兄の自室で奏と杏寿郎が寄り添って眠っている光景を目の当たりにしてしまったその日から、二人の距離感の変化に千寿郎は気づいていた。奏に関しては、とても笑顔が増えたと思う。そして何だか以前の彼女よりも美しさが増したような気もするのだ。より女性らしくなったと言うのか。更にたまたま兄と彼女の会話が聞こえてしまった時、彼女は兄のことを「杏寿郎さん」と呼んでいたのを耳にしてしまった。今まで「師範」としか呼んでいなかったのに。それを聞いてしまった時は流石に聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がしてドキドキした。因みに決して盗み聞きをしていたわけではない。

 きっと兄上との間に進展があったのだろう。
 二人の仲が深まることは、千寿郎にとってもとても喜ばしいことであった。

 そしてあくる日。
 稽古をしている兄と奏に洋菓子を差し入れしようと稽古場の戸を開けた時。息抜きの合間なのかわからないが、奏が兄に抱き着いている光景が目の前に広がっていて千寿郎は固まった。


「こらこら、まだ稽古の途中だぞ!」
「師範の汗の匂い、私好きなんです」
「汚いから離れるんだ」
「汚くないです」


 彼女はあんなに大胆だっただろうか。
 そして抱き着かれてる兄上も満更でもない様子を見る限り、やはり二人の関係は以前とは違いただの師弟関係ではなくなったのだろうと確信する。だがちょいちょい見かけてしまうこの二人の世界に千寿郎はどきまぎさせられていた。




灯火 第十四話:手の平で育てた火種



 杏寿郎との任務から戻り隊服を脱ぎ去り、千寿郎が準備してくれた風呂で汚れた体を洗い流して着物へと着替えている時。ひらりと白黒の写真が着物の隙間から床へ落ちた。それを拾い写真を見ると、一人の女性と幼少期の杏寿郎と千寿郎がそこには写っていた。

 髪を右側にゆるく束ねた女性は、二人の母親だろうか。とても美しい女性であり思わず見惚れてしまう。


「・・・・・・」


 鏡の前に立ち適当にあった髪留めで写真の女性のように、奏も自分の長い髪を右側にゆるく束ねてみた。見様見真似であるが、これを見た杏寿郎は一体どんな反応をするのか見たく、奏はその髪型のまま杏寿郎の自室へと足を運んだ。


「師範、入ってもよろしいですか」
「うむ、どうぞ」
「失礼します」


 自室に入ってきた奏に、杏寿郎は顔を上げる。
 そして母の瑠火と同じ髪型をしている彼女に気付き、目を見開いた。


「その髪型・・・」
「・・・どうでしょうか」
「似合っているな。母上のようだ」


 眉を落とし優しく笑んで懐かし気に言った杏寿郎は、結った髪に手を伸ばし優しく触れた。やはりあの写真に写っていた女性が彼らの母親なのだと知る。
 布団の上に腰かけている杏寿郎の前で膝を付き、奏は彼の頭を包み込むようにして抱き寄せた。突然の抱擁に杏寿郎は目を丸くする。


