あなたが狼でした 前編



「え!?青峰くんと結婚!?」

 帝光中バスケ部でマネージャーを一緒にしていた親友のさつきと久々にお茶しようと約束していた今日。相変わらず可愛いその親友からそんなめでたい報告を受け思わず大声を出してしまった。

「うん!だいちゃんと来月式上げることになった!」
「え、でも黒子くんは?あんなに好きだったのに」
「テツくんのことはもちろん好きだけど、だいちゃんの好きとは違うって気付いたの」
「はぁ・・・」

 あんなにテツくんテツくん言っていたのに。結局青峰くんを選ぶさつきに私は少し呆れてしまった。高校に上がる前も「テツくんと同じ高校に行くの!」と言っていたのに、結局青峰くんと同じ桐皇学園へ彼女は進学した。その頃からさつきは何だかんだ青峰くんから離れられないんだろうなとは予想していたのだが。

 コーヒーを一口含む私に、彼女は明るく尋ねてくる。

「名前は?最近どうなの?」
「私は特に何もないよー仕事忙しくって」
「美容師って休み全然ないんだねぇ・・・特に名前はカリスマ美容師だからお客さんも多いでしょ」
「まぁぼちぼちだよ」
「彼氏はいないの?」
「今はいない」
「ふーん・・・赤司くんとは何もないの?」
「ぶっ!」

 突如懐かしい名前を出してきたさつきに、予想だにしていなかった私は思わずコーヒーを吹き出してしまった。「名前汚い!」とハンカチを差し出されそれを素直に受け取り口元を拭う。内心ではさつきのせいだろうと悪態をついた。

「・・・何でそこで赤司くん?」
「だって、中学の時好きだったでしょ?赤司くんのこと。みーんな知ってたよ?」
「・・・・・・」
「赤司くんだって名前のこと好きだったのに、何でくっつかないんだろうってみんなで話してたくらいなんだから」
「ありえないよ、赤司くんが私のこと好きだったとか・・・住む世界が違いすぎるし」
「そういうの関係なくない?結婚式にバスケ部のみんな呼ぶから赤司くんだってもちろん来てくれるだろうし、久々に顔合わせることになるんだから連絡取ってみたら?」
「えーいいよ、もうきっとお見合いとかして所帯持ってるんじゃない?」
「ないと思うよ、そんな情報知らないし」

 まさか話題に出てくるとは思ってなかった赤司くんの名前を久しぶりに聞いて、彼のことを思い出す。最後に彼に会ったのはいつだっただろうか。
 私は赤司くんのことが中学時代好きだった。かなり。赤司くんとは、いい感じだったと思う。よく話していたし一緒にいる時間が他のキセキの世代達よりも長く濃かったと思う。だがその心地よい関係が気持ちを伝えたことで壊れてしまうのが怖くて、恋人になるという関係に踏み切れないまま終えてしまったのだ。
 後悔、その言葉が私にはよく似合う。高校・大学へ進学しても赤司くんへの想いはなかなか消えずそのまま他の人と付き合ってみても当然長続きするわけもなく、薄っぺらな恋愛しか私はしていなかった。赤司くんのことを忘れようとしても忘れられないまま、連絡先を知っているのに連絡ができないまま、25歳になってしまいそんな今でもずるずると引きずったまま彼氏もできず仕事に打ち込む日々に逃げていた。

 一人悶々と振り返る中、「名前にお願いがあるんだけど!」と言ってきたさつきに顔を上げる。

「結婚式のヘアメイク、してほしいなって!」
「え?私が?」
「うん、やっぱり一生に一度の思い出だし名前ヘアメイク上手だからお願いしたくって」
「私なんかでよければ喜んでするけど」
「本当?ついでにだいちゃんのヘアセットもお願いしようかな」
「わかった!気合い入れてやらせて頂きます」
「わーい」

 喜ぶさつきは本当可愛い。
 結婚かぁ、幸せそうで私までポカポカした気持ちになる。何だかんだ青峰くんとお似合いだし、羨ましいと思った。私もいつか結婚とか、できる日が来るのだろうか。彼氏すらいないけれど。




