好きです。そう彼女の口から放たれた時。
 自分の中に葛藤が生まれた。

 華奢な肩に置いた手をこのまま背中へ回して本当は抱き締めてやりたかった。が、俺は彼女を幸せにしてやれる保証がない。大切な継子だ。そういう関係も望ましくない。そして彼女には何よりも、本当は前線から身を引いて所帯を持って幸せになって欲しいと最近は特にその気持ちが強くなったのだ。俺の隣はどうしても危険が伴う。もう今回のような無茶をする奏を見たくなかった。

 見つめ合い二人の間に沈黙が広がる。
 二人だけの空間。のまれそうになる。頬を赤らめて俺を見上げてくる彼女がとても愛おしく思った。

 だが、杏寿郎は留まった。


「・・・・・・そうか!」
「!」
「ならばこの話はこれでおしまいだ。千寿郎に昼餉の準備を手伝ってもらうとしよう」
「あ・・・・・・」


 何かを言いたそうな彼女に気付いていながらも、杏寿郎はあえて知らない振りを通して腰を上げ奏を残し自室を後に襖を閉めた。ある意味逃げである。スッと占めた襖に背中を預けて、一人俯く。

 そして心の中ですまないと呟いた。
 彼女には俺ではない、他に相応しい相手がきっといる。そう自身を納得させた。




灯火 第十一話:火のないところ影のころ




 その後、奏は一人縁側に座り小説を読んでいた。
 だが内容が全く頭の中に入ってこない。

 好きだと師範に伝えたことで特別何かに期待していたわけではなかった。でも何処か誤魔化すような師範の様子にすっきりせず引っかかったまま。そして改めて杏寿郎から見て自分がただの継子でしかなかったのだと思い知らされて、彼との稽古にも本腰が入らないままであった。

 「奏さん冷えますよ」そう肩に羽織をかけてくれた千寿郎へ振り向く。


「・・・千寿郎」
「はい?」
「私は、女らしくないのかな」
「え・・・な、なんですか急に」
「・・・師範はどんな女性が好みなのかな」


 奏のその言葉に、千寿郎は瞬時に理解した。
 ああ、兄上と何かあったのだろうと。当時に比べ随分女性らしくなった彼女に兄上もきっと思うことがあるのだろう。第三者からすると少しもどかしく映る二人の関係に、千寿郎は小さく笑んで答えた。


「大丈夫ですよ。兄上は奏さんが思ってる以上に、奏さんのこと見てくれてると思いますよ」
「?見てるからどうなの?何かあるの?」
「え・・・うーん、言葉って難しいですね・・・」


 自分の言いたいことが彼女に伝わらず戸惑う千寿郎を余所に、奏は腰を上げた。突如玄関の方へ向かって行く彼女に千寿郎は慌てて後に続く。


「奏さん!?どこへ行くんですか?」
「少し出てくる」
「でも・・・兄上との稽古は・・・」
「・・・私がいなくても稽古はできるでしょ」
「・・・・・・」


 こちらへ振り向くことなく言った奏は煉獄家を後にした。
 私がいなくても。などと言う人ではないのに。兄上との間に何があったのだろうか。千寿郎の胸の中に不安が渦巻く。今後同じ屋根の下で過ごす中、二人の仲で仮に険悪になろうものならそれはよろしくない。それは鬼殺隊にとっても支障が出てくるだろう。自室に籠りっぱなしの兄が出てくるのを、千寿郎は大人しく待つことにした。






 一人とぼとぼと宛もなく街中をあるく奏の肩を大きい手の平が掴み、足を止める。振り向くとそこには会ったことのない大男が自分を見下ろしていた。


「よ、お前煉獄んとこの継子だろ?」
「・・・どちら様ですか」
「はあ?お前それでも本当に継子か?柱のこと何も知らねぇのか?まさか煉獄だけが柱だとか思ってんじゃねぇだろうな」
「・・・・・・」
「いいか、今この瞬間頭に叩き込め。ねじ込め!俺は音柱、宇髄天元だ!そして俺は神だ!」