「師範のような強くて優しい人が子供で、お母様はとても誇らしいでしょうね」


 その言葉を耳にして、いつの日か幼い時に瑠火から同じように抱き締められた日のことを杏寿郎は思い出した。


 "強く優しい子の母になれて、幸せでした"。


 奏は続けた。


「私には母と呼べる間柄の人間はいないのでとても羨ましいです」
「・・・・・・」
「・・・私もそういう子の母親に、いつかなりたいものです」


 できるなら、あなたとの子の母親に。
 心の中でそう切実に思った。だが口には出さなかった。

 身動ぎした杏寿郎に、頭を解放してあげると彼は自分を見上げていて視線が交わう。


「奏は俺の母上のように、きっと素晴らしい母親になれるだろう!俺が保証しよう!」


 そしてにっこり笑んだ杏寿郎に、胸が締め付けられる。


「・・・師範の保証付きなら、間違いないですね。嬉しいです」


 そう言って彼女は嬉しそうに笑い返してくれた。


「・・・お前は本当によく笑うようになったな。俺はとても嬉しく思うよ」
「師範のおかげです。嬉しい感情も悲しい感情も、醜い感情も人を想う愛しい感情も全部あなたから教わりました。師範に出会えていなかったら一生わからないまま、野垂れ死んでいたことでしょう」
「奏・・・」
「ありがとうございます。師範には感謝しきれません」
「・・・俺はきっかけを与えたに過ぎん。その感情を学んで理解したのは奏自身の心の強さがあったからこそだ。全てが俺のおかげではない。もっと自分を褒めろ」
「・・・はい」
「おいで」


 そう自分の隣をポンポンと手の平で叩く杏寿郎に、奏は遠慮気味に腰を下ろした。肩と肩が触れる距離。ちらりと彼を見上げれば、彼もまたその視線に気づいてこちらに顔を向けてくれる。そして優しく微笑んだ。
 あれから杏寿郎と奏は供に床へ入る機会が多くなった。だが一線は未だ越えてはいない。接吻もあの日以来していない。杏寿郎から奏に触れることは今まで一度もなかった。どんなに隣にいても。自分から抱き着いても、髪を優しく撫でてくれるかそのまま抱き締め返してくれるだけ。そんな彼に少しだけもどかしさを覚えていた。

 そっと杏寿郎の拳に触れると、隣で彼の肩が僅かに動く。


「師範」
「・・・何だ」
「師範に、触れたいです」
「!」
「私を・・・抱いてはくれませんか」


 こんなことを自ら懇願するのは初めてで。顔が急激に熱くなるのがわかり、堪らず師範から顔を逸らした。沈黙が二人の間に広がる。何も言ってくれない師範が今どんな顔で自分を見ているのか気になり、下げた顔を上げようとした瞬間。バッと体を引き寄せられ目前が彼の肩口でいっぱいになる。


「見るな」
「えっ?」
「・・・俺は、今とても情けない顔をしてしまっている!だから見ないでくれ」
「み、見たいです」
「駄目だ!」


 杏寿郎の胸板を押すもビクともしなかった。
 「杏寿郎さん」そう彼の名を呼べば、ピクリと反応する体。そして背中に回る腕の力が弱まる。もう一度優しく彼の胸を押せば、杏寿郎の顔がようやく視界に映せた。
 頭上には珍しく頬を赤らめた杏寿郎の顔があって、思わず面食らってしまう。初めて見る師の照れた表情にゾクリとした。

 そっとその赤い頬に手を伸ばす。


「・・・師範がたまに見せてくれるあどけない表情も、とても愛らしく思います」
「・・・からかうんじゃない」
「からかってないですよ。大好きです師範」


 彼の頬を両手で掬い上げるように包んで、そっと唇を重ねた。何度も角度を変えて接吻を味わう。口端から流れるどちらのものともわからない唾液を襦袢の袖で拭った。そして杏寿郎の腕が奏の腰に回り、布団の上に優しく組み敷く。名残惜しそうに唇を離すと、こつんと杏寿郎の額が奏の額に触れた。至近距離で見つめ合い、時間が止まったような錯覚に陥る。

 だが杏寿郎はまだ自分に触れることに戸惑っているように見えて「師範?」と不安に思った奏は声を掛けると、杏寿郎は息を呑むように言った。


「・・・お前のような美しい女性を、俺なんかが本当に抱いてしまっていいのだろうか」


 そんな彼の言葉に目を丸くする。
 眉を寄せて考え込むような彼の髪に触れてそっと撫でてあげた。


「駄目なはずないじゃないですか。師範の全部を私にください」


 杏寿郎の手を取り、その手を自分の胸元へと誘うように触れさせた。初めて触れる奏の胸の柔らかさに一瞬杏寿郎は戸惑うが、自分も求めてくれる彼女へもう一度唇を重ねるとその手で奏の襦袢を脱がす。その後はお互い夢中で求め合い、長いようで短い二人の時間を堪能した。


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