 あなたがでした 前編




 そして、さつきと青峰くんの結婚式当日。
 私は二人のヘアメイクを担当するため、予定の時間よりもかなり前から式場入りしていた。

「まさか青峰くんとさつきがくっつくなんて、予想通りというか何というか」
「うるせーな、そういうお前はどうなんだよ」
「どうって?」
「赤司に決まってんだろ」
「お前もか!!」
「いてえ!!」

 さつきと同じことを言ってくる青峰くんに思わず頭を叩いてしまった。せっかくセットしている途中だったのに。自分で台無しにしたそれに溜息をついく。

「何もないよ。あるわけないじゃん」
「つまんねー奴。お前もいい歳なんだからいい加減踏ん切りつけねーと結婚できねーぞ」
「はぁい。青峰くんとさつき以外でキセキの世代の中で結婚する人いないっぽいし、まだ大丈夫でしょー」
「そんなこと言ってっと最後になんぞ」
「ならないしー」

 そう口では言うもの、内心は少し焦っていた。
 このまま仕事に打ち込んでいたら、あっという間に10年経ってしまいそうだ。流石に10年後は結婚して子供の一人や二人産んでいたい。

 「名前−!」そう背後から嬉々とした声が聞こえ振り向くと、先にヘアメイクを終わらせていたさつきがドレスに着替えていて、それを見た私は思わず感嘆の声を漏らした。

「うわぁ・・・さつきめっちゃ綺麗!」
「ありがとう!名前のヘアメイクのお陰だよ!」
「そんな、大したことないよ。さつきが可愛いしスタイルいいからドレスがすっごく映えてるんだよ。これは青峰くんも惚れ直しちゃうね」
「だいちゃんどうかな!?」
「あ?いんじゃね?」

 恥ずかしいのかそっぽ向いたまま素っ気なく答えた青峰くんに、私はからかった。

「私が心の中を読んであげる。"今すぐ脱がしてめちゃくちゃにしてやりたい"って青峰くんは言ってるよ」
「バッ・・・!言ってねーよ!!ふざけんな!!」
「いたっ!」

 青峰くんに叩かれ乱れた自分のヘアセットを慌てて鏡を見ながら整える。それを見たさつきがニヤニヤした顔で詰め寄ってきた。

「なになに、今日の名前は一段とおしゃれだね。赤司くんに久々に会うからー?」
「ち、違うし。親友の結婚式なんだからおしゃれしてきて当然でしょ!」
「本当にそれだけかなぁ?」
「もう赤司くんは関係ないんだから」

 と言いつつ、実は赤司くんに久しぶりに会えることに楽しみにしている自分が何処かにいた。彼は一体どんな社会人になっているのだろうか。
 少しでも良く思われたいと考えている時点で、私は完全に赤司くんのことを意識していた。



「桃っち!青峰っち!改めて結婚おめでとうっス〜!!」

 二人の結婚式も無事終わり、今は二次会。
 少し酔った黄瀬くんがビール片手に青峰くんに抱き着き、そんな彼を「くっつくんじゃねぇよ、あっちいけ!」と蹴り剥がす青峰くんを見て中学時代よくこの二人で取っ組み合っていたのを思い出し懐かしく感じた。

「黄瀬君酔ってるんですか?」
「ぜーんぜん!酔ってねぇーっスよ!!」
「・・・完全に酔っているのだよ」
「ふふ、いいじゃないか。こうしてみんなで集まるのも久しぶりだし、せっかくの青峰と桃井の結婚式だしね」
「オレつまみよりデザート食べたいんだけどー」

 久しぶりに集結したいつものメンバーは変わらず昔のままだった。相変わらず甘いものを欲しデザートのメニューを楽しそうに眺める紫原くんに、私も隣でパフェでも頼もうかと吟味する。すると青峰くんに追い払われた黄瀬くんがドカリと隣に腰を下ろしてきて肩を組まれた。

「苗字っちー!全っ然飲んでないじゃないっスかぁ!?」
「飲んでるよ。てか黄瀬くんちょっとお酒控えたら?」
「何言ってんスかぁ!これからでしょ!こんなめでたい日に飲まずにいられねーっスよ!ほらほら苗字っちも飲んで飲んで!」