 頭の可笑しい男だ。奏にとっての宇髄の第一印象はいいものではなかった。言っていることが全くわからない。無反応を貫く奏を前に、宇髄は盛大な溜息をついて続ける。


「はぁ、理解してねぇようだな。お前顔は派手に整ってるくせして中身は地味なのな。水柱みてぇだわ」
「・・・何か御用ですか」
「別に。特別用はねぇ。ただ見かけたから声かけた。煉獄は一緒じゃねぇのか」
「・・・・・・」
「煉獄とはよろしくやってんのか」
「よろしく・・・?」
「お前らデキてんだろ」


 デキてる?宇髄の含み笑いと共に投げられたその言葉に奏は首を傾げる。デキてるとは。とりあえず「できてません。至って普通の師弟関係です」そう淡々と答えた奏に、宇髄は呆気にとられたような表情で口を開いた。


「・・・何だ、お前じゃねぇのか」
「何がですか」
「この前煉獄と飲みに行ったがせっかく俺が遊郭に連れてってやったのに途中で帰る!って言いだしやがったから女がいるもんだと思ってたが・・・」
「え・・・」
「俺はてっきりお前のことかと思ってた。前に一緒にいるとこ見かけて、お前に向ける煉獄の表情でただの継子じゃねぇんだろうなと思ってたんだが、何だ俺の勘違いか。派手にがっかりだ」


 宇髄のその言葉に、杏寿郎が友人と酒を飲むと行って朝方に帰ってきた日のことを思い出す。彼からは金木犀の匂いがした。あれは遊郭へ行ったからだったのか。だが彼は途中で帰ると言い出し留まっていたのだと宇髄の話で初めて知った。


「あの・・・」
「ん」
「何であなたは私だと思ったんですか」
「あ?煉獄の女の話か?」


 こくこくと黙って首を動かす奏に、宇髄は改めて地味な奴だと感想を抱く。そしてその様子に心から呆れた。


「・・・お前四六時中煉獄と一緒に行動してんだろ。一番お前がわかってんじゃねぇのか。地味に鈍いのな」
「・・・?」
「少なくともお前と一緒に居る時の煉獄を見た俺は一発でビビッときたけどな」
「はぁ・・・」
「まぁ継子に落ちるなんてあいつもまだまだ覚悟が足りねぇわなぁ」
「・・・ありえません」
「何が」
「師範は私のこと何とも思ってません」
「そうかねぇ」
「そうです。私の好きだという気持ちに、何も反応してくれませんでした」


 そう俯く目前の奏に、宇髄は不謹慎ながらも笑いを堪えていた。何だこの小説みてぇな二人の情景は。相手があの煉獄だから尚更笑える。俺はもう嫁が三人いるし、そういう小説みたいな展開は皆無であった。だから少しだけ羨ましく感じてしまう。そしてつい面白いと思ってしまう自分もいる。

 肩を落とす奏に腕を回し、宇髄は耳元で小さく言った。


「お前地味に頭悪ぃな。そんなの簡単よ、強引に押せばいいんだよ。男は押しに弱いんだから、お前が言葉だけじゃなくて行動で示せば煉獄なんてちょちょいのちょいだ」
「ちょちょいのちょい?」
「もしそれが通用しねぇならやめとけ。その時はあいつは男じゃなかったって思って諦めろ」
「師範は男ですよ、立派な」
「あーもうそんなことわかってるっての!そういう意味じゃなくてだな!地味にめんどくせぇなお前・・・」


 肩を解放され離れる宇髄。
 言葉じゃなくて行動で示す。顎に手を当ててどうすればいいのか奏は考える。


「・・・何をすればいいでしょうか」


 その彼女の問いに、宇髄の口角が上がった。




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