自室で何とか気持ちを落ち着かせた杏寿郎は、ようやく居間へと足を運ぶ。が、千寿郎の姿はあっても彼女の姿が何処にも見当たらなかった。


「千寿郎」
「あ・・・兄上、やっと出てこられた・・・!」
「奏はどうした?」


 自分が切り出すまでもなく、兄のその一言に千寿郎は答える。


「先程少し出てくると言ったっきり帰ってこなくて・・・」
「む、どこへ出かけたんだ」
「それがわからなくて・・・すみません」


 嫌な予感がする。
 恐らく自分が彼女の気持ちに答えず逸らしてしまったことに対して、気に止めているに違いないと思った。普段一人で出かけるようなことはしない。外へ出る時はいつも一緒であった。彼女の身に何か危険があったら大変である。


「千寿郎、すまん。奏を探しに行ってくる!」
「はい、兄上お気をつけて」


 一応鞘を手に取り腰へ挿し杏寿郎は煉獄家を後にする。そう遠くには行っていないことを考慮して、とりあえずここから一番近いだろう街の方へ足を運んでみることにした。

 だが奏はなかなか見つからなかった。
 この街にはいないのかもしれない。そう思い別の場所へ探しに移動しようとした時。

 彼女を見つけた。

 多くの人達で賑わう道の中、自分の視界に一人だけ際立って見える女性がいる。何とも不思議であった。

 奏。そう名前を呼ぼうとした時。彼女の隣にいる大男の存在に気付き口を閉じる。
 宇髄であった。何故奏と一緒に。

 立ち止まる杏寿郎に、いち早く気づいた宇髄がこちらを向いてきて目が合ってしまった。


「よぉ、煉獄!」
「宇髄」
「可愛い継子のお迎えか、お熱いこった!」


 宇髄の大きい体に隠れてしまっている奏を見やる。彼女は俺を見てはいなかった。「奏」そう名前を呼べば、ゆっくりと彼女の綺麗な瞳が自分に向けられる。


「宇髄、俺の継子が世話になった。よもや二人が供にいようとは考えもしなかった」
「たまたま見かけて声かけたのは俺だ。世間話してただけだから妬くんじゃねぇぞ煉獄」
「わかっている!別に妬いてなどいない」


 すっと宇髄の口元が自分の耳に寄せられる。


「あともう少し大事にしてやれ。じゃねぇと俺の四人目の嫁にあいつ迎えるぞ」
「・・・宇髄」
「冗談だっての!これ以上増やすつもりはねぇよ」


 冗談に聞こえない。少なからず宇髄は奏のことを気に入っているのは見ていてわかる。それがわかっているからこそ、二人を会わせたくはなかったのに。


「じゃあ俺は帰るわ。またな煉獄、奏!」
「宇髄さん、ありがとうございました」
「おう、まぁ地味に頑張れよ」


 そう奏の頭をポンポンっと優しく撫でる宇髄と、それを微笑み見上げる彼女を見て腹の底から沸々と何かが込み上げて来る。眉間に皺が寄る。


「宇髄と一緒だったのか」
「はい」
「何を話していたんだ?」
「内緒です」


 何処となくぎこちない。
 素っ気なくそう答えた奏に内心どうしたものかと杏寿郎は戸惑う。

 彼女は続ける。


「師範こそ、何故こちらに?」
「お前を探しに来た!」
「何故ですか」
「心配だったからに決まっているだろう!今まで俺に何も言わず外出することなどなかった上に万が一お前の身に何かあっては困るからな」
「・・・師範の心配など必要ないです」


 そう顔を背ける彼女は、まるで出会ったばかりの頃に戻ってしまったように見えて、俺は少し焦った。手を掴もうとするも、それよりも先に動いた奏が自分に背中を向ける。


「師範は先に戻っていてください」
「お前が戻らないなら俺もここに残る!」
「困ります」
「・・・奏」


 背後からそっと歩み寄り、その小さな手を取る。
 だが彼女はこちらを振り向かなかった。
 杏寿郎は続ける。


「戻って先程の話の続きをしよう。誤魔化すような態度を取った俺が悪かった。すまん。千寿郎も心配している」
「・・・その話の続きをして、私はこれからも師範の傍に置かせてもらえるんですか」
「当然だろう!お前は俺の継子なのだから!」
「・・・・・・・・・」


