後に交わした兄との会話を思い出す。


「兄上、これは?」
「任務から戻った後、奏へ渡す大切な贈り物だ。俺が不在の間代わりに千寿郎、お前に預ける」
「え・・・な、何故ですか?」
「念のためだ!万が一の時お前ならきっと正しい判断ができるだろう!」

 
 正しい判断。
 兄が任務へ発った後、その預かった箱をそっと開けて見た。中にはとても高価そうな櫛が入っていた。男性が女性へ櫛を贈る意味を理解していた千寿郎は、その箱を大事に箪笥の中へとしまうことにした。

 そして兄の訃報が届き、自暴自棄になってしまった奏が蝶屋敷から煉獄家へと戻ってきたその日。千寿郎はその兄から預かっていた大事な贈り物を本人へ渡したのだが。


「・・・何、これ」
「任務へ発つ前兄上から預かっていた物です。兄上は任務から戻った後、奏さんに贈ると言っていました」
「・・・・・・」
「だから、受け取ってください」


 だが奏は受け取ってはくれなかった。
 頑なにこの箱に触れようとはしなかった。中身を見ても、彼女はもしかしたら意味を理解できないかもしれない。だが、必ず彼女へ贈らなければならない物だと千寿郎は引かなかった。


「お願いです奏さん!兄上からの贈り物なんですよ、受け取ってください!」
「・・・嫌」
「な・・・何故ですか?」
「いらない・・・もう亡き人からの贈り物を受け取ったところで私には重荷でしかない」
「え・・・・・・」
「処分して」


 ショックで言葉を失った。
 脳裏に走馬灯のように兄の笑顔が浮かんできて涙腺が緩んだ。自分が兄の代わりに彼女へ渡すという判断が、自分の中での正しい判断だと思っていたのに。間違っているのだろうか。どうしたら、いいのだろうか。答えが出ないまま立ち尽くす千寿郎を尻目に、奏は煉獄家を後にしそれ以降戻ってくることはなかった。




灯火 第十七話:焼ききれた網膜にうつつ





 西の繁華街。多くの人が行き来し賑わう道を、杏寿郎の手を握り締めながら歩みを進めていた。辺り一面に広がる鬼の存在を忘れてしまうような楽観的な世界。鬼がいなくなったら、この賑やかで人の笑顔が溢れた世界を杏寿郎と共に生きていくことができるのかと考えると、とても悪くないと思った。

 そんな中、前から余所見をしながら小走りに向かってきた少年が杏寿郎の膝当たりにぶつかり反動で尻もちをついてしまった。徐々に歪んでいく顔は今にも泣き出しそうである。それを見て奏はどう対応すればいいのかわからず一人困惑した。だが隣の杏寿郎がすぐにかがんでは少年の体を起こし軽々と抱きかかえてしまう姿を見て、思わず見惚れてしまう。


「すまん少年!怪我はないだろうか!」
「だいじょぶだけど・・・あめがおちちゃった」
「む、それは悪いことをしたな!新しい飴を好きなだけ買ってやろう!」
「二本かってくれる?」
「もちろんだ!」


 そう言って近くの飴細工屋へと向かって行く杏寿郎の後ろに続きながら、彼の様子を眺める。にこにこと笑う杏寿郎を見て、彼は子供が好きなのだろうと察した。弟の千寿郎がいるのだ、流石子供の扱い方もお手の物である。そんな彼を見て思う。子供ができたなら、こんな感じに三人で手を繋いで街を歩き飴細工屋にふらっと寄ったりできるのだろうか、と。想像するだけで心がとても温かくなる。

 杏寿郎は飴を二本購入し少年へ手渡し、親元へと彼を送り事は落ち着いた。親と手を繋いで去っていく少年は、一度こちらを振り返っては笑顔で手を振ってきてそれに対し杏寿郎も笑顔で手を振り返した。


「奏、すまんな。俺の不注意で時間を食ってしまった」
「いえ、師範は子供がお好きなのですね」
「うむ!好きだ!」
「・・・師範はきっととても良い父親になれるでしょうね」


 その言葉を聞いて杏寿郎は目を丸くする。
 そして奏からそっと握られた左手に、自分も優しく握り返した。


「・・・そうだな。俺達はきっと良い父と母になれるだろうな」


 杏寿郎の言葉に今度は奏が目を丸くした。「行こう」そう続けた彼に手を引かれ歩みを再開させる。
 間違いなくこの時の二人は幸せを望み、未来を夢見た瞬間だった。そんな存在しない未来を想像して心を通わせていたのだ。






 ようやく辿り着いた能舞台を前に観客席へと二人で腰をかける。野外である分、人の密度があっても冬であるこの季節はとても寒く奏は両手の平にハァと息を当てて暖を取った。


「む、寒いのか」
「大丈夫です」
「手を貸して」


 そう言われ大人しく杏寿郎に手を出すと片手に懐炉を乗せられ、もう片手は彼の大きな拳に包まれ一気に両手が温かくなる。
 「ありがとうございます」そう小さく呟けば、彼はにっこりと笑って私を見下ろした。能が開演し隣で夢中で鑑賞している杏寿郎の表情はあどけなくて微笑ましいものであった。

 「能は鬼殺隊に似ていると思わないか」そう突如話を振ってきた杏寿郎に小首を傾げる。


「似てる?」
「能舞台は角柱、ワキ柱、シテ柱、笛柱の四本の柱で支えられ成り立っている。屋根が鬼殺隊としてそれを支えている柱は俺達柱や継子、隊士のみんなだ。その存在があってこそ役者が安心して演能することができる。そしてその素晴らしい演能が来世へと受け継がれ伝統化していき、いつまでも継がれていく。俺達の鬼を滅殺し人を助けるという想いも次に継がれていくんだ」
「・・・なるほど」
「そう考えるといかに柱が重要な役割と立場を担っているか、わかるだろう!」
「そうですね」
「奏も、将来柱になった時はその責務を全うし自分が信じた道を歩め」
「・・・はい、柱にはまだまだ遠く及ばないですが」
「そんなことはない。お前はきっと素晴らしい柱になるだろう」


 自分が柱になるなど、想像すらしたことがなかった。
 正直柱という立ち位置に興味がない。師範の隣で継子として、鬼を討滅し生きて行ければそれでいいとずっと思ってきたからだ。それで満足していたのだ。

 それから能を観賞し終え、その帰路。千寿郎に土産を買って、手を繋いで二人肩を並べて歩いていた。


「能は気に入っただろうか」
「はい、とても魅力的でした」
「そうか!ならばまた非番の日をみつけて観に行くとしよう!」
「はい、これからは何度でも観に行きましょうね」
「うむ!」
「師範と歩く道は、いつまででも歩いていけてしまいそうです」
「そうだな、苦ではないな」


 不思議だ。
 残酷だと思い込んでいたこの世界が、隣にいるたった一人の男の存在で輝いて見えてしまう。どうでもいいと思っていた未来を、夢見てしまうようになってしまった。

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テーマ「人外ファンタジー」
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