 そう私の空いたグラスにビールをどぼどぼと注ぐ黄瀬くんに苦笑するしかない。ちらりと赤司くんを盗み見れば、彼は隣の緑間くんと談笑していてこの組み合わせもよく中学の時見かけたなぁと懐かしむ。そして相変わらず赤司くんはかっこよかった。昔と何も変わらない。サラサラな赤髪も、白い肌も、温厚なその声色も、優しい眼差しも。私が好きで仕方なかった赤司くんのままである。

「ちょっとちょっと赤司っちばっか見てないでオレも見てほしいっス!!」
「ちょ、見てないし!声でかいから!」
「またまたぁーバレバレなんスからね!?苗字っちが中学の時から赤司っちのこと、」
「わぁー!!もう黄瀬くんいいから!わかったからお酒飲もう!どっちか先にギブするか勝負しよう!」
「上等っスよ!!ぜってー負けねぇーっス!!」

 それからというもの、私は黄瀬くんと調子に乗ってどんどん飲みまくってしまい、ベロベロに酔っぱらってしまった。さつきの「名前?飲みすぎじゃない?」という声もふわふわ聞こえて視界もぐわんぐわんする。周りのみんなの顔もぼやけていて、辛うじてわかる髪色で誰がどれかを判別していた。

「あれぇ黄瀬くん〜?まだ勝負、はぁーこれからでしょ〜」
「もう黄瀬君は寝てしまいましたよ」
「はあ〜?てことは私のぉ勝ちだ〜!」
「・・・おい、もう苗字に酒を与えるな。ここで吐かれでもされたら困るのだよ」
「ならコイツ吐きそうになった瞬間緑間の方へ向かせて吐かせようぜ」
「ふざけるな青峰」

 ぼやける視界で青色と緑色のシルエットがゆらゆら揺れる。その隣に水色と紫色と桃色が並んでいる。だが肝心の赤色がいなく私はきょろきょろと探した。

「あれぇ、赤司くんはぁー?」
「赤司君はさっきトイレに行きましたよ」
「えぇ〜?なんでぇ・・・私置いてどっか行かないでぇ・・・赤司くんん・・・」
「名前ちょっと酔いすぎ!水飲もっか!」

 そうさつきに水を差し出されるも、私はイヤイヤとそれを拒んだ。
 するとハンカチを片手にした赤色のシルエットが視界に入り、私はそれが赤司くんだとわかると嬉々として飛びつく。

「赤司くん〜待ってましたぁ!」
「おっと・・・苗字かなり酔っているね」
「酔ってない酔ってないぃ・・・まだまだこれからぁ・・・うっ」

 お酒の力は偉大である。素面なら恥ずかしくて抱き着くことなんてできないのに、私は今あの赤司くんに大胆に抱き着いているのだ。だが首に手を回した瞬間突如吐き気を催し口元を抑えた。そんな私の背中を赤司くんが優しく擦ってくれてその喜びから吐き気がどんどん失せていった。実に単純な身体である。

「赤司、苗字から離れた方がいいのだよ。いつ吐くかわからないぞ」
「ふふ、構わないよ」
「つかもうこんな時間じゃねーか。そろそろお開きにすっか」
「そうだね、きーちゃんも爆睡しちゃってるし・・・」
「黄瀬はオレらで連れて帰るけど、苗字の介抱はめんどくせーから赤司に任せるわ」

 そう言った青峰くんの一言に、その場にいた黄瀬くん以外の4人が赤司くんに視線を集める。それに対して赤司くんは満更でもなさそうに快く答えた。

「あぁ、オレが苗字を家まで送るよ」
「助かるのだよ赤司」
「気を付けてくださいね。今の苗字さん何するかわからないんで」
「赤ちんも大変だねー」
「てかそいつ抱き着いたまま寝てね?」
「寝てないしぃ・・・」
「あ、起きてるー」

 そして二次会は終わり、爆睡した黄瀬くんは引きずられるようにして青峰くんとさつきに連れて行かれ、紫原くんと緑間くんは家が同じ方向のため二人で駅の方へ向かい、私は未だふわふわした感覚でお酒が回ったまま赤司くんの肩を借りてタクシー乗り場へ歩き出した。




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