 継子なのだから。
 やはり師範の中の私はそれでしかないのだ。
 それ以外の何者でもないのだ。遊郭へ行って思い留まったのも私ではなく、他に想人がいるからなのでは。そう考え始めてしまうと切りが無くなる。

 それでも触れられた杏寿郎の手はとても温かく、奏はその手をそっと握り返した。





灯火 第十二話:繰り返す君は火の傍らで




 その日の夜中。
 煉獄一家が寝静まった頃合いを見て、奏は自室を後にした。
 長い渡り廊下を歩いて向かう先は、


「師範」


 杏寿郎の自室であった。

 少し大きめの声で襖越しに彼を呼ぶ。だが中からは何も反応が返ってこなかった。すっと静かに襖を開けると、部屋の真ん中に敷いた布団の上ですやすやと寝息を立てている師がいる。

 そっと近づいてその寝顔を覗き見た。
 普段の凛とした表情とはかけ離れて、あどけなく幼さを感じる寝顔。この寝顔が好きであった。そっと逆立った前髪に触れ、宇髄と交わした会話を思い出す。







「・・・何をすればいいでしょうか」


 そう尋ねた自分に、宇髄は不敵な笑みを浮かべて一言言った。


「夜這いだ」
「よばい?」
「そ。煉獄が寝た頃見計らって部屋に忍び込んでお前のやりたいよーに行動すりゃいいだけ」
「やりたいように?」
「そうだ。煉獄に何がしたい?」


 その問いにうーんと頭を傾げる。
 「・・・前髪を、撫でたいです」そう答えた奏に、宇髄は心底呆れたように項垂れた。


「かぁー!全然駄目だな!もっと派手な行動があんだろ!」
「例えば?」
「もし俺がそんな美味しい状況にいるなら、接吻する」
「せっぷん・・・」
「それでも起きねぇならもっと派手に触れる」
「派手に触れるってどんな感じにですか」
「・・・お前男の経験あんだろ?男悦ばせることすりゃ煉獄だってイチコロだって」
「イチコロ・・・」







 前髪を撫でていた手を彼の頬へと滑らす。
 初めて触れる師の肌に、内心ドキドキした。そしてそのまま上半身を曲げて杏寿郎の顔に自分の顔を寄せると、少し開いたその唇に自分の唇を重ねた。その際両サイドの髪が流れ落ちて、杏寿郎の頬にかかってしまい彼の眉が僅かに動いたのを見てすぐに離れる。

 だが起きる気配はなかった。

 まさか師範に限ってないだろうが、全集中・常中が止まっているのだろうか。それとも気付いていながらもわざと狸寝入りをしているのだろうか。
 奏にはわからなかった。

 ただ杏寿郎と接吻してしまったという実感が急に込み上げ、奏の顔に熱が帯びる。そしてもっと触れたいという欲も込み上げて来る。杏寿郎が寝たふりをしているのかそうでないのか、もはや自分にはどうでもよかった。

 体勢を起こして掛布団をめくると自分もその中へ入り、そのまま杏寿郎の首に腕を回し抱き着いた。「・・・奏」そう頭上から呆れたような声色が聞こえ、流石に杏寿郎は反応を見せる。


「何故俺の部屋にいるんだ」
「夜這いです」


 そんな言葉が彼女から出てきて、それを聞いた杏寿郎はぎょっとする。
 宇髄の入り知恵か。


「・・・宇髄に何と言われたのかわからんが、早く離れて自室に戻って休め」
「嫌です」
「嫌じゃない、離れろと言っているんだ」


 半ば強引に彼女を引き剥がす。その際視線がぶつかった奏の表情を見てゾクリとした。何故なら女の顔をしていたから。

 「師範・・・」至近距離にある彼女の唇が小さく動く。そしてゆっくり近づいてきては、自分のそれに重ねられる。その一連の動きがとても美しく思わず見惚れてしまい抵抗を忘れてしまった自分に嫌悪しながらも、接吻を受け入れてしまった杏寿郎はこの状況下どうしたものかと眉を寄せた。





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